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近頃、俺には日課がある。
いつもの公園を通り抜け、自宅から1番近いコンビニでスポーツ飲料とお菓子を買い、ストローを貰って店を出る。
10分ほど緩やかな坂を登って辿り着いたのは、この辺りで最も大きい総合病院。
おそらく今日も大人しく寝ているはずのない、彼。
「入るよ〜」
その彼のお見舞いに行くことが、近頃の俺の日課だ。
数回のノックの後、
返事を待たずに扉を開ける。
「あれ」
いつもなら、寝ていなければならない人が居なくて『またか...』と目頭を抑えるところだったが、今日は違ったらしい。
「兄さん、今日は大人しくしてるんだね」
長い入院生活で色白くなった彼の顔がゆっくりと此方を向く。俺を視界に入れた瞬間何も映っていなかった彼の瞳に、光が灯るのが分かった。
「うん。今日はなんか」
外に出たくなくて、そう言って小さく微笑み窓の外へと視線を向ける彼は、1年前に会った時より随分と痩せこけている。それでも話す元気があることに安堵して、暇さえあれば兄の元へ足を運んでいる。
ベッド脇に置かれた包装されたままの花束と、スーパーによく並べられている安物のプリン。俺の視線を追った兄さんが悲しそうにそれらを眺める。
「来てたんだ、あの人」
「・・・そう。毎日欠かさずね」
思い浮かべたのは、兄さんが意識を取り戻す前からずっとここに通い続けていた少し背の低い男。関係を聞くと最近知り合った友人だという。
兄さんが眠っている間も声を掛け続け、俺が来ると一言二言挨拶をしてすぐに出て行ってしまう。
目が覚めるまで2週間。
彼はほとんど寝ていなかったのではないだろうか。一度食事をちゃんと摂っているのかと聞いたら、喉に通らないからいらないのだと空笑いをしていた。
そして、神は残酷だった。
兄さんは親しげに下の名前を呼ぶ彼のことを、まるで覚えていなかったのだ。正確には、ここ1年ほどの記憶をなくしていて彼と初めて会った日のことだけは覚えていた。
名前も知らない。
たった数回言葉を交わしただけのただの通行人。そんな認識でしかないのだと思う。
「高崎さん・・・」
兄さんの寝言を聞きながら、いつも泣きそうに笑う彼の姿を思い浮かべた。
《目が覚めたら》