八話 一縷の不安
汐梨の高校の名前決めました。その名も黒乃崎高校。名無しにする予定だったけど、名前無いと面倒な事が判明。適当なネーミングですが、お気になさらず。
結局活動報告通りに投稿しませんでした(笑),
二話連続投稿。
ジークさんにちょっと……いや、かなり引ひいたが、まあそのことは一旦記憶から抹消して、私達は時々言葉を交わしつつ漫画を読んだ。
まだまだ漫画は巻数あるが、もうすぐ5時。もう行かなければならない。
ちらりと時計を一瞥してから、私は立ち上がった。
「あの、じゃあもうすぐ時間なので……」
「ん? ああ、もう五時か。俺もそろそろだ」
彼も一瞬時計の方に目をやって、そう答えた。これは偶然なのか彼が仕組んだのか……うん、きっと偶然だ。値段的にも丁度良いですもんね、五時に帰るの。
まあ、だからと言って帰り道が一緒とは限らなーー
「じゃ、一緒に帰るか」
少しばかり現実逃避を始めた私の目に、さらりと何でも無い顔でそう言ってのけた彼の顔が映った。
……私の考えが甘いというのですか、神様。
青と橙のグラデーションが幻想的に雲を浮かび上がらせる、この時間帯。空気が汚れていると言われる都会(の近く)でも例外無く、上を見ればその光景が見える。
黒乃崎高校からそう遠くないこの道は、車道を車が行きかっている。反面、歩道を通る人の姿は、ぽつりぽつりと見られる程度だ。
この時間だと部活もまだ終わっていないため、あの学校の生徒は殆ど通らない。
「あの、ジークさん。さっきは面白い作品を紹介してくれて、ありがとうございます。あれって、もう完結してるんですか?」
「んー、まあ、連載はもう終わってるな」
「連載は? ってことは、アニメとかやってるんですか?」
尋くと、彼は数秒黙り込んだ。聞こえなかったのかな、と口を開こうとすると、彼が先に答えた。
「……いや、つまりだな、連載は終わっても、登場人物の物語は続くだろ? だから、連載は終わっても物語は終わりじゃない、って意味でな。わかりづらくてすまない」
前を見たまま言う彼の横顔は、なんだか遠く感じる。
……一体あの漫画にどんな思い入れがあるんでしょう。漫画家さんが知り合いとか?……元カノ的な? いや、或いは親友とか。
よく解らない。
「いえ、わかりづらいというか……すごく意味深ですね。
あ、そういえば、この間中学友人が来てたんですけどーー」
その後、他愛もない話で、それなりに盛り上がった。いつもと変わらないのに、彼に告白された事実がある物だから、不思議な感覚だ。
そうして、私の家が視界に入る所まで来た。すぐ目の前まで迫っている角を曲がれば、もう付く。マンションや一軒家が並ぶ通りで、人通りは少ない。ここも一応生徒が通る道の近くなのだが、私がここを通るのはいつも生徒が少ない時間帯なので誰にも会わない。今日も同じで、制服を着た人間は見当たらない。
と、思っていたのだが。
「……! あいつは……」
隣を歩く彼が言った。その視線を追っていくと、丁度今、数十メートル先の曲がり角を曲がってきた制服姿の男子が目に入る。車道を挟んだ先に居る上、私達が居る方向とは反対側に向かって歩いているので、顔は見えない。
同じ学年でないことは一目瞭然だったが、何だか見覚えがある後ろ姿だ。少し考えて、私は思い出す。
彼は確か、生徒会副会長の河合拓弥先輩だ。イケメンなことで有名で、次期生徒会長は彼だと噂されている。体育館で舞台に上がっていく彼の後姿を何度も見ていたので、多分間違いは無いだろう。
目を凝らして先輩を見ると、確かに生徒会の証である腕章を付けている。夕焼けを反射してあたかも染めているかの様な色に見える髪は、本来黒髪なのだろう。
「多分あれ、生徒会副会長さんですよ。うちの学校じゃ割と有名なんです」
「……そう、か。
……汐梨、アイツには、気を付けろ。……早く行くぞ」
そう言って、彼は私の手を掴むと、スタスタと早足に歩き始めた。そして、角を曲がる。河合先輩がどうしかしたのだろうかと思い、その後姿を、曲がり角で死角になるまで見つめていた。
……それは、一瞬だった。
彼が、振り向いた。そして、こちらを見ていた……気がする。
急に悪寒がして、私はジークさんの手をしっかりと握った。彼の手はとても冷たかったが、何故だか暖かくなったような錯覚を覚える。
もう、寒気は感じない。
それでも、一縷の不安は、胸に残ったまま。