二話
この日は何か神様が、普段神様なんて信じてもいない僕らに、
運命的な悪戯でも仕掛けたのじゃないかとすら思える。
それは他ならぬ僕もまた、この日仕事を辞めていたのだ。
いや、20年以上同じ職場で労働を積み重ねた父親と、
せいぜい4年働いたり辞めたりを繰り返した僕とを比べるのは、何か間違っている気がしないでもないが。
もともと頭がいい方では無かった僕は、
なんとか合格できた高校で、さあ、スクールライフを楽しもうかと心踊らせていた。
でも、相変わらず勉強は面倒だし、部活に青春を捧げるような情熱は持ち合わせてないしで、
同じように自堕落な奴らとつるむようになった。
まあ、これはこれで有りかもなんて思ってた一年の秋頃だ。
金城っていう、どうしようもない血の気が多くてバカでお調子者な、不思議と僕と馬の合う奴がいた。
ある日そいつが水筒に焼酎なんていれてきたものだから、
僕と金城はさっそく授業をサボり、卓球部部室の鍵をぶっ壊して中で酒盛りしていたところを教師に見つかり、
二人仲良く退学処分となったのだ。
教師には叱られるわ親父にはぶん殴られるわ散々で、クズな高校生活を締めくくるには、なるほど相応しかった。
それからだ。金城の親父が町工場の社長だったもんで、
二人でそこに雇って貰ったが、生まれて初めての労働は中々にキツかった。
その上、休みは不定休。正月だって長くは休めず残業代なんて付きゃしない。
半年が限界だった。
工場を辞めて金城との交友も途絶えたが、今もあいつは頑張っているんだろうか?
次にした仕事は現場仕事。鳶職の半月短期バイトだ。
ものの試しのつもりだが、これでいけそうなら、このまま現場人になるのも一つの手だろう。
そう思って飛び込んだ世界は三日でリタイアした。
うん無理。向いてない。
清掃のアルバイトは半年以上続いた。
仕事的にも自分にあっていたように思うけど、
いかんせん一緒に組むおばさんの世間話に付き合うのが苦痛でこれも辞める。
他にもいろいろやっては辞めて、
なんとかガソリンスタンドのバイトが長続きできた。
勤めて一年がたった頃、所長に気に入られて正社員に昇格。
「やっとお前も落ちつけたか」と、親父も喜んでくれた。
僕も嬉しかった。
ただ、どうにもこの仕事も僕には苦痛で、出社するのが嫌で嫌でたまらない。
ああ、結局ここでさえ僕には勤まらないのかと悲しくなる。
正社員になって日が経つほど、その思いは膨らむばかり。
ぶっちゃけもう辞めたい。
そんなこんなで僕が二日連続で遅刻した今日。
「やる気ないなら辞めちまえ!」
と叱る所長に、
「あっ、じゃあ辞めます」
と、そのまま荷物をまとめ、怒鳴る先輩方に「お世話になりました」と一礼。
ケータイの電源を切ってスクーターに跨りそそくさと退散した。
なんだろう。
ああ、こうして思い返せば、僕は本当にどうしようもないクズ人間じゃないか。
いいや、いいや。もう深く考えるのはよそう。
少なくとも今日は、レンタルビデオ屋で気になる映画を借りて、早めに風呂に入って映画を観よう。
親父や姉さんには明日言えばいい。
今日くらいは、労働から解放された喜びを享受したいんだ。
そう思っていたのになあ…。