習作:瞬きの雨
別名で描いた漫画、「瞬きの雨がつれて来た恋」のショートショートです。
その老紳士は、クラブのドアマンであった。
一見かどうかだけでなく、その人がどこから来たどういう人物であるかも、品格までも見通して、ドアを開けるかどうか決める。
その晩、ドアマンは雨にずぶぬれの青年を、珍しく一見ながらバーに入れた。
その青年が、いかな人物であるか。
若きドアボーイは、老紳士の暖かいまなざしを、いぶかっていた。
「ボーテンエルフェの湖の側を、わたしは毎朝散歩するのだが——」
老紳士は、口を開く。
——一人の青年が、一人でボートを漕いでいた。いつもは恋人と思われる女性と一緒なのに。
それから何日か後、通り雨が降った。私はその青年が車にひかれそうになるのを見た。車から美女が飛び降りてくると、青年は一瞬色めき立ったようだった。
女性は、クラブの歌手だった。
男に振られる前に、振って飛び出したのだ。
涙を見せる彼女に、青年の心が揺れたのがわかった。
青年は、その晩クラブにやって来た。
この青年は、何か思いつめた顔をしていた。彼もまた、ボートの彼女を。振られる前に振ろうとしているかのようだった。
私がそれを助けていいのか。あの歌手に心を寄せてのことなら、それはそれで良いのかもしれない。しかしそれは、彼の心の弱さでもあるのだ。
私は心を決めた。彼に、男になってもらえる気がした。
歌手は一言、「さようなら」のうたを歌い、マイクを置いた。
「わたしは今日、このクラブを去ります。雨とともに何かが私から去って行ったので」
青年は、花束をそっとおろした。
「あの雨は瞬きの恋であった。それが彼女を一時濡らしたなら、それでいい。彼女が去るのだ、僕はとどまらねば」
青年は、そっとクラブをあとにした。
「——私のかけは、良い方向に転がったのだった。さあ、若者よ。ドアを開けるということは、その人を受け入れるということだよ。君も、受け入れることをしれば、良いドアマンになるだろう」
老紳士は、今夜もドアを開ける。