二章 パート2
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パート2です。今回は綾乃とおっさんと兄ちゃんと変な頭の子どもが登場します。
その直後、左腕がトラックに激突し、それに合わせてバンパーを蹴って更に前へと飛んだ。
二人は衝撃でそのまま歩道へ弾き飛ばされ、茂みのクッションに吸い込まれる。
トラックの運転手も異変に気づいてブレーキを踏んだ。それを内心今頃かよ! 正にその一言しか浮かばない。
秋久は自分の左腕が折れていないのを確認すると隣で倒れている綾乃を引き起こす。
「お前、どこ見て歩いてんだよ! ぁあ!」
さすがの秋久の本気で怒った。
もう少し秋久の判断が遅れていたら綾乃は死んでいただろう。それは自分の家族を悲しませるのは当然だが、何よりトラックの運転手の方だ。自分の不注意でその運転手は刑務所行きになる。そうなれば家族がいたら一家揃って路頭に迷うことになる。怠慢運転は別問題だが。
何より怒っているのは自分の命を粗末にしていることだった。
「何で車道を歩いてた?」
綾乃は左に顔を向けたまま硬直する。
「おーい!」
トラックの方から呼びかける声が聞こえた。声がした方を向くと運転手と思わしき男が駆け寄って来た。
「スゲー音しけど、お前ら大丈夫か?」
「いえ、大丈夫です」
今は運転手への怒りより、綾乃の不注意の方が気がかりだった。
「良かった。いきなり、もの凄い衝撃がだったからやっちまったかと思ったから安心したよ」
運転手は安堵して胸を撫で下ろす。
「ん、ところでそこの坊主も兄ちゃんらの知り合いか?」
運転手の指差した場所からヒョコと癖毛の少年が顔を覗かせていた。
少年の癖毛に見覚えがあった。今朝一緒に桜花崎学園に行った高等部の生徒だ。
「いえ、知りません。とりあえず交番に届けて来ます」知らんふりをして少年をワザと困らせた。特にこの少年は悪くはないが今の怒りを意地悪で発散する為に利用した。後で寮までは送ってやるつもりだ。
おえぇ! っと間の抜けた声を出し少年は目をギョッと丸くする。
「そうか、悪かったな。気ぃ付けて帰れよ兄ちゃん」
そう言うと運転手は足早にトラックに乗り込んだ。
秋久は少年を詰め寄った。
「で、なんでここにいる?」
「散歩ついで地理を覚えようとこの通りに来たら、凄いブレーキ音がして物陰から様子を見てたトラックからおじさんが降りて来るのが見えて、誰かに近寄って声を掛けるの見てたらおじさんがこっちに気づかれたからそっちに行ったら先生たちだしビックリしましたよ」
少年は不自然な日本語で必要以上に具体的に説明する。関西圏の住民特有のアクセントで語る。
「それより先生、何があったんですか?」
少年は秋久に何が起こったのか尋ねた。
「ちょっとな、こいつがトラックが後ろから来てるってのに道路の上を歩いてから歩道に寄せただけだ」
「ん? それやと……」
少し不満そうな顔をしながら少年は黙り込む。
「話は変わるけど、お前は正直言ってこの学園をどう思ってる?」
「俺は自分なりに楽しんでますからどう思うと言われても答えようがないですよ」
少年はそういうと綾乃を睨んだ。
えっ! 綾乃は少年の方に視線を向けた。
秋久は今まで全く気づかなかった。綾乃が視線を向ける瞬間、綾乃の左側の髪が何者かによって切られていた。
「おい、その髪何があった?」
秋久は綾乃に詰め寄ろうとするが少年が間に入って止める。
「先生、今は深く詰め寄るのは得策とは思えませんよ。この娘も髪の毛を切られてショックやろうから」
綾乃が少年の後ろに隠れる。
秋久は額に右手を軽く添える。
「分かったよ。また明日改めて聞くことにする。お前もそれでいいだろ?」
「先生、ありがとう」
少年はそう言うと綾乃の両肩を掴んで秋久の前に出した。
「先生、厚かましいお願いなんですけど俺たちを寮まで送って貰えませんか?」
「ん? あ、ああ」
秋久は疲れているので流されるように返事をする。
流れを少年に支配されていたが、面倒なので今は気にしない。
(今朝会った時は気づかなかったが、思ったより思慮深い奴なんだな)
少年に関心する。少なくとも少年は綾乃に何があったか知っていてそれをさり気なく悟らせる為に視線を綾乃へと向けたのだろう。
「先生、今日は助かりました」
「何のことだ?」
秋久は少年の言葉が理解できない。礼を言われることと言えば早朝に道を教えたことぐらいだ。
「先生、何も知らないんですね」
「お前は何か知ってんのかよ」
「はい、でもそれを送って貰う時に話します」
少年はそう言うと一人で逆方向に歩きだした。
「おい、そっちじゃないぞ!」
「むご! なんとな、逆だったとは」
秋久はやれやれと肩を竦めた。
・
ぶっ倒れる程猛烈な疲労感の中、秋久は再び学園の敷地内に戻って来た。時刻は八時三十分だ。
「着いたぞ。お前らの寮はどこだ?」
「学園の敷地の向こう側です」
少年は前方を指さす。そこには中等部、高等部の校舎そしてグランドのさらに奥に、五階建ての八十年代後半の面影が残したままの質素で不気味な佇まいの団地が六つ並んでいるのが見えた。
「随分とまあ懐かしいな。俺がガキの頃には随分と建ってたけど、今はマンションばっかだからな」
「そうですね。俺も幼稚園ぐらいの時は地元に数件在ったんですけどね」
綾乃は思い出に浸る二人を見ながら言う。
「あのぉ、あの寮がそんなに懐かしいんですか?」
「あの寮はバブル全盛期の時に都市部に人口が集中した際の居住区と開拓されたもんや。でバブルが崩壊した後、急激な経済の悪化に耐えられず若年層の住民はこの団地から離れて、そんで残された老年層は介護施設に移されて、その後学校法人がこの土地を買って学生寮として建てなして現在に至る訳やね」
少年は当然のように話す。
「そうなんですか」
いまいち少年の説明が理解出来なかったが、とりあえず分かったような返事をする。
「おい、お前らどの棟だ?」
秋久は二人に聞く。いつの間にか寮の前まで来ていた。
「俺は二番です」
「私は一番です」
二人同時に返して来た。その姿はさながら一卵性の双子のように。
「やれやれ、やっぱり二人は別か」
安の定と言うか何と言うかここまで予測通りだと笑いたくなってくる。
「まあ、男女別の寮にするのが普通だからな」
「先生、この寮は男女共同ですよ」
秋久の言葉とは裏腹に少年は真逆のことを言った。
「そうなのか?」
思わず声に出して聞いてしまう。
「はい、何でもコミュニケーション力をつける一環として男女共同制にしてるみたいですよ。その他にも健全な青少年の育成言うて学年も混ぜてますわ」
少年はスラスラと説明をする
「スッゴーイ! まるで『チュートリアル人間』ですね! っと言うことは解説するために生まれて来たんですね!」
「オイ、それはどういう意味や? 馬鹿にしとんのか?」
感心する綾乃に対し不満そうに反論する少年。それを傍から見ればなかなか微笑ましい光景だった。
「くだらん痴話ゲンカはその辺にしとけよ、お前はここから帰れるだろう?」
秋久は少年に一人で帰るように言った。
「綾乃の方は心配だから部屋まで送ってくから……」
「分かりました。先生、今日はありがとうございました」
ニッコリと頭を下げて少年は上機嫌なのかスキップしながら去って行く。ボリュームのあるウェーブの掛かった癖毛を上下に揺らしながら。
「綾乃、お前の部屋は何号室だ?」綾乃の方へ向きなおって言う。
「えーと、三〇五号室です」
「そうか。ところであいつと兄妹か?」
秋久は素朴な疑問を投げかける。
「いえ、兄妹じゃないですよ。私には兄も弟もいませんよ」
「俺には兄妹にしか見えないがな」
綾乃は否定しているが、二人の雰囲気はどこか似ていた。
「でも、何だかあの人……ずっと前から知っている気がするんです」
綾乃は寂しそうな表情を浮かべながら話す。
エレベーターの設置義務は基本六階以上からと義務付けられている。なので、五階建ての寮はエレベーターを設置する必要が絶対ある訳でだないので螺旋階段を上がって行く。
「ここで良いのか?」
三〇五号室の前に立って言う。
「はい、ありがとうございました」
綾乃は深く頭を下げる。
「さっきは怒鳴って悪かった。じゃあな、明日もちゃんと来いよ」
軽く手を振って秋久は去って行った。
「さてと、今何時だ?」
秋久は携帯電話を取り出して電源を入れる。
暗転状態の画面が鏡のように秋久の顔と背後を映し出す。
一瞬、画面の奥の方の階段辺りで何かの影が動いた。
秋久は危険を感じて咄嗟に振り返る。だが、背後に誰もいない。
(誰かいた気がしたけど、気のせいか?)
秋久は呟く。疲労から、むしろ気のせいにしたいという願望に近い。
なので秋久は足早にその場から去って行った。
今回は朝、秋久の前に現れた癖毛の少年が再び登場しました。
彼は何故か綾乃の髪のことを知っていて学園について知っているような素振りを見せたが結局、学生寮についての知識だけしか話さなかったが、彼の意図はどこにあるのかは別の機会に書きましょう。
次回は随時投稿します。