一章 パート1
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一章 愚者は足掻き、道化は愉快に踊る。
二〇一〇年 四月五日。
夜の商店街、一人の無造作にセットされた髪に女性と見間違われることが多々ある端正な顔立ちの青年が携帯電話を見ながら歩いている。
青年の名は秋久雅人
ここは下町の商店街なので都心部と違い日が暮れると同時に店を閉めて明日のために品出しや精算をして明日に備えている。
しばらく操作せず放置し消費電力削減のために画面を暗転させ、鏡代わりに後ろの様子を伺う。
(どうもここ数日、変な連中に付けられてるみたいだな)
後ろから五人の漆黒のスーツに身を包んだ男たちが秋久を尾行していた。
当然、秋久には彼らに身に覚えが無い。
だが、追われる心当たりがある。
それは自身が持つ体質である。
この体質のお陰でろくな学生生活。要は青春という貴重な経験が出来なかったわけだ。
(何なんだ、こいつらは?)
秋久の学歴は一般レベルだが、勉強は人一倍やっていたので教養レベルはキャリヤ組にも負けない自信があるのだが。
(やっぱ、俺の体質が問題なのか)
しつこいようだが、やはりその通りなのだろう。
過去に何度か襲撃されたり闇討ちに遭ったりといろいろあったので不本意ながら喧嘩には慣れている。
なかなかそんな訳あり人間を雇おうなどと言う物好き企業など在るわけもなく、こうして現在に至っているわけである。
「五人か」とため息交じりに背後に気を配る。
漆黒のスーツが闇のように近づいている。
(さてと、とりあえず帰ってもらわねぇとな)
秋久は足音で距離を測る。
相手が三人以上場合、多勢に無勢なので戦ってもまず勝てないそれがケンカにおいては常識である。
だが本当にケンカの強い者は一人で数人を相手にすることが出来る。
夜の闇を照らす蛍光灯の下を歩きながら秋久はタイミングを計る。
(囲まれたら終いだからな。あの店の前の路地裏まで誘うか)
ちょうど、左側に文房具屋の前に大人一人程度なら少し余裕がある路地裏が見えた。
距離は歩数にして約三歩。相手との距離にもう余裕が無い。この機会を逃せば五人同時に相手にしなければならない。
秋久はよく不良に襲われたりしていたので、一対一の勝負なら経験もそれなりにある。
なので、この三歩が上手くいかなければ負けてしまう。そして敗北は死に繋がる。
一歩目……大きめに右足を出す。
二歩目……三歩目に繋げるべく少し控えめに左足を出す。
三歩目……右足が地面に付くと同時に身体全体を左に九十度ひねり、右足で地面を蹴って路地裏へ向かって走り去る。
突然の秋久の行動に男達は少しも同様も見せずにそれぞれ目を使って指示を出し合う。
手前にいた二人は秋久の後を追い、残る三人は路地裏の裏へ向かう。
路地裏の裏口へ向かった男達は立ち止まった。当然、息切れや作戦変更ではない。男達の前に不振な女が立っていた。
女は携帯食料食べながら男達に愉快そうな笑みを浮かべた。
秋久は路地裏の奥のL字の角に身を隠し、走って来た男の右パンチで壁に後頭部ぶつけ続けてもう一人にゴミ袋を投げつける。男がゴミ袋をはたき落としたと同時に懐に入った秋久の左アッパーが男を打ち上げる。
秋久は男達が起き上がらないのを確認して「残るはあと三人か」と一息つく。
ここまでは二手に分かれる事を視野に入れ路地裏を選んだ秋久の考え通り進んでいた。ただ、一発でダウンするとは思っていなかったが。
「さてと……裏に回った奴らが来る前に離れねぇと」
目的は追っ手を撒くことにあって、わざわざ、全員を相手する必要はないので秋久としてはここから一秒でも早く去りたい訳である。
「……お願い、助けて」
不意に背後から女性の声に秋久は少し驚きながらも落ち着いて振り返った。
女は同い年くらいで髪は黒く青を基調とした暖色系Yシャツに緑のズボンで余計な装飾品がない為、体のラインが分かりやすくすっきりした印象を受ける。
そこ以上に秋久は彼女の体中に付いている血が気になっていた。
女の立っている位置は路地裏の入り口。つまり、裏に回った男たちと遭遇していることを考慮するのが妥当だ。
なので、秋久が気になっているのはこの女に付いている血は自身の物か男たちの物かというところである。
「助けてって、あんた……こんな時間になんで一人なんだ」
あまり良い質問のし方では無いのは分かっている。
(買い物で来ているにしても時間的にも場所的にも不可解だし、第一この商店街は店は閉まっているわけだし、少し様子を見るべきか)
「……お願い、助けて」
秋久が思案していると女が右手を握って来た。
その手から危機感のようなものと奇妙な違和感が伝わってきた。
「っておい、助けるも何も事情が分からねぇと助けようがないだろ」
秋久からしては事情が分からなければ、何からどう助ければいいのか分からない訳である。
(今は話も聞けそうに無いし、余り詮索すべきじゃないな)
「助けてくれってのは分かった……早くここから離れた方がいい」
提案しながら秋久は女の握る右手を離させようと左手を添えようとした。
その瞬間、右手に激痛が走った。
次回は近日中に上げて行きます。