三話 追跡すると
四人組を追って走るうち、道を右へ左へと曲がって、廃墟らしきビルに辿り着いた。以前は鏡の様であっただろう窓ガラスの殆どが割れて、不気味に光っている。少し躊躇ったが、女子生徒を追って私も中へ入った。
こんなところに廃墟……それもビルがあるなんて、知りませんでした。この辺りの地域は、どちらかというとアパートやマンションが並ぶ住宅街。店屋や交通手段には困らないし都会も近く、使われなくなった建物はすぐ建て替えられるので、廃墟なんて早々見つからない。
廃墟を落ち着き無く見回しているうちに、何時の間にか彼女達との距離が危うく離れそうになってしまった。慌てて音を立てないように気を付けつつ小走りして、階段をどんどん上って行く。時々瓦礫を踏んで物音を出しては、気付かれやしないかと肝を冷やした。
そして着いたのは、屋上へ入る扉。この向こうに、彼女達は居る。
私は扉に貼りついて、耳を澄ました。
「馬鹿言ってんじゃないわよ。これからが一番楽しいんだから」
「何泣いてんの? 私達が悪いみたいじゃない」
「ははっ、ざまあ~」
会話の途中だったので展開が少し読めないが、さっきまでは居なかった筈の男子の声が聞こえるので、彼らを使って痛めつけるつもりなのだろう。
その時、カラン、と音がした。恐らくバットやパイプの類だ。暴力的な不良か何かだろうか。
私は、無意識のうちに屋上で今何が起きているのか、想像していた。バットを構える男とその後ろで高みの見物を決め込む女……そんな光景が頭に浮かび、恐怖で身が竦む……ことは無かった。
立ちくらみをした時の様に視界が白んだ。頭に血が上るのを感じる。
怒りが、沸点に達したのだ。
気が付けば、扉を勢いよく開けていた。
「貴方方! 一体何をしているんですか!」
全員が、こちらを振り向き目を見開いた。その顔と服を見て気付いたが、どうやら後から合流したらしい男子もうちの学校の生徒だったようだ。予想通りバットやら何やら、武器になる物を持っている。
「……咲原さん……? 別に、ちょっと彼女に話があっただけよ」
一瞬怪訝な表情をするも、すぐに扉の側に居た女子生徒がしれっと答えた。
「じゃあ、何でバットなんて持っているんですか? 話にそんな物必要ありませんよね。彼女を離して下さい」
少し言い返しただけで、彼女は顔を歪める。
「うるっさいわねぇ。引っ込んでなさいよ!」
そう言って、彼女は私を思いっきり突き飛ばした。来るであろう衝撃を想像し、思わず目をギュッと閉じるが、襲って来たのは
……浮遊感。
「……ぁ……」
私を突き飛ばした女子生徒が、目が取れるんじゃないかという位に目を見開いていた。空が、屋上の景色が、スローモーションの映像でも見ているかのようにゆっくり遠退いて行く。こんな所に考え無しに飛び込んだことを、今更ながら後悔した。本能的恐怖が一瞬にして全身を駆け巡り、熱くなっていた思考が急激に冷めるのを感じる。急な階段だから只ではすまない、などと先を予想する間がある筈もなく、今度こそ襲いくるであろう衝撃に、瞳を固く閉じた。
……何も起こらない。
いや、厳密には、誰かに受け止められたような軽い衝撃があったが、衝撃、と言うにはあまりに優しい物だった。
屋上の人達のざわめきが聞こえるので、落ちる前に気絶したわけでも無いらしい。
私は、恐る恐る目を開けた。
「ふ、フードさん⁉」
なんと、私を受け止めてくれた人物は、フードにマスクの知人だった。
「少しあいつら痛めつけるけど……目に毒だから、眠っとけ」
「え……な、何を……」
聞き返そうとするが、突然抗い難い眠気が私を包み込む。
重い瞼を開けていることなど到底できず、そのまま意識を手放した。
「まあ、そうゆう訳で、天から降りて来た美しい天使を受け止めた俺は、その天使を突き落とした奴らを少し痛めつけて来たって訳だ」
どうやら、やっと説明が終わったようだ。
彼の話を私の記憶を照らし合わせながら脳内で復唱していると、ある事に気付いた。
「えぇっと……その美化と歪曲の塊のような話を要約すると……貴方、フードさん……?」
こくり、と頷く彼。言われて見れば声がかなり似ているし、着ている服もフードとマスクを付けていないだけで、フードさんと一致すーーー
「え、えぇぇえ⁉」
「だから言っただろう? 俺とお前の仲だ、と」
いや、確かに高校に入ってから出来た友人の中では一番仲良いですけど、そこまで言う程はフードさんとそこまで親しかった気が……。
「だからと言って、告白される覚えは無いのですが……」
「いいや、そんなことはない。ずっとお前が気になっていた。そして、今日確信したんだ。
ーー俺は汐梨を、愛してる」
真っ直ぐな瞳に射抜かれた私は、本日二度目の平手打ちをお見舞いしたのだった。
あらすじで謎の男と出てましたが、知り合いでした(笑)
見た目が謎な方だったので、その辺の違いは見逃して下さい……