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My Little Blue Bird.  作者: TOKIA
第一章
8/11

5(哲平視点)



「で、哲平。おまえは結局何しに来たんだ」


玄関先でひとしきり騒いだ後、通されたリビングでソファに座った朋佳が訊ねてくる。

テーブルには真宮がいれた三人分のコーヒー。これも多分高級な豆なんだろう。無駄に香りがいい。味はもっといいが。


「真宮に誘われて遊びにきた」

「ふむ。まあ、構わないが…………いきなり来られても何も用意していないぞ」

「真宮からいい酒があると聞いたから来たんだ。その他には何も期待してねーから安心しろ」

「何故そんなに偉そうなのかわからないが、そうまで言われて引き下がっては主婦の名が泣くな。よし、徹底的にもてなしてやろう」

「いや、いいって」

「ふ、そんなに遠慮しなくてもいい。これでも家を守る妻なのだ。夫の客に粗相は出来ん。それが例え腐れ縁の同級生で、自分を世話する甲斐性すらないどこぞの引きこもりだったとしてもだ」

「どうぞお構い無くー!」


後半はマジで余計なお世話だった。


「まあ、そう言うな。どうせ普段ロクな物を食べていないんだろう。今日はウチで夕食を食べていくといい」

「むぅ………」


それは非常に心惹かれる提案だ。正直、家に帰ってもなーんにも食料はない。


………あ、でも昨日須美がなんか色々買ってきてたな。

冷蔵庫に一生懸命野菜を詰めてた須美の姿を思い出す。


「……………」


って、いかん。また須美の事を思い出してるぞ、俺。


「??? おい、急に黙り込んでどうした? ウチで夕食を食べるのがそんなに嫌か?」


俺の様子を訝しんだ朋佳が心配そうな目を向ける。

なんかいらぬ誤解を呼んだようだ。


「いや、何でもない。せっかくだから食べていくかな」


ニカッと笑って見せてやると朋佳の表情も安堵したように緩む。


「うん、そうこなきゃな」

「よし、哲平。今日はとことん飲もう。徹夜で」

「真宮…………おまえ、一応プロなんだからそんな無茶すんなよ」

「えー、大丈夫だってー」

「いや、ダメだろ。つか、おまえ明日試合あるだろうが」


今日は登板翌日でオフなんだろうけどさ。

それに俺達ももう自分達が思ってるほど若くはない。

つか、こいつプロ意識の欠片もねえな。


「先発じゃないから大丈夫大丈夫」

「いやいやいやいやダメだろ」

「そうだぞ、栄治。私の目の黒い内はそんな事させないからな」

「うーん、やっぱりダメ?」

「当たり前だ。もうおまえ一人の体じゃないんだぞ。産まれてくるこの子のためにも無茶は許さん。アスリートは体が資本だ」

「うん。ごめんね。もう言わない」


素直に謝る真宮。


「ちょっとした冗談のつもりだったんだけど」

「まったく………おまえというヤツは」


呆れた様に息を吐いて朋佳はお腹を重そうに抱えながらゆっくり立ち上がった。


「コーヒーのおかわりをいれてくる」

「大丈夫? 俺がいくよ?」

「いや、大丈夫」


立ち上がろうとする真宮を制止してにこりと微笑む。


「あんまりじっとしてるのも良くないんだ。少しは体を動かさないとな」


そう言って三人分のカップをトレーに乗せると朋佳はキッチンの方へと向かっていった。


やれやれと苦笑いを浮かべる真宮に俺は問いかける。


「いいのか? あんまり働かさない方がいいんじゃないのか?」

「いやあ、まあ、もう安定期に入ってるし。朋ちゃんの言う通り少しくらいならむしろ動いた方がいいんだって病院の先生も言ってた」

「ふうん。そういうもんか」

「そういうもんだよ」


二人残されたリビング。


「…………………………」

「…………………………」


お互い会話がなくなればシンとした静寂が訪れるのみだ。

手持ちぶさたになった俺はたまたま目に着いたスポーツ新聞を手に取る。


「お」


適当に開いて、それを見つけた。


「真宮、おまえ載ってるぞ」


ニマーッと悪い笑みが浮かんでくる。


『真宮炎上、四回六失点KO。姫川のグランドスラムで巨神、永浜に大勝』


そんな文字が踊るその記事には大々的に昨日の真宮が打ち込まれた永浜対巨神の試合が取り上げられていた。


「…………そんなの見つけるなよ。ってか何でそんな嬉しそうなの」

「他人の不幸は蜜の味って言うだろ」

「うわ。もういっそ清々しいくらいに性格悪いなあ」

「生まれつきだ。諦めろ」

「うん。知ってるし、とっくに諦めてる」


そこで肯定されるのも中々悲しいものがあるな

と、そこで一つの記事に目が止まる。巨神の四番バッターの真宮から放ったホームランについての談話だ。写真も載っている。


「そういや陽己は元気なのか」

「あー………俺も試合以外では会ってないからよくわかんないな。まあ、選手としては超元気でしょ」


なんせ昨日は特大のを打たれちまいましたしね、と冗談っぽく自虐ネタに走る真宮。


巨神の四番バッター―――――姫川陽己。


永浜のライバルチーム(と呼ぶには実力差は大きいが)巨神の若き主砲。巨神は昨年日本一に輝いたチームであり、陽己は昨年のホームラン王である。


そして朋佳の一歳年下の弟でもあり、それはイコール真宮の義弟ということにもなり朋佳の弟って事は要するに俺とも顔見知りで…………つまり俺の中学時代の後輩でもあるのだ。


高校は他県の野球名門校に行ってしまったが中学の頃はよく遊んでいた。学年は違っても何故か気が合ったのだ。

そして進学した先では今度は真宮に出会い………俺の人生振り返ってみると凄い奴らと縁があるな、と思う。プロ野球界のスター二人と友達なんだな、俺。


「あー、あのホームランなあ………」


昨夜の試合を思い出す。

打った瞬間は見逃したがVTRで見た真宮を打ち砕いた一発は鮮烈だった。あの一撃で試合は決したようなものだ。


「ホームランとかめっちゃ久々に打たれたよ………」


がっくりと項垂れ落ち込む真宮。言ってることは結構すげえ事言ってるが事実なのでつっこめない。


「そりゃあんだけポコポコエラーされたら集中も切れるわ。まあ、ホームランまでは余計だったがな!」


しかも満塁ホームランとか。真宮が投げて勝てないんじゃファンは絶望する他ないんだよ。


「ほんとすいません。あー、確かにエラーは多かったねえ……でもねー、ああいう場面を切り抜けてこそのエースだと思うんだ」


で、ピンチを切り抜けられなかった挙げ句にあの歴史的大敗か。


なんて言うと余計落ち込むから言わんけど。

真剣勝負の世界に生きてるんだから色々あるだろうさ、うん。

勝って負けて、また勝って、また負けてを繰り返しそれでも前に進んでいくのだろう、真宮や陽己は。


俺には到底真似できない生き方だ。そもそも俺はそんな才能も人生をかけて打ち込める何かも持ち合わせてないが。


「でも次は負けないから」

「まあ、ファンとして期待させてもらうとしようか」

「うん、これからの俺に乞うご期待」


真剣な表情で意気込んだ真宮を激励したところでコーヒーを入れ直して朋佳が戻ってきた。


「なんだ、何か盛り上がってるな。どうかしたのか」

「真宮がな。昨日、陽己に打たれたアレを悔しがってんだよ」

「ああ」


納得、といったように頷きコーヒーをテーブルに置くとソファに腰かけた。


「こいつは昨日家に帰ってきてからも荒れててな…………べろべろに酔っぱらって後始末が大変だった」

「意外に負けず嫌いだもんなあ、真宮。憂さ晴らしすんのはいいけど妊婦に迷惑かけんなよ」


くくっと朋佳と二人で笑い合う。


「ううっ………二人して俺をいじめてそんなに楽しい?」

「おう、かなり」

「私はおまえが泣きそうな顔を見てるとゾクゾクしてくる。何故だろう」

「それは朋ちゃんがドSだからだよ………」

「なんて事を言うんだ、おまえは。照れるじゃないか」

「「って、照れるのかよ!?」」


俺と真宮のダブルツッコミに満足したように嬉しそうな朋佳。どんだけサディスティックだ。


「そうだ。今度愚弟に会ったら言っておこう。『次に栄治と対戦するときは手加減してやってくれ』と」

「いや、やめてよ!?」

「ふふふ、もちろん冗談だ」

「勘弁してよー。俺、あいつにだけは負けたくないんだから」

「わかっているさ。それにそんな事をしなくても次は勝ってくれるんだろう?」


朋佳は真宮の陽己に対するライバル心を煽るように挑戦的に笑う。

真宮は一瞬目を丸くしたが、すぐにそれに応えるように笑って見せた。


「もちろん!」

「うん。それでこそ私の栄治だ」


熱い夫婦だ。色んな意味で。


「昨日は試合のあとに愚弟から嬉々として電話がかかってきてな。あのホームランについて延々と自画自賛してくるので、あまりにうざったいのと悔しいので途中で切ってやった」

「ああ、それは切っていいと思う」

「同感」


あいつ普段はあんまり喋らないくせに野球の事になると無駄に饒舌だからな。


「そういう訳で栄治。次はきっちりリベンジを頼むぞ。今度は私があいつに夫自慢をしてやる番だ」

「アイアイサー!」


シュパッと敬礼のポーズをとる真宮。

ファンとしては返り討ちに逢わない事を祈るばかりだ。


「あ、そうだ。時に哲平」

「ん? なんだよ」

「さっきカレンダーを見ていてふと思い出したんだが、確か昨日はおまえの誕生日じゃなかったか?」

「えらく唐突だな」

「唐突に思い出したんだから仕方がないだろう」

「まあ、なんでもいいけどよ」

「…………なんだ、急に不機嫌になったな」

「別に。いつもこんなもんだろう」


声のトーンが低くなってる事を自覚しつつ無理矢理誤魔化した。

須美の顔が思い出され一瞬胸に重たい物が過ったがそれを振り払うため話題を変える。


「誕生日ったら、そういやおまえら子供いつ産まれるんだっけ?」

「ん? 何か無理矢理話題を変えたな」

「別に無理矢理じゃねーって。いいから教えろよ」

「まあ、いいが………そうだな。予定通りなら年内には産まれる」

「ふーん。それはそれは。順調なん?」

「ああ。最初はつわりが酷くて大変だったが安定期に入ってからは順調そのものだ」

「一時期はホントひどかったもんね」

「夜もまともに寝れなかったくらいだ。比喩ではなくつわりで人は死ぬのかと本気で考えた」


その時の事を思い出したのかしかめっ面で眉をひそめた。


「メチャクチャ辛そうでねー………変われるものなら変わってあげたかったよ」


しみじみと思い返す真宮に朋佳が真顔で答える。


「バカを言うな。そんな事になったら今度は心配で眠れなくなるだろう」

「と、朋ちゃん………」

「それに、これは女の仕事だ。だから栄治はどんと構えていればいい」


男前な返事を返し朋佳と真宮がジッと見つめ合う。バカ夫婦め。

隙あらばイチャつきやがるな、こいつら。


「しかし、まあ、おまえがそこまで言うとかよっぽど辛いんだな」


学生時代、骨折しても泣き言一つ言わなかった女だからな、こいつは。


「うん。正直もう一度味わいたいとは思わないな。出産した後ならまた違った感想があるのかもしれないが少なくとも今は嫌だ」


まあ、骨折の痛みとつわりの辛さじゃ質というか種類というか、そういうものが全然違うんだろうが。それにしても、だな。


「しかし意外だった」

「あん? 何が?」

「いや、何。おまえが私の体の心配をしてくれるとは思わなかったから」

「あ、それ、俺も思った」

「ぬ」


失礼な。


「いくら俺でもそういう心配くらいするわい」

「いやはや、哲平も大人になったねえ」

「うむ、全くだ」

「いや、うむってコラ」


そうもあっさり肯定されるとなかなか悲しいものがありますよ?


俺、昨日で二十三になったはずなんだがなあ………。なんでそんな捻くれ者の少年みたいな扱いなのか。


「哲平の気遣いはありがたく受け取っておくとして。それより、そっちこそどうなんだ?」

「どうって何が」

「色々だ。就職とか普段の生活とか体調とか色々。さっきから気になってたんだが、絶対まともに運動もしてないだろうにちょっと痩せすぎだぞ、おまえは。前に見たときより更に細くなってる気がする。血色も良くないな。ちゃんと食べてるのか?」


朋佳がおかんみたいな事を言う。


「まあ、それなりに」

「それなりってなんだ、それなりって」

「それなりはそれなりだ」

「それじゃわからん」

「もう、いーだろ別に。うるせーな。ほっとけよ」

「うるさいとはなんだ。文句があるなら人に心配をかけるような生活を送るな」

「………………」


正論すぎて、ぐうの音も出なかった。


っていうか昨日も何か似たような事言われたなあ………。

古い友人ということもあり朋佳の言い方には遠慮がない。弱った心にグサグサ突き刺さってくる。


須美の方がまだ言い方は柔らかかったな………。




―――って。また須美の事考えてるし!

引き摺りすぎだ、俺。



「な、なんだ。今度はいきなり落ち込んだな………?」

「………んなこたねーよ」

「いや、あるだろう」

「……………気にすんな」


端から見たら、そんなに沈んでるように見えるのか。

こいつらの洞察力が鋭いのか、付き合いの長さ故わかってしまうのか、それとも単に俺が分かりやすいだけなのか。


…………多分、三番目だな。うん。


「あーあ、朋ちゃん泣かしたー」

「いや、泣いてないから」


へこんでるだけです。


「う………すまない、哲平」

「んで、おまえもそこで謝るな」


そこで謝ったら本当に泣いてるみたいだろーが。俺が。


「いや。確かに少しお節介が過ぎたかもしれない………誰だってあんな言われ方をすれば嫌な気分になる」

「別におまえのせいじゃねえよ。気にすんな」


落ち込む朋佳に俺は言う。


「それより、そろそろ腹が減ったぜ、俺は」


窓の外を見れば日が沈み始めていた。いつの間にか結構な時間が経っていたらしい。

あんまりこの話題を引っ張りたくもないし、な。


「ん………ああ、もうこんな時間か。よし、食事の準備をしてくる」

「手伝おっか?」

「いや、大丈夫。栄治は哲平の相手を頼む」


気遣う真宮を制し、朋佳が立ち上がる。


「さて、二人とも何が食べたい?」

「腹に溜まれば何でもいい」

「朋ちゃんの料理は何でも美味いから任せるよ」

「む………何でもいい、が一番困るんだが」


しばし考え込む。


「よし。せっかく三人いる事だし鍋にしよう」

「夏に鍋かよ」

「暑いときに熱いものを食べて夏を乗り切る。これが真宮家の方針だ」

「…………そうなの、家長?」

「うん。初耳だけど今そう決まった」


どんだけ嫁に弱いんだ、こいつ。


「そういうわけで腕によりをかけて作るから楽しみにしておけ、哲平」

「あー、はいはい。期待せずに待ってるわ」

「む。まったくおまえは本当にひねくれてるな………」

「そういう仕様なんだよ」

「朋ちゃーん。俺は? 俺は?」

「もちろん。栄治も楽しみにしててくれ」

「はーい」


再度、リビングを出ていく朋佳。

その背中を見送りながら、俺達は再び話をしながら待つことにした。









「おーい、出来たぞー」


朋佳が呼びに来て三人でダイニングに向かう。そこもやっぱりだだっ広い。二人住まいでこんなでかい家絶対無駄だろーと思うが、何か俺が言ってもやっかみにしか聞こえない気がするので口には出さなかった。


「シンプルに水炊きにしてみたが良かったか?」

「あー、だから腹に溜まれば何でもいいって」

「むう………料理のしがいのないヤツだな」

「真宮ー。酒はー?」


むくれる朋佳を無視して真宮に酒を催促する。

いや、まあ、人ん家で失礼だとは思うが俺とこいつらの間で今さらそんな遠慮をする方が気持ち悪い。


「はいはーい。ちょい待ってね」


真宮も特に気にした様子もなく戸棚の一角から明らかに高級感溢れる一升瓶を取り出した。


「―――って、こ、これは!!」

「ほら、見て見て。これが幻の名酒と名高い『流桜』。哲平が一回飲んでみたいって言ってたヤツ」

「おぉっ………」


マジかよ。すげえ。マジすげえ。

これが総理大臣でも入手困難と言われる、あの………!


「これっていくらくらいすんの?」

「って、いきなり金の話か!」

「いやあ、下世話な話だが小市民たる俺には気になって仕方ねーのさ」

「はははー。とっておきの一本だからねえ。まあ、お値段の方もそれなりに。今日は哲平の誕生日祝いって事で開けちゃおう」


律儀にツッコミをいれてくれた朋佳とは裏腹に真宮はいきなり金額を訊ねても動じず答えをはぐらかす。

年俸ン億の男の『それなり』っていくらくらいなんだろうか。


「お、おお。本当にいいのか」

「ん? 何が?」

「いや、何がって」


それって、めちゃくちゃ貴重なもんなんだろーが。


「そういうのはもっと大事な記念日とかに飲むもんじゃねえの?」


俺なんぞが飲んでいい代物なのか。


「ああ、そういうこと」


真宮は苦笑して瓶の蓋をあけてしまう。


「え、おい」

「どうせ、いつかは飲むんだから、それなら今日哲平と飲んじゃうのもいいんじゃない。朋ちゃんの作った鍋もあるしね」

「朋佳が作った鍋とその酒を同列にしちゃいかんだろ」

「おい、そこのニート。それはどういう意味だ」

「誰がニートだこの野郎」

「私は野郎ではない!」

「どっちでもいいわ!」

「まあまあ、いいからいいから」


朋佳と言い合ってるうちに真宮がグラスに酒を注ぎ終わる。

まあ、飲んでいいならありがたく頂くが。


「大体、哲平に遠慮なんかされたら気持ち悪いよ」

「おまえも大概失礼だな。まあ、自分でもそう思うけどよ」

「ははっ。そうそう。そんな感じで無意味に偉そうな方がが哲平らしいよ」


はい、と手渡されたグラスを受け取る。


「なにはともあれ乾杯しよう」

「おう。ん。朋佳は飲まねえの?」


一人だけウーロン茶を持つ朋佳に声をかける。

何を隠そう、この三人の中で一番酒に強いのは朋佳だ。というかザル。酒豪と呼んでもいい。何度か一緒に飲んだ事があるが、こいつが酔っ払ってる姿を見たことがない。


「ああ、私はこれだからな」


苦笑して、ぽんぽんとお腹を叩いた。


「あー、そうか。悪いな、おまえも飲んでみたいだろうに」

「まあ飲んでみたいのは山々だが、今は仕方ないな。ウーロン茶で我慢しておくさ」


グラスを軽く掲げる朋佳はやはりどこか残念そうだ。


「大丈夫だよー。実はもう一本あるからさ」

「なに!?」


幻の名酒を二本、だと………!?


「ブ、ブルジョワめ……」

「いやいや、たまたま運良く手に入っただけだから」

「運良くでも、こんな高級品を二本も買える経済力が憎いっ」

「哲平、それは逆恨みだから………」


わかってるけど羨ましいんだもん!

だって貧乏だから!

自業自得だけど!


「まあ、とにかくもう一本はいずれ朋ちゃんと飲むためにとっとくよ」

「栄治………」


旦那の嫁思いな発言に朋佳は感極まった様に真宮を見つめる。


「朋ちゃん………」


対する真宮も朋佳と視線を絡めて――――


「人を放ったらかして見つめ合うな、バカ夫婦が」


俺はそれを妨害した。


「おっと、ゴメン」

「おい、なんだ哲平」


素直に謝る旦那と不満を漏らす嫁。


「俺の前でイチャつくんじゃねえ。目障りだ」

「イチャイチャなんかしていない! これくらい普通だ!」

「えー」

「私達が本気を出したらこんなもんじゃないぞ!」

「自信満々に言うことじゃねえだろう、それは」


未来永劫、こいつらが本気を出さない事を祈っておこう。心の片隅で。


「ま、まあまあ。ほら、乾杯するんだよね」

「なんで乾杯ひとつするのにこんな回りくどくなるんだ」

「哲平のせいだろう」

「なんでやねん」

「はいはいはいはい、かんぱーい」


裏拳ツッコミを入れて、俺達はかちんとグラスをぶつけ合った。





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