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七話 禁じられた世界

 私はいつも通り、漫画喫茶へと入って、本棚の前に来た……のだが、いつもと違うことが一つあった。


 本棚で死角になっていたところから、フードにマスク姿のジークさんが真っ先にこちらへ向かって来た。深く被ったフードの下から僅かに除き見える瞳を輝かせている彼は、近頃初めて素顔を見たばかりの友人だ。その為か、今の様にフードをしていた方が馴染みやすい。


「あ、汐梨! やっと来たんだな。今日は随分遅かったじゃないか。このまま永遠に会えないかとーー」

「ジークさん、落ち着いて下さい。他のお客さんが見てますよ。取り敢えず、漫画読みましょう、ね?」


 少し大きい声のボリュームで話す彼を、慌てて宥めた。何人かのお客さんがこちらに視線を向けている。

 私が言うと、彼は軽く周りを見回して、声を抑えた。


「ああ、そうだな、すまない。あ、そういえば今日は汐梨に勧めたい漫画があってな。これなんだが」


 言いながら、ジークさんは近くにあった本棚の一番上の段に手を延ばした。こうして漫画を紹介してもらうのは、以前からよくやっているやり取りだ。

 差し出されたのは、『禁じられた世界』という題名の、綺麗な表紙の漫画。透明感のある色彩の中に、その色とは相反する赤黒い血飛沫が舞っている。


「綺麗な絵ですね。初めて見ますけど……マイナーなんですか?」

「まあ、有名ではないな。吸血鬼の話なんだが……吸血鬼は、好きか?」


 少しの間を置いて尋ねられた事柄は、さして重要性が無い筈なのに、告白してきた時の様な真っ直ぐな眼差しで尋ねてくるジークさん。告白の件を思い出して一瞬心臓が高鳴ったが、すぐ静まった。

 吸血鬼物、彼はそんなに好きなんだろうか。


「え、まあ、最近ダークファンタジーにハマってますし、吸血鬼物も凄く好きですが……」


 そう言うと、マスクで口は隠れているが、彼が笑ったことに気付いた。しかし、どこか悲しげに感じるのは、気のせいでしょうか?


「じゃあ、読んでみてくれ。もし気に入ったら、原作の小説を貸す。小説が原作なんだ、この漫画」


 差し出されていた漫画を、受け取った。こんなに綺麗な絵なのに、どうして今まで一度も見たことがなかったんだろう。

 まあ何はともあれ、今までジークさんが勧めてくれるた物は全て面白い物ばかりだった。有名でなくとも期待できるだろう。

 私達は、適当な椅子を選んで、向き合う形で座った。ジークさんは別の漫画を何時の間にか読み始めている。

 私は、『禁じられた世界』のページを捲った。


 舞台は十四世紀ヨーロッパの、とある国。美しく心優しいと評判の王子の死から、物語は始まる。

 その王子が国を繁栄させると以前占い師に聞いていた王は焦り、死者を蘇生させるという禁忌に触れた。

 しかし生き返った彼は吸血鬼で、危険だと判断された王子は様々な者達に狙われる。

 彼はどうなってしまうのか?


 と、いうような話だった。ヨーロッパは凄く好きだし、絵も好みだ。これはハマるかもしれない。現に続きが気になる。


「これ面白いです、ジークさん。本屋で売ってますかね?」


 尋ねると、彼はさっと顔を上げた。


「あー、どうだろうな。古本屋の方が在庫があると思うが。気に入ったなら、小説版を貸そうか?」

「あ、はい、ジークさんが良ければ、是非小説も読んでみたいです」


 マスクで口が隠れていても笑っていることが明らかにわかる程、彼は満面の笑みを浮かべた。


「じゃ、今度汐梨の家まで行って届けーー」

「なくていいので、明日にでも持って来て下されば結構です。っていうか今朝も思ったんですけど、何で私の家知ってるんですか?」


 ふと思い出して尋ねてみると、返って来た返答は、


「……」


 沈黙。


 俯いて漫画に没頭している……訳ではなさそうだ。少し待ってみたが、彼は一向にページを捲らない。

 世の中、知らない方がいい事も多いもんですね、ははは。



 …………誰か、お巡りさんを呼んで来て下さい。

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