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その星には止まれない

今、全銀河平和連盟に一つの採択がなされた。それは、平和連盟に加入している星々をエレベーターをつなぐというものであった。エレベーターで通過する際、各惑星で使われている生命IDを読み取るため、全銀河の星間で起きている慢性的な宇宙船の渋滞の元となっている、入国審査やビザの発給は、全てそれでできるようになり、渋滞がなくなるどころか、ヒトが、カネが、モノがスムースに動き回るようし、経済を活性化させようというのが、この採択の目的だった。

 しかし、最大にして最悪の問題が浮かび上がっているのだった。一体、誰がそのエレベーターを作ればいいのかという問題だった。

 平和連盟のお偉方達は、どうしたらいいものかと頭を抱えた。しばらくしてから、一人のお偉方が静寂を切り裂くように声を上げた。

 「待て待て。私たちには、マエストロがいるではないか。マエストロに話をしてみたらどうだろうか。」

 お偉方達は一同、顔を上げた。そうだ、我々にはマエストロがいるではないか。

 マエストロとは、各惑星の数多の建築業界の中で一人いるかいないかと言われる程の凄腕大工の事である。

 今、お偉方達がいる、全銀河平和連盟の議事堂もあるマエストロによって建てられたものである。

 「今、我々の平和連盟に加入している惑星でマエストロは五人いる。その五人に、今回の採択された内容を特別に教えて、それをマエストロに任せてしまえば、失敗は無いし、何より私たちの仕事量も格段に減らすことが出来る。みなさん、マエストロに協力を仰ぐということでどうだろうか。」

 発言者は、周りを見渡しながら提案を終える。周りのお偉方は、椅子から立ち上がり、割れんばかりの拍手を彼に浴びせた。そして、鉄は熱いうちに打てとばかりに、マエストロ達に向けてホログラム付きの手紙に日時と場所を指定し、それを送りつけた。

 約束の日になると、お偉方達の前に五人のマエストロが並んでいた。マエストロ達も些か緊張しているようであった。水を打ったような静けさの中、低くよく響く声が

 「今日あなた方を呼んだのは他でもない。私たちが計画している、『エレベーター計画』の施工を任せたいのだ。これの成功は、君たちの天才的な技術を結集させないと難しいであろう。報酬も君たちの家系が途絶えることがない程出そう。どうか首を縦に振ってもらいたい。」

 五人は暫く悩んでいるようにも見えた。互いに目配せをして、何やら意志の確認をしているようだった。しばらくして、半纏に袖を通し、ねじり鉢巻をした、一人のマエストロがしゃがれた声を張り上げた。

 「皆様方が今回私たちを呼んだ理由はわかった。私達の技術を存分にご覧頂きたい。」

 「それでは、早速取り掛かっていただこう。デザイン、技法は全てマエストロ達にお任せします。」

 すると、一人の年老いたお偉方が、話す度に息切れのような音をさせながら、こうつぶやいた。

 「ディーオ星にだけは繋いではならん。」

 「ディーオですって?そんなのは当たり前よ!」

 心配ご無用とばかりに、つば広帽を被って香水の人工的な匂いを振りまいているマエストロが金切り声を上げた。

 ディーオ星は、緑がかった色をしていて、別名「神の棲む星」と呼ばれ、人々に畏怖されてきた。銀河史が始まる前から、その星はあったとされているがなんとも定かではない。人々は一歩たりとも踏み入れることは無かった。入った者には死が訪れる、ディーオの星を見ると目が潰れる、などといった眉唾な噂までもが広がっていた。

 息が絶えそうになりながら、盲目の年老いたお偉方の話しは続く。

 「神は全てを見ている。踏み入る事なかれ。さすれば、汝吹かれる砂の如く地へ還るだろう。」

 囁くように呟くと、彼は体力を使い果たしたのか、すとんと夢の中に落ちていった。


 マエストロ達が作業を始めて一ヶ月が経った。お偉方達は、作業の進度を視察にやってきたのだが、作業は半分を進んでおらず、早くも計画の達成を危惧を囁く者まで現れる程だった。

 「これはどういう事か。マエストロともあろう方々がちっとも進んでいない。十の星々を繋ぐというのに、まだ一つ目の半分も、成層圏も飛び抜けてはいないではないか。」

 お偉方達は、血圧計を壊しそうなくらいに激昂し、マエストロ達を叱責した。しかし、マエストロ達にも言い分はあった。一人の若いスーツ姿のマエストロが、縁無し眼鏡を直しながら、おずおずと話し始めた。

 「我々は生まれた星が全員違うのです。星が違えば、建築技法も、文化も違うのです。何より、遅れている最大の要因は、コミュニケーションが取れないのです。言語が違うので、全く作業が捗らないのです。このまま続けていたら、一ヶ月で終わる仕事も三ヶ月くらいになってしまうでしょう。最悪、コミュニケーションに齟齬が生じすぎてしまい、この事業そのものが頓挫してしまうということにもなりかねません。もし、皆様が計画を終わらせたくないのであれば、早急に対策をして頂きたいのです。」

 これにはお偉方達も黙ってしまった。マエストロ達に任せておけば勝手に仕事は進んでいくだろうと思っていた節があった。

 お偉方達は、短く「わかった、何とかしよう。」とだけ言葉を残し、足早にその場を去っていった。


さらに二ヶ月が経った。再び、作業の視察をするために現場に着くと、お偉方全員が舌を巻いた。地上から空の先の先まで、透明で筒状のビルの様なものがそそり立っていた。そのそびえ立つ筒を、これまた頑丈な素材でぐるりと取り囲んでいた。

 「では、説明させていただきます。」

 軽く咳払いをしたあとに、かつて意見陳情をした縁無し眼鏡の男が話し始めた。

 「今回のエレベーターは、心柱という方式を使っています。外壁のドアを開けて、利用者が搭乗する柱自体を心柱にしています。心柱は多少ぐらついてはいますが、それはわざとなのです。あえて宙ぶらりんにすることで、制振装置の役割を果たしているのです。その心柱の中にワームホールを敷き詰める事で、利用者は瞬時に対岸の星へと飛ばされる訳です。今回、ワームホールを筒に閉じ込めたのは、正確な到着地点を定めるためです。本来のワームホールは両端の裾は広くなっています。例えば、大道芸人がジャグリングで使う、ディアボロや中国ゴマを縦に置いた状態に近いのです。それでは、何処に落ちるかわからず、落下地点にラグが生じてしまうのです。それでは利用者は困ってしまうので、このような形を取ることにして、大成功を得たと信じています。」

 お偉方は口を挟もうとしたが、一息つくと、男はまた話しを続けた。

 「しかし、まだ一つ目のエレベーターでありますが、ここまで驚異的なスピードで仕事を進める事が出来たのは、皆様が早急に配っていただいたチョーカーのお陰です。これを着けて話すだけで、自分の言葉が他の皆とも共有することが出来るなんて最初は何の冗談かと思いましたが。自動翻訳機というのでしょうか、これはなんとも素晴らしい道具ですね。」

 「こちらの自動翻訳機は、マルヤマという博士が作ったものです。まだ試作段階の物を無理やり借りてきたのですが、どうやら正解でしたね。皆様の役に立てた事を彼にも伝えておきます。」

 マエストロ達は鼻歌混じりで作業に戻っていった。お偉方達も満足そうに自分の星へ戻っていった。


 マエストロ達は言語を共有できるようになったことで、恐ろしい程のスピードで二つ目と、三つ目のエレベーターを建てていった。

三つ目を建て終わったあとに、マエストロ達は懇親会を兼ねて、宇宙屋形船で飲み会を開くことになった。挨拶もそこそこに薄紫色の地酒をボルヴィックと同じ要領でがぶがぶと飲んでいった。

 一時間も経つと、彼らはすっかりご陽気になっていた。一人は何を見ても笑い、もう一人はけたたましい笑い声の中でも動ずることなくすやすやと休んでいた。

 「全く、最近の若え奴らはこの程度で酔っ払っちまうなんてだらしがねえなあ。」

 しゃがれた声がはきはきと響いたかと思うと、彼は柱に向かって話しかけていった。誰もがすっかりご陽気だった。

 「ディーオの星には一体何があるんだろう…。」

 誰もが浮かれ気分の中、縁無し眼鏡の男が、屋形船の窓から空をぼんやりと見つめながら呟いた。

 「行ってみるか。」

 しゃがれた声がしたかと思うと、眼鏡の男にずんずんと近づき隣に座った。

 「行ったらペナルティというのは銀河連盟の方たちも言っていたでしょう。それに、僕も子供の頃からディーオにまつわる恐ろしい伝説を何個も聞かされてきましたから。」

 まずい事を聞かれたと、バツが悪そうに彼は応えた。

 「なあに、ちょっとばかし散策して戻ってくりゃあいいじゃねえか。そしたら俺達は始めてディーオに降り立った英雄だぞ。」

 「だけど…。」

 眼鏡の男は口ごもる。

 「今の俺達はみーんな言葉が理解出来る。チームワークはばっちりだ。おまけに俺たちは何だ?マエストロだ。次に建設予定のエレベーターはディーオの近くを通すはずだ。そこにちょいと枝みたいに、脇にあるディーオに伸ばすエレベーターを作ってやりゃあ、俺たちは晴れて英雄になれるんだ。」

 半纏を羽織った男は、ご陽気なせいか、すっかり言うことが大きくなっていた。しかしその場にいた全員がご陽気だったため、皆すっかりやる気になってしまっていて、話しを切り出した縁無し眼鏡の男はなんとも居心地悪そうだった。


 次の日のマエストロ達は、ぼんやりとした重たい頭をいつも通りに動かそうと必死だった。作業自体は前回と変わり映えするような事は無かった。が、一つだけ大きな計画が彼らの中で進んでいた。昨日の懇親会で話した事を現実にしようとするものだった。それは、へべれけになりながら半纏を着た男が話した

通り、第三エレベーターの脇にあるディーオの星まで簡易エレベーターを繋げて、ディーオの写真と恐らく生えているであろう草花や石ころを採取して、ディーオに降り立った証拠にしようというものだった。

 第三エレベーターは着実に出来上がっていく。二週間も経つと、すっかり半分も出来上がった。いよいよ計画の実行に移るタイミングとなった。

 マエストロ達は、二つのチームに分かれた。作業が全く進んでいないとなると怪しまれてしまうと考えたからだ。

 半纏の男と、縁無し眼鏡の二人は脇に向かって彫り進め、完成した夜に全員で上陸しようと約束し、二手に分かれて作業を開始した。

 一週間が経った。ディーオへと延びたエレベーターは細いながらもしっかりと繋ぐ事が出来た。秘密計画班の二人はすっかりへとへとだったが、そうも言っていられない。早急に、証拠を解体するために風のような速さでディーオへと向かった。

 マエストロ達は一人づつ、体をすぼめる様にしてエレベーターへと乗り込んだ。体が砂のような粒子になり、地面にさらさらと落ちていったかと思うと、天井にあるダクトから出る風で砂となった体は一気に吸い込まれて対岸の星へと運ばれた。


 最後のマエストロがエレベーターから降りて、彼らはいよいよ前人未到の神の星へと降り立った。

 思わず彼らは目を見張った。そこには、天然の自然が星を覆い尽くしているのでは無いかと思うほどに鬱蒼と生い茂っていたからだ。

 今、彼らが住んでいる星々は、自然を全て切り開いてしまい、あるのはホログラムで出来た赤色の海と年中若々しい緑色の木々だった。

 ところが、今彼らの目に映っているのは、紛れもない本物の自然。枯れる草花もあれば、朽ちる木々も存在する。朝靄から立ち込めるような木立の香りを吸い込み、彼らは目を丸くせざるを得なかった。

 「なんとも霧がひどくて視界なんかあったもんじゃねえなあ」

 半纏の男が丸くなった目を凝らしながら大きな声を出す。

 「ちょっと!大きな声を出さないでくださる!?神様に聞かれたりしてたらどうするのよ!」

 自然溢れる星でも相変わらず人工的な香りを引っ被った女が金切り声を上げる。

 「皆さん離れないようにしてください。何が起こるか予想も付きませんよ。」

 縁無し眼鏡の男が嗜める。

 視界のない中でじりじりと進んでいくと、先頭を行く男が何かを見つけて、後ろからついてくるマエストロ達を静止させた。どうやら地面から大きな木の根が、龍がうねっているかのように地面から出入りしていた。この木の根を辿って彼らは歩いていくと、頂辺が見えないほどの大木を目の当たりにしたのだった。

 「なんと雄大で荘厳…。きっと太古の昔からこの溢れるほどの自然の中で育ってきたんだろう。美しい…。」

 縁無し眼鏡の男がそう呟くと同時に、はらはらと涙が頬を伝い地面に落ちて、この未開の星に染み入るようだった。

 その時だった。半纏の男が、おもむろに半纏の中から手斧を取り出したかと思うと。巨木の根に向かって振り下ろし始めたのだった。

 「本物の自然物を持って帰ったとなりゃあ俺達の名前は永遠だな。」

 何とも嬉々として彼は一心不乱に手斧を叩きつける。そして彼は遂に、自分の腕ほどあろうかという大きさの木の根を切り落としたのだった。

 縁無し眼鏡の男は開いた口が塞がらない気持ちだった。この手つかずの自然を見て、感動しない人間がいるということに失望もしたが、何より申し訳ない気持ちでいっぱいだった。浮かれる半纏の男を尻目に、彼だけ神が宿る星を一足早く後にした。

 一方、半纏の彼らは散策と称した、植物採集を行い大量の草花や木々を摘み取り、鬼の首を取ったような気分でエレベーターの入口へと向かっていった。

 その途中だった。四人の頭の中に低い声が響き渡った。

 「貴様ら、この星に足を踏み入れ、薄汚い外界の空気を持ち込み数多の自然を踏み殺しただけでなく、私の体を盗んだな。相応の報いを受けてもらうぞ。」

 彼らは手に入れたものをかなぐり捨てて、我先にとエレベーターへと逃げるように駆け込んだ。

 押しのけてエレベーターに乗った半纏の男は、すっかり安堵の表情を浮かべ、対岸の星へ戻るべく、砂状に変化していたまさにその時だった。エレベーターの扉が突風で開き、彼の体は砂のまま突風に攫われてしまった。他の三人も同様に攫われてしまいディーオの地に永遠に幽閉され、草木の養分にされるであろう日々に慄きながら生きていくこととなった。


その日の夜の縁無し眼鏡の男の頭は、冴えに冴え渡り寝るに寝られなかった。夜もしらじらと明け始めた頃、ようやくうとうとと夢の中に誘われ始めたのだった。

 その時、彼の頭にも、低い声が響き渡った。

 「貴様の仲間は全員土へと還った。」

 その声を聞くとほぼ同時に、彼はベッドから飛び跳ねる様に起きたのだった。しかし、告げられた内容にはそこまで驚きはしなかった。

 「そうですか。薄々気付いてはいました。そうなるのも仕方がありません。私たちはあまりに無礼でした。先人達の教えを破ってしまったばかりに、神の棲む星を荒らしてしまったのですから。私にも罰を与えてください。覚悟は出来ております。」

 宙を見つめながら、彼は声を震わせながら応えた。

 「貴様は、私を見て涙を流したな。お前を含めて、そのような奴は二人目だ。かつて、お前たちの様に踏み込んできた奴がいた。しかし、奴は私を見て涙を流し、逃げる様に帰った。同じように語り掛け、殺そうかとも思ったが、反省し哀願し、神の星へ近づかせない努力をすると私に宣った。私は、彼奴の目を潰して様子を見ることにした。彼奴は私の想像以上の働きをし許すことにした。」

 少し言葉を切り、話しを続けた。

 「お前も充分反省している。そして覚悟もある。彼奴以上の人物であることは想像に難くない。しかし、罪は負わなくてはならない。お前も彼奴の様になってみるか。」

 「はい。それで結構です。目は潰れても、あなたの美しさは生涯忘れることはないでしょう。そしてあなたの星には誰ひとり入れません。」

 「美しいか…。ありがとう。その答えが聞きたかった。」

 声が頭の中からフェードアウトしていったその瞬間、彼の視界は暗闇に包まれた。


 百年後、全銀河平和連盟では新たな採択がなされた。かつて、盲目のマエストロが指揮を執って建築されたエレベーターを修理するというものだった。

 早速、現代のマエストロ達にホログラム付きの手紙が速達で送られ、五人のマエストロに集合がかけられた。

 銀河連盟のお偉方達から、今回の採択の内容を聞かされたマエストロ達は光栄なことだと二つ返事で引き受け、早速作業に取り掛かろうと踵を返しかけた時、小さいながらもよく通る声が、彼らを呼び止めた。

 声を掛けた彼は、なんとも不思議な格好をしていた。恐らく盲いているのにも関わらず、縁の無い眼鏡を掛けているのだった。

「神は全てを見ている。踏み入る事なかれ。さすれば、汝吹かれる砂の如く地へ還るだろう。」

 静かに、そして凛とした声が五人に響き渡った。

 かつて、同じ言葉を呟いたお偉方とは違うのは、その後眠ることなく、『神の棲む星』への渡航厳禁、もし渡航してしまった場合の懲罰として、出身星の消滅を言い渡し、マエストロ達を震え上がらせたところであろう。

 これらを言い終えた後、年老いた縁無し眼鏡の男は、緑色の星があるであろう方角に顔を向けたと思うと、恭しく頭を垂れたのだった。


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