五話 お呼び出し
朝のホームルームを終えた私は、机に突っ伏して自分の愚かさを嘆いていた。
どうして友達とか言っちゃたんですか、私! 完全に付け入る隙を与えてしまいましたよ!
しかし、恩人なので無下にできないのも事実。おまけに高校に入ってからできた友人はクラスメイトなどではなく、漫画喫茶で知り合った彼しか居ないのだ。ここで絶交したら、それこそ高校生活はぼっちルートにまっしぐら……。
やり直せるものなら、受験する学校を選ぶところからやり直したいです。
今朝一応断ったので諦めてくれていれば良いのだが、どちらにせよ正直先が思いられる。
………一体彼は、何が楽しくて私なんかで遊んでいるのか、理解できない。
彼の事を思い出すと同時に、ふとそんな言葉が脳裏に浮かんで、消えた。その思考こそ、私が彼の言葉に応えない、一番大きな理由だ。
彼の様に容姿端麗な人間が、平凡でぼっちな私を口説こうとするなんて遊び以外考えられなくて、信じられないんだ。
それでも、心のどこかで彼を信頼している自分が居る。
あの真摯で真っ直ぐな瞳を、どうしても本気では疑えなかった。
ああ、どうしてこんなに考え込んでしまっているんだろう。
……これじゃあまるで……。
「咲原様、起きてくれないかしら? 咲原様?」
ぐるぐると渦巻いていた思考は、私を呼ぶ声で掻き消された。それと同時に、香水の匂いがふわりと香る。
慌てて伏せていた顔を上げると、目の前にあった誰かの顔に驚いて、一瞬理解が遅れた。
ただでさえ美人なのに濃い化粧のされた顔と、キツい印象を与えるつり目。胸の辺りまで伸びた焦げ茶の髪は、緩くカールがかかっている。直ぐに目の前の人物が"彼女"だと気付き、ガタン! と音を立てた椅子も気に留めず後ずさった。
「……えっと、すみません……ど、どどどうかしまひたか?」
私は、自分でも顔が引き攣るのを感じる。どもってしまい、舌も噛んだので大惨事だ。
「今日の昼休み、お弁当を一緒に食べたいのですが……屋上に来て下さらない?」
背中に嫌な汗が伝って行くのを感じた。冬はとっくに終わったと言うのに、なんだか寒気がする。
固まってしまった私をジッと見つめている"彼女"に気付き我に返った私は、ロボットのようにぎこちない動きで、勢いよく首を縦に振った。すると、彼女は紅くふっくらした唇で満足げに弧を作り、私の席から離れた。怖いのに美人ですね……ずるいです。
さて、彼女とは……昨日私を突き飛ばした女子生徒、と表せば十分だろう。
岡野鈴。私達一年生の中で、最も悪質で陰湿で力を持っている派閥のリーダーだ。男子も彼女達の所業に加担していたことは少し驚いたが、岡野さんは(平凡な苗字からは想像つかないが)大企業を纏める社長の娘だ。男子達が媚を売るのも当然だろう。結局最後は見た目と財力なのだ。
……それにしても、どうすればいいんですか。これ……。
自席へと戻って行った彼女が先程まで居た、目の前の虚空を暫し呆然と見つめた。そして視線をずらし、梅雨の癖に私の心とは正反対な空を眺める。お弁当を一緒に、と言われたが、今日は弁当を食べる暇など無いだろう。
ここ最近は本当に運が無い。
自分の身に降りかかる不幸を嘆いていた私は、ある重大なことを見落としてしまっていた。
岡野さんのとある変化を、見事なまでに見逃していたのだ。
昼休み。多くの生徒が、思い思いの場所で弁当や購買の品を食べながら、平穏な一時を過ごしていた。階段を登りながら生徒達のざわめきに耳を傾け、くだらなく面白い会話の内容に思わず息を噴き出す。
しかし面白いと思う反面、逆恨みだと自覚しつつ彼らを少し恨めしく思う。
これからどうなるのか、考えただけでゾッとする。かと言って、この呼び出しを無視したらどうなるかを考えると、屋上で待つ未来を考えるよりも恐ろしかった。
ついに、最後の一段を上り切ってしまった。今まで無関係を保っていた事柄に自ら首を突っ込むとは、私はどこまで馬鹿なんでしょう。まあ、後の祭りですが。
こんな未来を招いた己自身に心で罵声を浴びせて、屋上のドアを開けた。
いじめ系の展開がお好きな方、残念ながらそうはなりません、ごめんなさい
あまり好きでは無い方は、ご安心下さい