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「はるき。おはよう」
大きく息を吸ってから病室の扉を開ける。なるべく笑顔で接するように、彼を傷つけてしまわぬように。最大限の配慮を忘れない。
そうすることで償われる訳じゃないけど、それでも。そうでもしていないと、自分が駄目になってしまいそうだった。
「おはよう、ございます」
2週間にもなるのに返ってくるのは敬語の他人行儀な挨拶。締め付けられる胸が壊れてしまいそうなほど痛い。
「今日は来るの遅かったですね」
彼もまた俺との距離を縮めようと一生懸命話す努力をしてくれている。それが伝わってくる彼の優しげな瞳に、胸がまたキリキリと痛む。
「少しだけ会議が長引いてしまって」
「そうなんですか・・来てくださってありがとうございます」
彼は『すみません』とは言わない。
言わないで欲しいと頼まなくても彼は最初からそうだった。俺自身が来たくて見舞いに来ていることを分かっているし、彼自身も言わないようにしているらしい。
「あ、そういえば昨日はありがとうございました。俺あのプリン大好きなんですよね」
嬉しそうに微笑んで軽くお辞儀をする彼。ハルキがプリンを好きなことはとっくの前から知っている。
あの日。事故の日、彼と出会い一緒に過ごすようになって1年が経とうとしていた。
時たま口論になることもあったが、お互いをよく知り尊重できる間柄だった。俺は彼を好きだったし、彼も俺が好きだった。
あの事故がなければ彼は記憶を失わずに済んだ。ちょうど今の時期に、一緒に旅行へ行く計画も立てていた。そのことすら彼は覚えていない。
俺のせいで。
俺の不注意で彼を。
「高崎さん」
「はい」
つい考え事に耽っていた頭を振り払い、首を傾げつつ彼を見る。すると真面目な顔をして次に言う言葉を躊躇っているようにも見える彼の表情。
「下の名前、教えて」
言葉が出なかった。
彼は本気で俺との距離を縮めようとしてくれている。しかし。
記憶を忘れたままの彼と、親しげに名前で呼び合っても、また以前のような関係に戻ったわけではない。このまま友達として仲良くなってもつらいだけだ。
だけど。
「しゅんです」
そんなことはどうでもいい。
記憶をなくしてしまった彼がどんな思いで俺と接しているのか、手に取るようにわかる。
少しでもその苦しみを和らげることが出来るのなら、どんな痛みでも受けよう。
「・・・しゅん」
キリキリ痛む胸とほんの少しの喜び。
「なに、はるき」
首を傾げる俺に照れ臭そうにはにかんで、視線を外す彼。
ああ、まずい。
「なんか照れますね、こういうの」
勘違いしてしまいそうだ。
「・・・そうだね」
初めて彼が俺の名前を呼んだとき、同じように少し頬を赤く染めて、同じような台詞を口にした。
今は俺だけの思い出になっているあの日々。
いっそのこと全部勘違いにしてしまえたら。なくしてしまえたら。
そんなことを考えて、つらくて、悲しくて、それでもまたあの日々を思い続ける。
今の彼を思い続ける。
「ねえ、しゅん」
《もう一歩君に》