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また来るよ。
そう言い残して去っていく彼を何度見送っただろうか。彼はいつも笑っている。
寂しそうに、笑うんだ。
「はぁ・・」
口から漏れる溜息が重い。
目覚めてから3週間が経ち、怪我の回復も順調だ。足のリハビリには結構な時間がかかるがそれを乗り越えれば無事退院出来るだろう。
「・・しゅん」
記憶の中で最後に見た彼は、土砂降りの雨の日に透明の傘を持って佇んでいた。
おにーさん、そう呼んで車に轢かれそうになった俺を呼び止めた。掴まれた腕が熱くて、生きているのだと実感させられたのだ。
生死の間際に現れた1人の男。
彼は間違いなく俺のヒーローだった。
命の恩人だった。
いつかの昼、まどろむ意識の中で彼の声を聞いた気がする。何度も何度も、今にも消えてしまいそうな小さな声で呟いていた。
鼻をすする音、震える声。
そのすべてに焦りと苛立ちを覚える。
何故。どうして俺は覚えていないんだ。
分からない。分からないことが分からないなんて、彼が何に謝っているのか、そんなことも思い出せないなんて。
握りしめた拳が空を切りベッドを揺らした。軋むスプリングの音が病室に小さく響く。
「・・・」
《明日も君が》