彼の剣
部活用に書いたものの校正前原稿。
目の前には敵、敵、敵。統率の取れた動きでこちらに迫り来るその様はまるで絡繰人形のようで、よく鍛錬されているのが見て取れる。
(蟻の群れにしか見えんが……相手は合わせて二万か)
蟻の群れを見つめ、男は溜息をつこうとしーー周りには部下達が居ることを思い出して、それを飲み込んだ。ここで無駄に指揮を下げるわけにはいかないのである。ただでさえこちらは他の団を含めても五千しかいないというのに。戦争において、数の差は大きい。ましてこちらは纏まりのない三つの団の寄せ集めなのだから。
(纏まりがねぇとはいえ、個々の団では出来てんだ。俺達が何とかするし、何とかならなきゃうちの大将が何とかするだろ)
相変わらず戦場にいるとは思えない程の気負いのない動きで、男が剣を構える。
「黒髪だ! 黒髪を潰せ!!」
敵陣から怒鳴り声が上がる。どう見てもこちらの陣に黒髪は自分一人しかいないことを律儀に辺りを見回して確認した男は、今度こそ飲み込むこともなく、盛大に溜息をついた。あからさまにうんざりとした顔をする男に、周りの部下達も少し緊張を解き苦笑する。
「相変わらず敵さんから大人気ですね、デュラン。羨ましい限りです」
馬に跨がり、かっぽかっぽとゆるい音を鳴らしながら出てきた青年は、男の斜め後ろについてにこりと笑った。それを見て、デュランと呼ばれた男は顔をしかめる。
「うるせ。ってかまた前線まで出て来やがったのかお前」
「だって、皆さんが頑張るところを良く見たいじゃないですか」
「自重しろ阿呆」
デュランは強く睨むが、意に介した様子もなく青年はレイピアを頭上に掲げる。
「ファグリ=フエゴ」
青年の低いテノールがそう呟くと、剣に纏わり付くように炎が上がり、彼の人の髪を赤く染め上げる。それはまるで戦いの合図のようで、男の心臓が一つ、強く跳ねた。
***
「はぁ」
ロランは心底参った、という風に溜息をついた。実際参っていたのは本当で、何故なら彼は先程職と家名を無くしたばかりだからである。更に彼は今揺れに揺れる馬車の中にいた。これではそう間も無く酔ってしまいそうだった。
さて、『アルウェン王国』は大陸の中央部近くにあるそこそこ大きな国である。街は清潔で安全な通称貴族街と呼ばれる特別国民居住地区と、安全とは言い難い平民街、奴隷や乞食、悪人の集うスラム街にはっきりと分けられており、何よりも家名を大切に、つまり貴族を大事にする国で、代わりに平民や奴隷が暮らすには些か厳しい国であった。そんなアルウェン王国で、ロランは元々微妙な立ち位置にいた。騎士隊に所属して居るのにレイピアより重い剣がどうしても持てず、すらっとして細い体だった為(本人曰く、どんなに鍛錬しても筋肉がつかないそう)、隊の中でも浮いていたのである。そんな彼が騎士隊に留まり続けることが出来ていたのは単に家名のお陰だった。そして、そして彼はある日、ついにやらかしてしまったのである。海を越えた先の大国から、一人の姫がアルウェン王国に留学に来た。真黒の髪に切れ長の目、珍しい型の洋服を身につけた姫はたいそう美しく、玉座に座って向かい入れた王は満足気に頷くと、留学を歓迎する意を伝え、王宮を案内させようと一人の騎士を呼び寄せた。ーーその呼び寄せられた騎士こそが、ロランだった。
「ようこそお越しくださいました。では、ご案内しますね」
そう決められた台詞を言おうとして口を開いた。だが、ロランの口から漏れたのは大の男が上げるにしては情け無さ過ぎる程に甲高い悲鳴だった。顔を見た瞬間悲鳴を上げて気絶したロランに姫君はたいそう怒りを覚えすぐさま帰国しようとし、それに焦った(ついでに日々溜め込んでいた彼への怒りを発散すべく)王は非情にもロランの職と家名の剥奪を言い渡したのである。平民に落ちたロランは最低限の荷物をまとめ、その日のうちに馬に乗って王国を飛び出した。端から見れば没落貴族の夜逃げだが、等の本人といえば
(そうだ、旅に出てなんか楽しそうなことをしよう……!)
という何ともお気楽な考えの元により動いていたのがなんとも言えない。
(そろそろ本当に酔ってしまいそうだ……何とかしないと)
ロランはもう一度溜息をつくと、周りを見た。広く寛ぎやすい、とは言い難い馬車の中には、年端もいかぬ男女が身を寄せ合っていた。ぱっと見、女の方が多い気がする。その中に一つ、ロランは確かに異質な存在を感じた。
「?」
戦場でも滅多に感じない程のプレッシャーを探るように首を捻ると、目当ての人物はすぐに見つかった。
麻で出来た質素な服の上からでも充分にわかる引き締まった筋肉。長い足は胡座をかき、その逞しい腕は胸の前で組まれていた。派手ではないが端整な顔立ちをしていることは、寝ている男の顔をぱっと見ただけでわかるし、何よりここら辺では珍しい真黒の髪が、ロランの目を引いた。
いそいそと寝ている男の隣まで移動し、腰を下ろす。そして、声をかけた。
「ねぇ、お兄さん。いつまで寝たふりしてるんですか?」
「お前今の状況理解してるのか?」
ぎろり、と睨んでくる男の目が琥珀色であることを確認して、ロランはにこりと笑った。
(これで双黒だったらまた気絶してしまったかもしれないですし、よかった……)
未だわからぬ自分の地雷に関してはおいおい考えていこう、と無駄に強く決心する。
「やだな、状況くらいちゃんとわかってます」
「ならもう少し静かに……」
「そう思うならもっと寝たふりを続けていれば良かったのに。意外と素直にお返事してくれたのでこっちが驚きましたよ」
「……」
男の額にわかりやすく青筋がたつ。高まるプレッシャーに、並みの人では失禁してしまいそうだ、と呑気にロランは考えた。
「お話ししましょう。このまま黙ってたら吐いてしまいそうなんです」
笑顔でそう告げると、男は心底嫌そうに、渋々頷いた。
「お前、なんでそんなに落ち着いてるんだ?」
無愛想なままに男が問う。ロランは不思議そうに首を傾げた。
「お兄さんの方が落ち着いてる癖に……、僕のは慣れです」
「慣れ?」
ロランの言葉に顔を顰めたが、後半部分が気になったのか男は問い返した。
「はい。あ、僕はロラン。貴方の名を伺っても?」
詳しくは答えず、話を進める。男はまた嫌そうな顔をした。
「……………………デュラン」
「デュランさん」
長い溜めの後に返ってきた返事に、やはりロランはにこりと笑って、確認するように繰り返した。
「お名前教えていただいたお礼にさっきの質問に答えますが、実際僕、よく誘拐されるんですよね」
誘拐。そう、誘拐。ロラン達が乗っている……正確には乗せられている馬車は、俗に言う人身売買に使われる物だ。この時代、人身売買は合法とまでは言わないものの、ある程度は一般化していた。『見かけたとしても手を出すな。出したが最後己が末代』とはよく言ったもので、下手に人身売買関連に手を出すと、その被害は倍になって自分に返ってくる。何せ奴隷が身分として存在する国の例があるのだ。捕まったら何処かの貴族か裕福な商人に売られて使い潰されるのがオチである。そして、そんな事はここらではほんの小さな子供でも知っているような当たり前の事だ。だからこそ、この馬車に乗っているうら若き少年少女は身を寄せ合い絶望を共有しているのである。デュランを除けば誰一人として手錠で繋がれてはいない(ロランは彼の手錠を確認した後「お兄さん強そうですもんね」と笑ってデュランに睨まれていた)のは脱出しようにも、目の前の格子窓すらない鉄の扉が不可能を突きつけてくるから。
今日だけでこれもう三回目ですよ? と朗らかに笑うロランの顔からは恐れや焦りの色は見えず、デュランは思わずロランを凝視した。
よく実った稲穂のような金の髪に、オリーブグリーンの瞳。柔和な顔立ちも、よく見れば良い生地で出来ている身につけた服も、その物腰も合間って何処か浮世離れしたような感覚を覚える。
(…………金の髪にオリーブグリーンの瞳………………?)
何処か既視感を覚えて首を捻る。
「今日の朝、馬で走っていたら突然襲われまして、荷物は殆どそこで盗られてしまったんですが、何とかそれは逃げ出せたんです。それで、今度は街に入ってゆっくりしようと思って昼間から宿屋に入ったらちょうど盗賊に襲われて、まぁそれも結局は逃げれたんですけどね。後はデュランさんもわかるかもしれませんが、先程いた酒場でうっかり寝てしまって……今に至る感じです」
「は?」
確かに先程酒場であったことは本当だが。それにしても、だ。
(言ってることが本当ならこいつどうしょうもない程に運がない奴だな……)
「なんだかんだ言って毎回助かっているので多分今回も大丈夫ですよ。僕、運が良いんです」
そんなことを良い笑顔で言い切る物だからどうしようもなさ過ぎて呆れてしまう。いっそ笑いそうだ。
(どう考えてもお前は不運の類の奴だろうが)
「デュランさん強そうなのに、何で捕まったんですか?」
デュランの若干の動揺を気にした風もなく、呑気に尋ねてくるロランに、「こいつは大物なのか、馬鹿なのか」と内心首を捻りながら簡素に答えてやる。
「お前と同じだ。酒を飲んだ」
が、
「やだ、つまらない冗談はやめてください。デュランさん全然お酒の匂いしませんよ」
何処か含みを持った笑顔で言われ、デュランの目が厳しくなる。
「もう一度聞きますね、何で捕まったんですか?」
一瞬まじまじとロランの目を見たデュランは、はぁ、と溜息をついた。
「……なんでわかった?」
「ふふ、何のことでしょう?」
上品な顔で答えるロランを胡散臭気な目で見て、先程から疑問に思っていた点と点が繋がって、デュランは隠しもせずに思いっきり嫌そうな顔をした。
「お前、まさか……」
ロランは相変わらず笑顔のままだ。
「あれ、バレちゃいましたか。おあいこですね」
「……お前は何番目なんだ」
何が、とは言わないデュランだがそれで十分だろ、と言わんばかりに睨む。
「そうですね、僕は十三番目です」
「ぶっ」
デュランが吹き出した。
「あの爺本当に色ボケだったのか……」
あの爺、とはアルウェン王国国王グラス=ディアオ=アルウェンのことである。ロランから職と家名を剥奪した張本人であり、ロランの実の父親でもあった。
「因みに既に亡くなった方含めて兄が十二人と弟が三人、姉が十四人います」
今度は言葉もなかった。
しかし、貴族の血を大切にするアルウェン王国ではこれは当たり前の事であり、王家の血を、貴族の血を途絶えさせない為に何時の時代の王も沢山の側室を抱え、子沢山だった。因みに現国王は正妃と側室を合わせて六人の妻がいるが、これは歴史的に見てそう多くもないのである。少なくもないが。
静かに頭を抱えるデュランを見て、ロランはくすくすと笑った。
(もっと無愛想で面白味のない人かと思いましたが、この人は面白い)
「それで、王子様がなんだってあんなやっすい酒場で酒飲んでたんだ」
もう何が来ても驚かない、と心に決め、顔を上げたデュランがロランを睨む。
「ああ、僕昨日家名を取り上げられたんですよ。だからもう、僕はローランド=ゲルニア=アルウェンではなく、ただのロランなんです」
勿論そんな決意はすぐさま粉々に打ち砕かれたが。
「家名って……どうやったら取り上げられるなんて事になるんだよ?」
諦めて、デュランが尋ねる。この男相手に身構えるのは色んな意味で無駄かも知れない。
「ちょっと粗相をしてしまって……」
ロランは照れたように軽く舌を出すが、またしても頭を抱えたデュランは視界にも入れていない。
(十三番目とはいえ仮にも王子が家名を剥奪される程の粗相ってなんだよ)
実際には戦争に発展しかねない、まるでもってちょっとどころではないことをやらかしたロランだったが、敢えて自分から暴露する程馬鹿ではないので曖昧に笑って誤魔化す。とはいえ端から見ればロランはずっとにこにこしているようにしか見えなかったが。
がたん
一度大きく馬車が揺れる。身を寄せ合っていた少年少女が怯えたように、より一層ひしと抱き合った。
もう一度、先程とは逆側から衝撃が伝わり、また大きく揺れ、馬車が止まる。今度の揺れに、馬車よ前方部分ーーつまりこの馬車の所有者である人身売買のグループである男達の喚き声が聞こえた。
「あらら、外で何か始まったみたいですね?」
ロランがほのぼのと呟く。あまりにも変わらないテンションに、デュランはまた溜息をついた。少し会話をしていただけなのに、この男が変な奴だと言うことだけはよくよく伝わってきたからである。
(それにしても……予定より早いな……?)
目を閉じて集中し、その場にいるものの気配を探る。
(子供が十五に、男が八、弱そうなのが一つ……)
因みに、子供は一緒に捉えられている少年少女、男は人身売買のグループ、弱そうなのはロランのことだ。ロランが聞いたらその笑顔を引っ込めてむくれそうだが、声に出していないのでセーフである。
(それから、そう強くない野生が十八)
一つ、また一つと減っていく男達の気配を感じながら「緊急事態か」とデュランは呟く。気だるさも感じさせずにすっくと立ち上がると強い目でロランを見た。
「おい阿呆王子」
「えっ、それ僕ですか酷い」
「うるせ。俺は今から外に出て何とかしてくるから、お前、そこを動くなよ」
念を押すように短く切って伝えられた言葉に、ロランは少し目を丸くした。
「え、いや、デュランさん手錠が」
「そんな物はなかった」
言い切ると同時に酷く鈍い音が馬車の中に響く。デュランの足元に落ちた鉄は、どう考えても先程までデュランの手を縛っていた手錠の物で、ロランは丸く開いた目を一度ぱちりと瞬きさせた。
「大人しく、そこで、待ってろ」
もう一度ギロリと睨んで、つかつかと鉄扉の前まで進む。特に余分な助走をつけるでもなく振り上げた足が扉にぶつかる。
またしても鈍い音がして、今度こそ骨が折れたか……? と馬車の中の少年少女がそちらを見ると、そこに広がるのはさっきまでの扉ではなく、草原。そこでようやく、彼らは扉が開いたことに気がついた。
扉を蹴破ると、デュランはひらりと馬車から降りる。「何とかしてくる」という癖に手ぶらで向かった彼のことを心配するようなものは最早ここにはいない。そもそも精神状態が人のことを心配する暇のない程参っていた上に、あの力。あれは寧ろ「扉さん可哀想」である。
「規格外な人ですねぇ」
静まり返った馬車の中で、ロランの呑気な声が響いた。
馬車を襲っていたのは緑の野蛮人だった。やはり、と心の内で呟いて、デュランは歩を進める。ゴブリンとは、身長は百五十センチ程であまり大きくはないが、武器や簡単な魔法を操り、集団で個を狙う程度の知能をもった一般人の敵である。そう強くもないモンスターではあるが、どうやら男達には対処しきれなかったようだ。人身売買の帰り道にモンスターに襲われることすら想定出来ないなんて商人の風上にも置けない奴らである。男達が襲われている所まで行くのにはそう時間はかからない。ある程度まで近づくと、こちらに気づいたゴブリンが何体か走り寄ってくる。人間が思う程馬鹿ではないが、相手との力量差が判別つかない程度には頭が悪いのがゴブリンである。
(一匹目、二匹目……)
肋骨を狙って軽く蹴り上げると、ぼきぼきと何かが折れる感覚が足に伝わってくる。
(肋が折れたか)
そう考えるとゴブリンはやはり人間の構造とよく似ているのだな、と場違いな感想をもってそのまま足を振り抜いた。蹴り飛ばしたゴブリンは近くにいた他のゴブリンを巻き込んでごろりと倒れこむ。そんな作業に似た何かを続けていると、不意に馬車の方から声がした。
「お、お前っ、それ以上動くなよっ?! う、動いたらどうなるかわかってんだろうな?!」
男達の生き残りのようだった。男の手には銃。威力はそこそこだが、当たらなければ問題ない、と言い切っていい程度の代物である。
(錯乱して状況がわかってないのか)
酷くどうでもいいな、と思いつつぼんやり男を眺めていると、低いテノールが歌うように響いた。
「ファグリ」
瞬間赤く燃え上がる男の手。慌てて手を引っ込めようとして銃を取り落とすとなんとか炎は消えたが、度重なるストレス故か、男はぐらりと体を傾けた。
突然現れた第三の人物にゴブリンの残党が湧く。ようやくデュランには全く手が出ないと気づき始めていたらしいゴブリン達は急ぎロランに駆け寄った。
「馬車の中で待ってろと言っただろ阿呆王子!」
一瞬で出遅れてスタートしたデュランは一気に加速するとゴブリン達とロランの間に割り込む。ちらりとロランに一瞥をくれると少し屈んで、ロランの腰に腕を回し、ひょいと片腕で抱き上げた。
「えええっ、そう来ます?」
「周りをちょろちょろされるよりこっちのがやりやすい」
暗に「お前は余計なことするな」と告げると、ロランがバレたかと言わんばかりにいたずらっぽい笑みを浮かべた。
(やっぱり何かする気だったのかこいつ……)
ゴブリンに囲まれてなお笑顔を崩さない所は流石だが、邪魔は邪魔である。
「ではこの上から援護しますね」
「は な し を 聞 け」
くすくすと笑ったロランが一匹のゴブリンを指差す。
「ファグリ」
歌うような声とともに指をパチンと鳴らすと、指を差されていたゴブリンが燃え上がった。
「これなら邪魔にはならないでしょう?」
楽しそうなロランの声に返事はせず、諦めたように溜息を吐いて|殲滅(作業)を開始した。
戦闘は十分もかからなかったように思う。ロランは担いだまま動いても苦にならない程には軽く、またロランの魔法がちょうどデュランの死角からくるゴブリンを燃やし尽くしたからだ。
馬車が走っていた道脇の森から突如沢山の馬蹄を踏み鳴らす音が聞こえ、瞬く間に周りを囲まれ、黒づくめの男の集団が現れる。
「頭領〜!」
その中から一際明るいへらへらとした声が上がる。
「煩いぞ、ナハス。頭がお困りだ」
次いで落ち着いた雰囲気の声が聞こえ、二頭の馬が前に出る。
「あれっ、頭領ってば一人で襲撃しちゃったの? 待っててくれたっていいじゃーん!」
「よく見ろ馬鹿者。ゴブリンが見えないのか。予定外に襲われた所を頭がお一人で何とかなさったんだ」
「馬鹿っていう方が馬鹿なんですぅー! ギルヴリードのばーかばーか」
「なんだと貴様……ッ」
へらへらと以下にも軽薄な喋り方に軽薄そうな表情の男がナハスで、堅苦しい喋り方の真面目そうな男がギルヴリードというらしい、とロランは頭の中で整理する。
(頭領、頭……っていうとやっぱり盗賊ですかね?)
それにしても大きな盗賊団だなぁ、とデュランの肩の上でゆらゆらしていると、不意に足を軽く叩かれた。
「降りろ」
デュランが少し腰を折ってくれた為、すんなりと降りることができる。草原に降り立ったロランを見て、先程まで煩いくらいだった男達が急に静かになる。「えっ、人間?」誰が最初に呟いたのか、その呟きは電流のように男達の中を走り抜けて行く。
「頭領が連れてるのに怖がられてないからどうせ人形か何かだと思ったのに……え、マジで人間? ちょっと触っていい?」
「近づくな。後お前は今すぐその笑い方やめねぇとぶっ飛ばす」
不機嫌そうなデュランの声に、ナハスがニヤニヤ笑いを引っ込めてピシリと姿勢を正す。「頭領超怖い」と半分涙目なのはご愛嬌である。
「えっと、デュランさん。この方達が?」
「そうだ」
不満そうな顔のままデュランが頷くと、ロランは笑みを深めた。
(僕の予想が当たっていて良かった。デュランさん含め皆さんガラ悪すぎて怖くなりそうです)
そんな事を考えながらも笑顔を浮かべたままなのがロランらしいといえばロランらしいのだが。
さて、ロランの方を見て不思議そうな顔をしている彼らは、巷で有名な盗賊団である。街と待ち、国と国を繋ぐ道を狙い、商人や貴族の馬車を襲う悪党。平民を狙うことはほぼないが、義賊なわけでもないので支持はない。最も悪評もないのでどっこいどっこいとも言える。そんな彼らが最近よく狙うのが、人身売買の馬車である。彼らは乗せられた平民には興味はないが、平民と一緒に馬車に乗せられた彼らの持ち物には興味があった。大抵人身売買に出るのは親に口減らしに売られた子供で、当然商売である以上馬車には売買用の大量の金品が乗せられている。更に、今日襲う予定だったグループは金払いの悪いことで有名で、狙うには持ってこいだったのである。
(デュランさんが囮になって馬車に乗り込んで、金品の場所の目処をつけておいて、仲間が現れたら一緒になって自分は内側から暴れる、と。確かにそれだと咄嗟に対処するのは難しそうですね)
盗賊達を見ていたロランが、良いことを思いついたとばかりに突然にこりと笑い、それを見たデュランは顔を顰める。
「ね、デュランさん。僕今旅してるんです。でも一人旅って危ないでしょう? 僕は旅をして楽しい事がしたい。貴方達は好きに暴れて、お金が欲しい。なんとこれを両立出来る案があるのですが、どうです?」
笑顔のまま言い切るロランの言葉を聞いて、苦虫を噛み潰したような顔でデュランは思考する。ロランが何を言っているのかはだいたい検討がつくが、如何せん難しい話だ、とデュランは唸った。
(こういう話は実際よく持ちかけられる。何時ものように断ってしまえばいい。それが出来ないと言うのなら、つまりはそういうことなんだろう)
そもそも仲間達から見れば、普段無愛想で人を殺しかねないような目のデュランが自分達以外と話しているというその事実が仰天ものなわけなのだが。
デュランは本日何度目かの諦めの溜息を吐くと、
「いいだろう。話してみろ」
ニヤリと笑った。
***
「す、すごいです……」
次々に倒されて行く敵陣の旗を見て、領主の娘はぽかんと口を開けた。まだ戦闘は始まったばかりだというのに、戦力差は倍もあったというのに、この勢いは一体何なのだろう。しかもそれが留まる様子を見せないのがまた末恐ろしかった。
「しかも……」
戦争の展開が、全て事前に傭兵団のリーダーだという青年から告げられていた通りなのだ。幾千幾万通りもある戦術のパターンを全て予測し、誘導する事はどれ程難しい事なのだろう。領主の娘にはわからない。が、それが普通のことでないのだけはよくわかる。
(彼らが敵ではなくて良かった……それから、今後とも彼らが敵に回りません様に)
娘は一人祈るように指を組んだ。
***
サティウスの戦いとは、若き日のローランド王が後の将軍デュランダルとその配下を率い、なんと自軍の倍ともその倍とも言われる戦力差をひっくり返したことで有名な戦いである。この戦いを含めた彼らの冒険は、後世に残るベストセラー『ローランド王伝説』に書き記される事になるわけだが…………それはまた、別のお話。
いつかちゃんと書き直したいです。