◆その11 ~お姫様とお茶会って、どんなシチュエーション
◆その11
休憩の号令はいつもより早くにかかった。
先頭が止まり、馬車が止まり、荷馬車が止まり、その後ろの人々が順に止まり、となってゆくため全体が停止するには時間がかかる。
まだ絵里が歩いているときに、前方から足早にハイラムがやってきた。
「救世主様、お加減はいかがですか」
尋ねながらハイラムはさっと視線を絵里に走らせる。その視線が絵里の靴で止まった。
「ランバート、救世主様の靴が替わっているようですが、何かありましたか?」
「歩きにくいからだ」
「けれどこれではあまりに見場が悪いですから、次の町でせめてもう少しまともな靴を贖うこととしましょう」
もう一度絵里の靴を見やり、ハイラムは嘆かわしいとばかりのため息をついた。
「救世主様、お疲れでしょう。よろしければいったん馬車にお戻りになりませんか」
ハイラムは前方を手で示したが、絵里はきっぱりと今いる場所を指さす。早々に馬車に戻されたらたまらない。
「お気持ちは変わらない、と。では1つお願いがございます。姫が救世主様をお茶に誘いたいとご所望ですので、お受けうただけませんか」
姫、といいながら手でティアラを表し、お茶と言いながらカップをかたむける仕草をするハイラムを、なんだか手話のようだと思いながら絵里は眺めた。
(お姫様か……それならいいかな)
夜中の襲撃の際に会った姫の印象は悪くなかった。
本物の姫を間近で見られる機会だなんて、日本ではまずないことだし、ここはごちそうになってみよう。
絵里が頷くと、ハイラムはありがとうございますと言ったが、ただし、とランバートに命じた。
「救世主様の靴を元のものに履き替えさせてください。そんな靴で姫の御前に出られては困ります」
ハイラムはよほど絵里の今の靴がお気に召さないとみえる。
ランバートが反応するよう早く、ハナが絵里の靴を出してきた。元の靴に足を入れると、窮屈に感じた。まだそれほど歩いていないのに、足がむくんでいるようだ。
ハナは絵里に靴を渡したあと、ドレスの埃をささっと払い、髪を整えてくれる。
それで一応は及第点となったのだろう。ハイラムは絵里をミュリエル姫のいる場所へ先導した。
護衛であるランバートは絵里に同行し、ハナはいってらっしゃいと見送ってくれる。
「んじゃ、オレはユエンの様子見てくるわ」
チャスはくるりときびすを返すと、列の後方に向かった。
行列の後方から前方へと歩いてゆくと、順に馬車が立派になってゆくのがよくわかる。
そして馬車の列の一番前、そこから先は騎士の馬のみという位置に、ミュリエル姫の馬車は配置されていた。
彫刻や金細工で装飾された馬車は、そこらへんに放置しておいたら盗まれそうなほどには価値があるように見えた。けれど王家の紋章と思われる意匠が扉に大きく施されているから、盗むにはかなりの勇気が必要となりそうだ。
その馬車の横に、今は日よけの傘が広げられ、テーブルと椅子が並べられていた。
絵里が馬車に乗っていたときは、休憩は馬車の中でお茶が出る、ぐらいだったのに、やはり姫ともなると特別扱いなのだろう。
「エリィ様、来てくださったのですね」
ミュリエル姫はぱっと笑顔になり、椅子から立ち上がって絵里を迎えた。
「エリィ様……?」
「救世主様のお名前です」
怪訝そうに繰り返したハイラムに答える姫は、きちんと髪を結い上げ、ふんわりしたお姫様ドレスを着ている。
隙のないお姫様ぶりだけれど、絵里はつい思ってしまう。
(この間の夜着姿のほうが、かわいかったのにな)
そんなことを思われているとは知らず、ミュリエルは絵里をテーブルに招いた。
「よろしければハイラム様もご一緒しませんか。そちらの方も」
姫はハイラムとランバートもお茶に誘ったが、ハイラムはきっぱりとそれを辞した。
「お誘いは身に余る光栄ですが、わたくしどもはそのような立場にはございませんので」
「そうですか……」
残念そうではあるが、姫はそれ以上は勧めず、代わりにランバートのことを尋ねる。
「あの方はエリィ様の護衛の方ですか?」
「はい。彼は騎士でこそありませんが、騎士団長の息子で腕も確かです。救世主様の護衛として不足はないかと存じます」
ハイラムの答えは、絵里にとっては寝耳に水だ。
(えええーっ? あのランバートさんが騎士団長の息子?)
そんな立場ならもうちょうっとこう、真面目なお坊ちゃんタイプに育ちそうなものだけど、と絵里は失礼なことを考える。
「騎士団長様もアダルバードお兄様を守ってくださっていますし、安心ですね」
姫は穏やかにほほ笑んだが、それを聞いたハイラムの表情が曇った。
(? どうしたんだろ。別におかしな話をしているわけじゃないのに)
ハイラムの表情の変化が引っかかった絵里だが、すぐに別のことに衝撃を受ける。
(……って、騎士団長はあの森の城でお留守番組? ありえないでしょ)
どれだけ偉い人の保身を図っているのかと、絵里はあきれた。
騎士団長なんてものがいるなら、魔王退治の旅にこそ同行すべきじゃないのだろうか。魔王を倒すのにどのくらい戦力が必要なのかは知らないが、簡単に倒せないから召喚に頼ったのだろうに。
救世主が召喚されたから、そこまでの戦力は不要と判断されたのか。いや、召喚された絵里が戦力になりそうにないことぐらい、察していそうなものだ。
(わたしが、というより誰も召喚されていなかったら、王子や騎士団長も同行して、全力で魔王を倒すことになったのかな。それともそのときもやっぱり、偉い人は安全な場所で守られて留守番をしていたのかな)
腑に落ちないことがぽつぽつとあるのに、聞いて解決することができない歯がゆさ。
一方的に言葉がわかるだけでは、ほしい情報を手に入れるのは難しい。
お茶のカップが置かれ、絵里ははっとした。
目を上げると、向かい側の席でミュリエル姫がじっとこちらを見ていた。
「エリィ様は馬車を降りてしまわれたというお噂ですが、事実なのでしょうか」
姫の問いかけに、ハイラムが眉を寄せる。
「どこからそんな話を……。確かに救世主様は馬車を降りられましたが、それは気分転換に歩いてみたいとのご希望があったからです」
「ですが今も思い悩まれてるご様子。――エリィ様、もしよろしければ、わたくしの馬車にいらっしゃいませんか」
姫の手が王家の馬車を指し示す。
「姫様……」
ハイラムがとがめるように口をはさんだが、ミュリエル姫は気にせず続ける。
「この、馬車、乗る、どうですか」
手振りをつけて、言葉をひとつずつ区切りながら、何度か姫は繰り返した。
(あれ……)
1つずつの言葉に意識を向けたとき、なにかが聞こえたような気がした。が、あらためて聞いてみると、今度は何も聞こえない。
気のせいだろうか。絵里は姫に答えた。
「ありがとうございます。でも結構です」
頷く、首を振るの意味はこの世界の日本も同じ。絵里は首を横に振った。
「もし気が変わったら、いつでもお越しくださいね」
ミュリエル姫はやさしくそう言うと、今度は絵里のカップをさした。
「お茶、飲む。お茶、飲む。お茶、飲む……わかりますか」
姫は、お茶をさし、飲む動作をし、手のひらをこちらにみせる、をくりかえす。
(あ、やっぱり……)
姫の言葉に重なってもう1つ声がする。けれどとても声は小さく、おまけに重なっているせいで聞き取りにくい。
「ラ、ト、フ……」
聞こえた音を口にすると、姫はほほ笑んで、小さく首を振る。
「お茶。お茶。お茶」
今度はカップを示しながら、それを繰り返す。
ざわざわしている場所で小さな声を聞き取ろうとしているときにような、思うに任せないストレスを感じつつも、絵里は重なる声に耳を澄ませた。
(ラ、じゃなくて、タかパかな?)
試しに、
「タ」
と言ってみる。
「はい、そうです」
ミュリエル姫の肯定に励まされて、絵里は続けて言ってみた。
「タ、トフ」
姫はカップを持ち上げてお茶を飲み、絵里に笑みを向けた。
(これがこの世界の言葉)
翻訳されて聞こえるから、絵里はこれまでこの世界の言葉に注意を払ってこなかった。翻訳された言葉が前面にでて聞こえるから、本来の言葉がそれにかき消されてしまっていたこともあるが、絵里はこれまでこの世界の人がどんな音でしゃべっているのか、気にしたことがなかった。
(もしかしたら、英語を勉強するみたいにここの言葉を勉強することもできるのかも)
なまじ相手の言っていることがわかるだけに、考えたことのなかったその可能性は、絵里にとって思わぬ発見だった。




