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◆その10 ~知り合いが増えました



 ハイラムが行ってしまうと、ランバートは腕組みをして絵里を上から下まで眺めた。

「うーん……」

 うなり、また絵里を眺め。

 あまりに悩める様子なので、絵里はだんだん申し訳なくなってきた。

「なんだかすみません」

「へ? あ、そうか、喋れないんだったな」

 絵里の言葉がわからなかったために、ランバートはさっきハイラムから受けた事情説明にあったことを思い出したらしい。

(大丈夫なのかな、この人)

 ハイラムが絵里を任せるくらいなのだから、護衛としては有能なのだろうけれど、そのほかの言動が不安をさそう。

「そうかそうか、よしわかった。さあ行こう」

 何がわかったのか、そもそもちゃっとわかっているのかはなはだ不安だが、さっさと歩きだしたランバートに、絵里はついていくしかなかった。



「……で、なんでオレのところに連れてきたんだよ」

 ランバートが絵里を連れていったのは、赤い髪をツンツン立てた男の前だった。年齢は絵里よりは上、ハイラムよりは下に見える。黒一色の服装だが、そんなに必要なのかというほど付けられたバックルのせいで、地味という印象はまったくない。

(こっちの世界にもピアスってあるんだ。ヴィジュアル系、とか……?)

 なんでこの人のところに連れてきたのか、絵里のほうが聞きたい。

「喋れないって聞いたから。チャスならそういうの慣れてるかと」

「ほんっとあんたはデリカシーねぇな」

 チャスは赤髪に手をつっこんでガリガリとかいた。


(やっぱり迷惑だよね……)

 絵里はこの世界にきてから迷惑がられてばかりだ。異分子なのだから仕方がないのかもしれないが、なかなか慣れることはできない。

 ここまで迷惑がるならなんで召喚したのかと、恨めしくなる。絵里が望んで召喚されたわけではない、というか、してほしくないのに喚ばれてしまったのに。

「ああー、悪い。別にあんたに文句あるってんじゃねぇんだ」

 絵里の表情を読んだのか、チャスは慌てて手を振った。

「まあ連れてきちまったものは仕方ねぇ。けどオレも女の子の面倒なんか見れねぇしな。誰かに頼むか」

「そのほうが良い」

「だーかーら、それならなんでオレんとこ連れてくるんだよ。女で誰か引き受けてくれそうな知り合いはいないのかよ」

「いない」

 きっぱりと答えたランバートに、チャスはげんなりした顔になる。

「あーはいはい。ほら、こっちに来な」

 人差し指だけでおいでおいでとチャスが招く。

 次は誰に引き合わせられるのかと絵里が招かれる方向へとゆくと、そのあとからランバートもついてくる。護衛をしてくれる気はあるらしい。



 行列はゆっくりと動き出していた。その流れに逆らい、チャスは後方へと向かう。

「おーい、ハナ」

 チャスが呼ばわると、1人の女が手を挙げて答えた。

「ここだよ。どうしたんだい、大声で」

 笑ってチャスを迎えたのは、絵里の母よりも年上と思われる女だった。ぽっちゃりとした体形で、目じりには深いしわが刻まれている。服装は周辺の女性たちと同じような、ざっくりとした生地の服にエプロンという恰好だ。


「ちょっと頼みがあるんだ」

 チャスはハナのところまで行き、簡単な説明とともに絵里の面倒を見てくれないかと頼んだ。

「おんや、救世主様が歩きなさると?」

 ハナは目を見張って絵里を見ると、ダメダメと首を振った。

「チャス、無理をお言いでないよ」


「そこを何とか」

 拝むチャスに、そうじゃなくてさ、とハナは絵里をさす。

「あんたたち、本気で救世主様に歩かせる気なんてないんだろ? こんなドレスと靴で、歩きの旅ができるもんかね」

 あ、と声をあげてチャスとランバートが絵里を見た。

 締め付けのないドレスだから着ていて苦しかったりはしないけれど、歩きやすいとはいえない。ましてや華奢なサテンの靴は長い距離を歩くには適さない。

「ハイラムが『長くはならない』と言ったのはそういうことか」

 ランバートが得心したようにつぶやく。

「ほんっと男の子はそういうところ、無頓着でいけないね」

 やれやれとハナは笑うと、絵里の目を真正面から見た。


「救世主様は本当に、歩いて旅をしたいのかい?」

 問いかけるハナの肩にチャスが手をかける。

「ハナ、さっき説明した通り、言葉は……」

「あんたはちょっと黙っておいで。こういうのはね、言葉が通じなくてもちゃあんと通じるものさね」

 チャスを黙らせると、ハナは再び絵里の目をじっとのぞきこんだ。


「あたしは雇われているけど、お偉いさん方の気まぐれに付き合えるほと暇じゃないんだ。ただ面白そうだから歩いてみたいだなんてことなら、協力なんてごめんだからね。もう一度聞くよ。――救世主様は、本気で、この旅を、歩き通そうと、思ってるのかい?」

 真剣な目で、ハナはひとことずつ区切りながら絵里に問うた。


 問われて絵里もあらためて考える。

 馬車を降りたいと言ったのは、確かに一時の感情からだ。寝不足でイライラしていたところにミラのびくびくした態度が気に障って、一緒に馬車に乗るなんて嫌だと反射的に思った。単なる衝動から出た言葉だったのは否定できない。

 けれど、ちょっと歩いて疲れたからもう馬車に戻る、なんて気はない。歩いて旅をするのは、きっと絵里が考えているより大変なことだろう。けれど、馬車でただ運ばれていくよりは、大変でも歩いていきたい。

 だから絵里は、ハナの目を見つめ返して深く頷いた。


「はい。わたしは自分の足で歩いて行きたいです」


 絵里の言葉は通じなかっただろう。けれどハナは目じりのしわを深くした。

「よし、わかったよ。それならあたしも協力しよう」

 ハナの返事に、チャスが助かったぁと力を抜いた。

「ほかに頼めるあてもないし、断られたらどうしようかと思ったぜ」

「こんなとき頼める女の子の1人や2人、いないのが情けないねぇ」

 大きな口を開いてハナは笑うと、さてと絵里の恰好を眺める。

「靴は早急になんとかしないといけないが、替えがあるかねぇ……。服は着替えさせてもいいのかい?」

「わからん」

 ランバートの返答は短く簡潔だ。

「だと思った。今度の休憩時間にでも聞いといておくれよ。じゃああたしはちょっと、靴を探してくるから。このあたりを歩く予定かい?」

「いや、もう少し前になると思う」

「わかったよ。じゃあまたあとでね」

 ハナはいそいそと列の後ろへと歩いて行った。



 ハナが見つけてきてくれた靴は少し大きかったけれど、足に布を巻き付けてなんとか大きさを合わせて履くことができた。むれるけれど、文句は言えない。ドレスに関してはとりあえず我慢だ。

 チャスが横に、少し離れた後ろにランバート。ハナはまたあとで様子を見に来ると言って、自分の仕事に戻っている。


「ちゃっと歩けるじゃん」

 チャスが感心する。ドレスなんか着せられているせいで、姫と同じような立場だと思われているのだろう。やんごとなき方々なら歩くことはあまりないだろうが、絵里は違う。

「演劇部をなめないで、ですよ」

 絵里は小学校からすっと演劇部だ。文化系のイメージが強いが、基礎体力作りや腹筋は毎日やっていたし、ドレスでの足さばきだってお手の物。長距離になれば違ってくるが、歩き始めの今は平気だ。

「へー、そうかよ」

 さらっと答えられて、絵里は思わずチャスの顔を見た。


「わたしの言ってること、わかるんですか?」

 期待をこめて聞いたのだが、チャスは悪いと首を振る。

「わからねぇよ。たださっきのは『歩けるよ』というような意味で、今のは『言葉が通じるのか』みたいに言ってるんだろうな、ってことぐらいはわかる。ちょっとした理由があって、その手の推測は得意なほうなんだ」

 で、とチャスは片眉をあげて絵里を見た。

「あんたもこっちの言葉を、それっくらいの感覚ではわかってんじゃないかとも思ってる。最初に会った時も、オレの呼び方にむっとしてただろ」


 最初? と絵里は、ランバートに紹介されて、そのあと事情の説明があって……と思い出していったが、特にむっとした覚えがない。なんでこの人に引き合わされているんだろうという疑問が顔に出て、そう見えたのだろうか。


 絵里がわからずにいるとチャスはにやりと笑い、

「きゅーせーしゅサマ」

 と揶揄するように呼んだ。


「あのときの!」

 なぜすぐにわからなかったのかと、絵里はチャスを見直し、

「あ、髪、髪!」

 とツンツン立てられた髪をさした。最初にあったときは、こんな髪型じゃなかった。どんな髪型だったかは記憶にないけれど、違ったはずだ。

「るせー、寝てるところをたたき起こされたんだから、仕方なかったんだよ」

 チャスは両手を髪にやった。

「あんときはあたって悪かったな。で、あんたの呼び方は救世主様でいいのか? 今度からはちゃんと呼ぶからよ」

「救世主様はやめてほしいです。わたしは古坂絵里って言います」

「コサ?」

「絵里、でいいですよ」

「エリィ?」

「エ、リ」

「エリン?」

 発音しにくいのか、翻訳のためなのか、ちゃんと伝わらない。

「エリィでいいです」

 ミュリエル姫にもそう呼ばれたことだし、少々発音が違っても別に問題ない。

「了解。よろしくな、エリィ」

 チャスが出した手に絵里は戸惑ったが、こちらの世界では握手が普通のコミュニケーションなのだろう。かなり照れる行為だったが、絵里はチャスの手に自分の手を重ねた。


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