一話 突然の告白
「どうか俺と結婚して下さい、汐梨さん」
私は、突然の言葉にフリーズした。目の前には、私の手を取って跪く青年の姿。ちらと周りを見ると、何処かの屋上らしき場所だ。割りと高い所らしく、燃える様な太陽が空を赤く染め上げている様が良く見える。しかし、フェンスも壊れかけているし、空とは反対に何だか廃墟のような色褪せた感じだ。目が覚める前の記憶を手繰り寄せようと試みるも、まだ意識がぼんやりしている。
そして、改めて青年を見つめる。陶器の様に白く滑らかな肌、この世の物とは思えぬ端正な顔立ち、そして何より、こちらを真っ直ぐ見つめる碧い瞳。
廃墟を思わせるこの屋上では、その人形よりも美しい顔立ちに恐怖を覚えてしまう。
……ところで、この方は一体何を仰っているのでしょう?
「あれ、大丈夫ですか? ボーッとしてますけど。ああ、俺と貴女の仲なのに敬語だからですか。……じゃあ、これでいいか? すまないな、改まった場では敬語を、と思ったんだが。さあ、今すぐ式を……うぐっ」
完全に機能を停止していた脳が突如回り出した。それと同時に、私の右手から放たれる一切の迷い無き平手打ち……状況を理解しなきゃあよかったです。
だがそれも仕方あるまい。目が覚めて意識がはっきりしていないのに、いきなり手の甲にキスされたんですから。
そう考えたものの、すぐに罪悪感と後悔に見舞われた。感情が高ぶり軽はずみに暴力を振るった自分に少し嫌悪する。呆然としている彼の右頬は、ほんのり赤くなっていた。
「あ、ごめんなさい……つい……って、貴方誰ですか⁉ い、いきなり何を……」
思わず謝ったが、すぐにまた罪悪感より困惑が勝り、問いただそうと声を上げた。すると、彼は呆然とした表情から一変し、切れ長の目を細めてふわりと微笑む。こんな笑顔を向けられるのは初めてで、思わずドキリとしてしまった。さっき彼に恐怖を抱いた自分は何処へやら、人生初の胸キュンである。
「俺は、汐梨を愛してる。だから、結婚してくれ」
「……はぁ……って、は、はいっ⁉」
理解能力を取り戻した私は、先程言っていたことを今更理解し、声を上げた。先程状況を理解したなんて言ったけれど、何を言われたかまでは理解してませんでしたよ、何をされたか理解したのであって。
「な、なんで……私? 貴方ナンパ?」
尋ねると彼は小さく首を振ってから、語り始めた。
「少し前のことだ、俺がお前と運命の出逢いをしたのはーー」
そして、私はこの後彼に再び平手打ちを喰らわせることになるのだが、それはまた別の話……。