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My Little Blue Bird.  作者: TOKIA
第一章
9/11

6(哲平視点)



三人で食卓を囲んで鍋をつつく。


「うんまいな、これ」

「だねえ。酒が進むね」

「うむ」

「そうか。それならよかった」


男二人に褒められて嬉しそうに朋佳は甲斐甲斐しく働く。


「というかだな。おまえら、肉ばかりじゃなくもっと野菜も食べろ、野菜も」

「あー、食ってる食ってる」

「俺もー」

「なら、なんで野菜が全然減ってないんだ」

「知らねー」

「俺もー」


タチの悪い酔っ払い達だった。

それもこれも酒と鍋が美味いのが悪いんだよ。


「まったく…………。さっきも注意したが栄治はほどほどにしとかないとダメだぞ。明日も試合があるんだから」

「はぁーい」


機嫌良く手を上げる真宮の顔はすでにかなり赤い。


「哲平もだぞ」

「俺は別に明日は仕事も予定もねーから大丈夫だって」


明後日もその先もないけどね。


「それでもだ。予定はなくても無茶をすると心配する人はいるだろう」

「ほー、俺なんぞを心配してくださるありがたい方がいらっしゃると?」

「少なくともこの場に二人はいるな」


灰汁をすくいながらさらっと言い放った。


「……………」

「それに須美ちゃんもな」

「………ああ」


目線をそらしてちびりとグラスを傾けた。


「………これは言おうかどうか悩んだんだが」

「朋ちゃん」

「いや、気付かないふりをするのは簡単だがやっぱり聞いておいた方がいい。栄治だって気になってるだろう?」

「そりゃまあ」


そのやり取りにギクリとして、だが顔には出ないように努めた。


「んだよ。言いたい事があるなら言えよ」

「ああ、別に難しい事じゃない」


そう言って朋佳は単刀直入に、


「何か悩んでるのなら、相談に乗るぞ?」


そして心配そうに尋ねた。


「いや、別に何も悩んでないが」

「本当か?」

「嘘ついてどうすんだよ」

「何か後ろめたい事があって話せないんじゃないか」

「………………」


言われて一瞬、須美の泣き顔が頭をよぎった。

無駄に鋭い。

伊達に付き合い長くないって事か。


「だから、なんでもねーって」


それでも俺は本当の事は言いたくない。


「哲平。言いたくないのならそれでも構わない。だが嘘はつかないでほしい」

「はあ? だから嘘じゃ――――」

「おまえな………」


そこまで言いかけてジト目で睨まれ口をつぐむ。

射抜くような視線からつい逃げるように目を逸らした。


………なんだってんだ。


「何年の付き合いだと思ってるんだ。それでなくても哲平は分かりやすい」

「あー。昔っから嘘が下手なタイプだったね、哲平は」


朋佳が言って、苦笑混じりに真宮が続く。


「経験から言って、哲平のそれは九分九厘何か悩みを抱えている顔だぞ」


ズビシと俺の顔に指を突きつけて朋佳は言い切る。

これだから古い友達は敵わないというか遠慮もへったくれもねえな、この野郎。まあ、それはお互いに、だが。


それが心地よい距離感の時もあるが、今回は俺の中に後ろめたい気持ちがあるから居心地の悪さしか感じない。


「なあ、哲平」

「ちっ」

「って、おい、聞こえたぞ。おまえ今舌打ちしただろうっ」


ちっ、聞こえたか。


「してねーよ」


耳ざとい朋佳に誤魔化しにもなってない稚拙な答えを返す。


「はぁ…………まったく何を子供みたいに不貞腐れてるんだ」

「あぁ!?」


呆れ果てたと言わんばかりの態度で嘆息する朋佳。


さすがにカチンときた。

どうも人間は自覚してる自分の悪いところを他人から指摘されると腹が立つらしい。


「誰が子供みたいに不貞腐れてるって!?」

「おまえだ。そうだろう。何かやましい事があるのか知らないが、嘘をついて、図星を指されれば不貞腐れる。これが子供じゃなければなんだ」

「だから! なんでもねーって言ってるだろ! 放っとけよ!」

「それは断る」

「はあ!?」


何言ってんだ、こいつ。

呆ける俺に朋佳は自信満々に言ってのける。


「大切な友人がどうやら何か悩みを抱えている。そう思ったら心配もするし相談の一つも乗ってやりたいと思うのは、そんなにおかしな事か?」

「……………っ」


あまりに―――あまりに堂々と言うもんだからとっさに言い返せなかった。


「おまえの事だからどうせしょーもない事で悩んでいるんだろうが私達は慣れっこだから遠慮はいらない」


………どうも俺の周りにはお節介な女が多い気がする。つーか、余計なお世話だ。

だが、もし逆の立場だったら俺はこんな風には言ってやれないだろうと思う。


「こうなったらウチの奥さんは頑固だから。哲平、観念したら?」


苦笑いと共に促され、俺は両手を上げて降参の意を示して、腹をくくる事にした。


「―――わーかった。わかったよ、話す」

「やっぱり悩みあるんじゃないか」

「うっさい。話せっつったのおまえらだろ。聞くなら黙って聞け」

「なんで相談する側がそんな偉そうなんだ」

「まあ、それが哲平だから」

「なるほど………そう言われて納得出来てしまうあたり本当に困ったヤツだな、哲平は」

「……………」


なんか相談する気が失せてきたんですけど。

本当は聞く気ないんじゃないだろうか。別にいいけどさ。


「さて、じゃあ哲平の言う通り大人しく聞くとしようか」

「………いや、いざそうやって構えられると逆に話しづらいっつーかね? 別に悩みって程のもんでもないし」

「一体、どうしろと言うんだ」


この期に及んで悪あがきする俺。

内容が内容だから話さずに済むなら、それはそれでありがたいのだが。


「往生際の悪いヤツだな………。もういいから、さっさと洗いざらい吐け。昔から、哲平の悩み事と言ったら須美ちゃん絡みだと相場が決まっているんだ。そして十中八九哲平が悪い」

「……そんな決めつけんなよ」

「違うのか?」


自ら古い付き合いだと言うだけあって恐らくは大まかに内容まで察したらしい朋佳の視線は厳しく、どうにも逃がしてくれそうにない。まるで取り調べだ。


「いや………まあ」

「はっきりしろ。須美ちゃんに何をした」


既に加害者扱いだった。

それが間違っちゃいないのが悲しいところだ。


「…………あー、まあ、あれだ。あいつと昨日ちょっとあってな」


そうして逃げ道を潰された俺はいよいよ自白を開始した。

あー………話したくねえ……。








「………なるほど」

「それは哲平が悪いよ。完全に」

「んなこたあ、わかってるよ」

「まあ、哲平らしいっちゃ哲平らしい話だけどねえ。ある意味さすがというか」


一通り話し終えた後、朋佳は神妙な面持ちで頷き、真宮は呆れ混じりの苦笑を浮かべた。


「どういう意味だ、てめえ。皮肉か」

「うん、皮肉。バカだよねー。本当は須美ちゃんの事可愛くて仕方ないくせに何でそういう事するかね」

「………うっせ」

「どうせヘタレた相談だと予想はしていたが予想の上を行っていたぞ………」


ムッツリと朋佳。

返す言葉もない。


「………っつーか何か二人とも結構怒ってる?」

「んー、俺達が怒る筋合いじゃないけど多少はねー」

「当たり前だろうクズニート」


クズニート!?


「こんな事言える立場じゃないのは重々わかってるが、これだけは言わせて下さい。俺はニートじゃねえ」

「じゃあクズ」

「いや、だからと言ってニートって単語を抜けばいいってもんでもなくてな」

「黙れ。そんな事はどっちでもいい」

「はい、黙ります」


朋佳さん久々のマジギレ。超怖い。目が据わってる。


余談だが、この女は中学時代グレていた。そして俺よりケンカが強かったりする。俺が弱いだけという説もあるが。

ともあれ、かつて陽己と共に朋佳を怒らせて(理由は聞くな)ボコボコにされた事があるので間違いない。あの時の恐怖は今も心と体に刻み込まれている。

高校に入って真宮に出会って、更に付き合い始めてからは随分丸くなったが本気でキレた時の迫力は健在だった。


「おまえみたいなロクデナシにあれだけ尽くしてくれるような娘は世界中探しても須美ちゃんしかいないんだぞ」

「いや、探せばもしかしたら一人くらい………」

「断言する。絶対にいない」


断言された………地味にショックだが否定も出来ない。

朋佳は須美の料理の師匠という事もあって須美をめちゃくちゃ可愛がっているが、その贔屓目を抜きにしてもあんなに出来た娘はそういないはずだというのは同感だ。それは俺が誰よりも知っている。


「正直おまえにはもったいないような、いい娘なのに何が不満なんだ」


………だから、そういう風に思われるのが嫌なんだってのが何でわかんねーかな、こいつは。


「別に。ねーよ、不満なんか」


吐き捨てる様に言う。


須美に不満? バカ言っちゃいけない。あるわけねーだろ、そんなもん。

須美は子供のくせに出来すぎなくらいだ。もっとワガママ言って自分の事を考えたっていい。俺ごときに構って貴重な青春を潰すことはない。


「じゃあ何でそんなバカな事を言ったんだ?」

「それは……………」


………それで自分と比べて、引け目を感じてた、なんて言えねー………情けなすぎる。それで須美に八つ当たりしたようなもんだからな。


「俺らにも色々あんだよ」


目を合わせば見透かされそうで、だから朋佳の顔を直視出来ないまま、そんな曖昧な逃げるような言い方しか出来なかった。


「………ふん」


朋佳は半眼で鼻を鳴らす。


「まあ、この際、理由なんかどうでもいい。どうせ下らない事だろうからな」


じゃあ聞くなよ!?


「………おまえに俺の何が分かるってんだよ」

「確かに。分からないな」


きっぱりと即答。「ロクデナシの言い訳なんか分かりたくもないが」とも付け加えて。


「だから、本当に理由なんかどうでもいい。ただ―――おまえの言う『俺の何が』を間違いなく一番よく分かってくれて、それでも尚、慕ってくれている女の子を、おまえはないがしろにして、傷付けて、悲しませて、泣かせた。理由がどうあれ、私はそれが許せない」


毅然と。語るように力強く。朋佳は濁りも澱みもなく言い切った。


「須美ちゃんは私にとっても妹みたいなものだと思ってる。だから余計にそう思う」


真宮は黙ってそれを――朋佳と同じように考えているんだろう――聞いていて、俺は何も言い返せない。


こいつの言うことは、いちいちもっともで反論の余地がない。


わかっちゃいるんだ。

本当は須美を突き放すんじゃなく、俺があいつに尽くしてもらうに足る人間にならなければいけないんだという事は。あいつとの関係なんてのは、その上で考えるべきだ。


「ただな」


と。


「おまえはどうしようもない大馬鹿だが………それでも、ただ馬鹿なだけじゃない事を私達は知っている」

「………は?」


意外な事を言われて、思わず顔を上げる。

すると朋佳は――ついでに真宮も――うっすらと笑みを浮かべていた。


な、何?


「きっと今、私が言ったような事は哲平だって分かっていると思う。恐らく後悔もしてるはずだ。だから、こうして私達に話したんだろう? 自分じゃどうにも出来ないから」

「………朋佳」

「変にプライドが高くて見栄を張るくせに、肝心なところでは誰かに背中を押してもらわないと動けないヤツだからな、哲平は。それに馬鹿でヘタレで、無職でどうしようもなく軟弱で―――」

「………いや、無職は関係なくね?」


ちょっとどうしてもそこだけ気になって口を挟む。


「事実だろう。黙って聞け」

「………へい」


酷い言われ様だったが仕方なく話の続きを聞く。

俺の立場って弱えーなぁ………。


「私達の友人の佐隈哲平という男はそんなヤツだ―――でも、きっと須美ちゃんの優しくて人のために行動出来る所は、一緒に育った幼馴染みの誰かさんに似たんだと思うぞ?」


ぐいっ、と強烈に背中を押された気がした。

押した女はニヤリと笑った。

その旦那も同じように楽しげに笑っている。


「言いたい事全部朋ちゃんに言われちゃったから特に俺から言うことはないんだけど………まあ、そういう事だね」


まったくもって現金な事だが―――それだけで俺は救われたような気持ちになっていた。

いや、まあ、俺が救われても何も解決にならないんだが。


「とりあえず差し当たって哲平のやることは一つだけだと思うよ」


だから押された分は進まないといけない。


「………おう」


俺は頷く。


「真宮―――は飲んでるからダメか。朋佳、悪いんだけど駅まで送ってくれねーか」

「お安いご用だ」

「頼む」


立ち上がり窓から外を見れば夏の長い陽はいつの間にか沈んでいた。


「あと電車代貸してくれ」


ガクッと二人がずっこけた。


「………仕方ないな」

「哲平のチャリは明日にでも回収してウチで預かっとくよ」


俺もバカだがこいつらも大概バカだと思う。昔の人はよく言ったものだ。


「サンキュな、二人共」

「気にしない気にしない」

「そんな遠慮はいらないから、さっさと行くぞ」


―――『類は友を呼ぶ』と。


「あいよ」


そうして朋佳と玄関へ向かいかけて――――


「あ?」


真宮家の電話の軽快な電子音が鳴り響いた。





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