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影が濃い人間と薄い人間――。皆は考えた事があるだろうか。
影が濃い人間は、いつ・どこで・何をしようが注目される。何もしなくても注目される。そう言った奴は大抵学校でのスクールカーストではトップで人気者、会社では上司に気に入られて同僚や後輩からも慕われる人生の勝ち組だ。
一方、影の薄い人間はどうだろう。何をするにしてもパッとせず、何かをしても誰にも注目されずに忘れ去られる事が多い。会話をしていてもいつの間にか除け者にされ、集団の中に居ても存在そのものが気付かれなかったり無かった事にされたりする。いじめと言っていいくらいの事を平気でされてしまう人生の負け組だ。
大抵、影が薄い人間はあまり話す事が少なく、性格も物静かで大人しく友達も少ないのが定番だ。勿論、俺はそれらの人を全て否定する訳では無い。寧ろ、そういう人にこそスポットライトを当てるべきだと考えている。彼等だって人の見ていない所で血眼になって努力をしてどうにかして皆と対等の位置にあろうとしているのだ。
俺、影山輝信もそんな努力を積み重ねまくっている人間の一人だった。俺の場合、保育園時代から影が薄かった。お絵描きをしていても図工をしていても先生に気付かれる事はほとんど無し。学芸会では脇役を振られるのが決まり事のようになっていて、友達も少なかった。小学校に入ると少しは改善するかなあと思ったのだがそんな事は無く、保育園時代のほぼ延長。あの時は辛かった、今思い出しただけでも涙が出てくる。
こんな状況はもう御免だ――。そう思って俺は自分で原因は何なのかを考えて見た、小学5年生で。まず1つは口数の少なさ。2つ目はオーラの無さ。3つ目は服装が地味。これだった。元々お喋りはそんなに得意ではないし、服装も無地の物を着る事が多かった。そんな状態でオーラ何て出る訳もなかった。
原因が分かれば後は変えればいいだけ。お笑い番組やバラエティ番組を見て面白い芸人さんのトークを真似て見たり、服はカッコイイ物を買ってもらってアピールしてみた。自分でも頑張ったつもりだが結局変わらず。
中学高校も変えようと色々やってみたが結局同じ。何をやっても「ああ、影山君いたの?全然気付かなかったよ」「おお影山かよビックリさせんなよ。何時からそこにいたんだよ」「と言うかお前ホント存在感無いよな、何でさ」「名前がもう影って付いてるもんな、そりゃ何か影なさそうだよな」「輝信なのに輝いてないし」等色々言われた。何故変われない、あれだけ何年も努力を重ねてきているのに――。
大学こそ、と思っていたものの・・・。話すのも辛くなってきた。
大学2年に入ってから俺は自分変えの努力は辞めた。何も変わらないのに自分ばかりこんな大変な思いするのが馬鹿馬鹿しく思えたからだ。
そこからは大学と家の往復のみ。講義を受けて終わったらすぐに帰る。バイトがあればその時はバイト先に行って仕事終わったら家に直行。バイト先でも同じだから割愛。友達は言うまでも無く0。筋金入りのぼっち大学生活を送った。だが、まだまだ試練はここから。
大学4年、就活の時期が到来した。全道各地の大学生達が働き場所を求めてありとあらゆる情報を駆使してライバル達から内定を奪い取る壮大な陣取り合戦、それに俺も参加しなければならない。
就職浪人など許されない、どこでも良いから取り敢えず内定を勝ち取らなければ――。大学の就活セミナーには必ず参加し、個別面接や集団討論の練習にも参加した。
結果は最悪。集団討論では議論に参加しているにも関わらず全く相手にされず、個別面接では「うーん、何でだろう。君はしっかりと発言しているし受け答えも十分なのに、何かが足りないんだよなあ。何だろう」と面接担当の職員に言われる始末。理由が分からないってどういう事だよ、それ職員の対応としてアウトじゃないのか――とまるで上手くいかずだ。
その後何度か練習してみたものの評価は変わらず。何も変わらないまま本番を迎えた。卸売りや銀行、大手企業等様々な職種の試験を30種以上は受けただろうか――。
そして2016年10月現在。内定獲得数0。最高で2次選考止まり。もう何なんだろうか。
どの面接官も俺の何を見ていたのだろうか。部屋の入退室・挨拶や言葉遣い・質問に対する回答は全て完璧だった。そこは面接練習の時も職員からお墨付きを貰っていた。だから問題はそこではない、だとしたら何が原因か――。
「君はこの企業に対するしっかりとした意見も持っているし、素晴らしい人材にはなると思う。でも、何でかなあ。君には覇気って言うのかな、いや違うな。存在感?は言い過ぎかな。影が薄いって言うのかな。そんな感じなんだよ。もっと何かこうさ、ねえ・・・」と、とある企業の面接官に言われた。一瞬、このおっさん、何を言っているのかと心の中で思ってしまった。存在感が無い、影が薄い――。いやいや、発言もしっかりしてるし立ち振る舞いも問題ないし声量も大丈夫なのに何でそこで影が薄いが出てくるんだ――そう考えていた。
だが、俺は大事な事を忘れていた。中学高校の時代、人並み以上に喋るようにしたり服装だって変えたのに見向きもされなかった俺だ。石橋を叩いて渡りまくっても結局何も変わらなかった。練習の時もそう。それほどまでに影が薄かった。俺が一体何をしてきたって言うんだ。生まれて此の方、ずっと俺は太陽に当たる事無く枯れていく植物のような生活を送ってきたんだぞ、少しは陽の目を見たっていいじゃないか――。
もう何に対してもやる気が起きなかった。就職の内定先が決まらない事に親も心配で、父親からは自分の会社は小さいから少し融通を聞かせてお前を入れてやっても良いとまで言われるくらい気を使わせてしまっていた。自分でももうどうしていいか分からない。
11月、チラチラとこの江別の地にも雪が降り始めた頃。俺は気分転換の為に寒空の中散歩をする事にした。結局先月以降俺は一時就活を諦めて休養・・・と言う名の引きこもり生活を始めた。このまま就活を続けても無駄だと思ったし、もし決まらなければ父親が勤める会社にでも就職すればいいやと考えていたからだ。完全に子供の発想であるし、大人として非常に恥ずかしいのは自分で分かっている。でも、自分ではもうどうしようもないのだ。
江別市は意外に規模が大きい街だ。札幌程ではないにしろ、ショッピングセンターは多いし24時間営業のスーパーもある。病院も多いし映画館等のレジャーだってある。自然も豊かで野幌森林公園がある。確かどこかの市とまたがっているがそこの自然は雄大で見る者に癒しを与えてくれる。
これだけ色々な物があるのだから、就職先だって探せばきっと有る筈なのだ。ただ、自分のやる気が無いのと視野が狭かったせいで今この有り様である。
ふと街中を歩いていると、気になる文字が私の目の前に飛び込んできた。『watch man』、そう書かれていた。
「こんな所にこんな店出来てたっけかな」と、俺はその店の前に立ち止まって思考に耽ってみる。俺は生粋の江別生まれ江別育ちだがこんな名前の店は聞いた事が無いし、見た事も無い。新しく出店したのだろうか、先月までは無かったのは確かだ。考えられるのは、居酒屋かbarのどちらか、或いは、男性専用の脱毛エステとかだろうか。でも、それだったら広告とかが来る可能性があるし――。
「あのう、ここに何か用事でもあるのかな」と、後ろから声を掛けられた。「うわあ!!」思わず俺は大声を上げてしまった。体格はおそらく筋肉の為であろうかかなりがっしりとしており、身長は175センチくらいで坊主頭。笑顔が優しく、その上から黒縁眼鏡を掛けたその男性は見た目的には優しそうなのだが昔はヤンキーでしたよ的な感じがして少し警戒する必要があると無意識に感じた。
「いきなり御免ね声掛けちゃって。こんな感じだから一瞬ヤンキーかそれ以上の人かと思ったでしょ?でも大丈夫よ、俺堅気だから」普通の一般人は堅気なんて言葉使わないと思うし堅気の意味も知らないと思う。俺は調べる事が好きなので知っていたが。「それよりさ、どうして俺の店の前に居るのかな」「あ、貴方のお店だったんですね。すみませんでした。新しい店出来たんだあと思ってつい」「ああ、そうだったんだ。まあ、変わった名前のお店だしね。今月の1日にオープンしたばかりだから知らないのは当然よ」そう男性は説明した。成程、それは知らない筈だ。
「おっと、名前をまだ教えてなかったね。勝龍馬って言います。ここのオーナーしてるんだ、宜しくね」と男性は自己紹介した。凄いカッコいい名前だ、それに見合った存在感もある――最初は怖い人かと思ったがそうでは無さそうだし、それよりもかなりの敏腕なお方何だろうと感じた俺は自分の自己紹介をし、今の現状を正直に話して見る事にした。
「へえ、色々苦労してるんだね影山君。成程、影が薄いのが悩みあ。立ち話も何だし、店の中に入って座ってゆっくり話そうよ。まだ営業時間じゃないし誰も来ないから安心して」勝さんはそう言うと俺を店の中に案内してくれた。俺はこの店は居酒屋かbarであると予想していた訳だが見事にそれは外れた。部屋に入ると左右にはそれぞれ応接室が2つと管理室なるものが1つ、後はスタッフルームが1つあるかなり寂しげな雰囲気の部屋だった。部屋の中央には受付のみがある。
「あの、勝さん。このお店って一体何されてるんですか」と聞いた。本当に何をしている店なのか見当も付かなくなってきた。何だか心も落ち着かない。「名前だけでこのお店の事分かる人はまずいないだろうね。君の反応は正しいと思うよ、でもね、決して怪しい事はしていないから安心してもらっていいよ」と前置きして「うちではね、2つの事業を行ってるんだ。1つはお子様が居る世帯でどうしても子守が必要になってしまった時にそれを代行して行う"子守代行サービス"と、最近ストーカーによる犯罪とか増えてるでしょう。それに対抗するために、ストーカー被害に遭っている女性や男性の相談に乗ってそれを行う加害者の証拠を集めて警察に通報するサービス、俺達は"ストーカーのストーカー"て呼んでるんだけどね、それをしてるんだよ。ここにある全部屋は完全防音でどんなに大声出しても外に音が漏れないようになっててね。プライバシーの配慮は完璧。窓から部屋の室内は見れないようになってるし、逆に部屋から外は見られるようにしてある。まあ、そういう事をしてる所だよって、影山君?」とそこで一旦話は途切れた。どうやら俺を"見失ってしまった"らしい。
「目の前に居ますよ勝さん」そう答えると、「ああ、御免よ影山君。成程、最早神レベルの存在感の無さだね。凄いよこれは、誇っていいと思う」と冗談なのか本気なのか、どっちとも取れるようなニュアンスで答えると、「今ね、うち人足りないんだよね。まあ何せ今月開いたばかりだし、従業員俺含めてまだ4人しかいないのよ。最低でも6人は欲しい所何だけどさ。どう、うちで働いてみない。内定先無いなら全然大丈夫でしょ」と、彼は唐突に俺を勧誘し始めた。
「いきなりそんな事言われてもですね」そう反論した。「でもさ、幾ら君が面接で正しい対応した所でどこも君を雇ってもらえなかったんだよ。その影の薄さのせいで」と言い返された。ぐうの音も出ない。「勿論、ちゃんと研修はするしいきなり1人で実践何てさせはしないよ。と言うか1人でやる事は無いと思ってもらっていい。チームでストーカーを追い詰めるのが俺達だから。それに、その神レベルの影の薄さを使えば、ストーカーに気付かれずに近付く事だって可能になる。俺達に取っても大きな戦力になるんだよ。君だって就職する事が出来るんだし」勝さんはそう説得した。
確かに、普通の職業に付く事はもう俺には出来ないだろう。出来たとしてもきっと父親の会社になるだろう。親の七光り何て言われるのは御免だがそうなるとこの時期に新卒募集してる企業を探さなければならない。中小でもこの時期は募集してる所は少ないし、チャンスはより狭い物になっていく事になる。何より、この影の薄さが邪魔だ。
しかし、ここではどうだろうか。仕事の内容としてはとてもハードな物だ。命も懸ける。しかし、生まれて初めてこの影の薄さを有効活用出来るかもしれないのだ。就職も決まるし、この会社の戦力にもなるって言うし、決して悪い所では無い。
「労働時間とか休日とか給料とか、その他諸々色々聞きたいんですけど大丈夫ですか。それを聞いたうえで判断させて頂きたいんですが」と内心入る気は満々だが取り敢えず労働環境は把握しておきたかったので、勝さんに確認を入れて見た。「おお、それ見せたら来てくれるのかい。それは有り難いよ。じゃあ今契約書とか色々持ってくるからちょっと待っててね。いやあ、今日は良い日だねお互い」勝さんは上機嫌に書類を取りに管理室に向かった。
凄い所で幸運の女神が参りこんだようだ。コンプレックスを逆に武器にしていく――俺にはこの視点が無かった。それに気付かせてくれた勝さんには感謝しきれない。もう心は決めている、俺はここに就職する。そして、ここで多くの人を救ってみせる。そう決意した。