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My Little Blue Bird.  作者: TOKIA
第一章
6/11

3(哲平視点)



「………はぁぁ………」


時刻は間もなく日付が変わろうかという午後十一時五十分。

須美はまだ凹んでいた。


「おい、いつまで凹んでんだよ」

「………だって」

「ったく、しゃーねえなあ」


永浜が負けて須美が落ち込むのはいつもの事だが今日は特に酷かった。

こう言っては何だが俺達永浜ファンは負け慣れてるからちょっとやそっとの事じゃ落ち込んだりはしないのだが今日の惨敗はさすがに堪えたらしい。


「おら、もうこういう時はさっさと風呂入って寝ちまえ。今日は泊まってっていいから」

「え………泊まっていいの?」

「今日だけな。どのみちもうこんな時間だし」

「う、うんっ」

「家にはちゃんと連絡しとけよ。おばさんならまだ起きてるだろ」

「わ、わかった」


嬉しいという感情を隠し切れず須美は電話を取り出す。


「外で電話してくる!」

「はいはい」


そして、あっという間に外に飛び出して行った。


「………なにがそんなに嬉しいんだか」


須美は頻繁にこの部屋にやってくるが泊めてやる事は滅多にない。

それには色々理由があるが一番の理由はやはり年頃の女の子を男の部屋に泊めるのはまずかろうと思っての事だ。

………うん、まあ、手を出す気は毛程もないしこんだけ世話させといて何を今更と思われるだろうが、一応一線は引いとかないとダメじゃんって事で。

今日みたいにその線引きが崩れる事もあるにはあるが多分一年に一回はない。


しかし、今まで何も言われた事ないけどこんな将来性の欠片もないクズ人間。しかも若い男に大事な一人娘を預けるなんて須美の両親は何を考えてるんだろうか。いくら昔から知ってる仲とはいえ俺が親の立場なら絶対に許さんが………。


「てっちゃん」


と、ボーッと物思いに耽っていると須美が戻ってきていた。


「おう、連絡ついたか?」

「うん。泊まっていいって」

「そうか。よかったな」

「でも、あの」

「ん?」


珍しく歯切れが悪い。

困っているようにも見える。


「どうしたよ?」

「ええと、お母さんがてっちゃんと話したいから替わってくれって」

「は?」


なんですって?


「俺?」


自分を指差し確認する。


「うん」

「………ええーと。それはなにゆえ?」

「わからないけど………とにかく替わってって。出る?」

「まあ、そりゃ出なきゃしょうがねえだろ………」


恐々電話を受け取ると須美と入れ替わるように外に出る。


「………………」


妙な緊張感を覚えながらも電話を耳に押し当て口を開いた。


「もしもし。電話替わりました。哲平です」



…………………………


…………………


……十五分後。



「………ふう」


通話を終え、携帯を閉じると小さく息をついた。

ガリガリと頭を掻きながら部屋に戻る。


「あ、話終わった?」

「おう」


答えて須美に携帯を返す。


「お母さん、なんて?」

「ん? んー………」


こんな話須美に聞かせるべきだろうか。個人的には聞かせたくはない。

話の内容は簡単に言えば俺の事と須美の事についてだった。


「まあ、ちょっとな」

「ちょっとって?」

「ちょっとはちょっとだ」

「それじゃわからないよ」

「別におまえが気にするような話じゃねえって」

「………私には言えない事なんだ」

「そうじゃねえけど」

「じゃ教えて」


食い下がる須美。

言えない訳ではない、が言いにくいのは確かだ。


「しつこいな」

「だって気になる」

「なんでだよ」

「………だってお母さんがてっちゃんと話したがるなんて珍しいし」

「………………」


もっともな話だ。

黙り込んだ俺を須美がじっと見つめてくる。

大人しく引いてくれりゃいいのに面倒臭いヤツ。


「はあ………しょーがねーな」

「教えてくれるの?」

「おまえが教えろっつったんだろーがよ」

「あ、そうだった」

「アホか」


軽い照れ笑いを見せる須美に俺も軽く微笑んで見せた。


「おばさんにはな、俺がおまえとの事をどう考えてんのか、って聞かれたんだよ」

「え? 私との事って?」

「要するにいくら幼馴染みとはいえ若い男女が一つ屋根の下で寝泊まりするのはどうなんだろうという親としては至極全うな話だ」


会話の中でおばさんは俺を責めるような事は言わなかった。むしろ俺だから安心して須美を預けられる部分もあると言っていた。

しかしそれは俺が幼い須美の面倒を見ていた“親代わり”であり“兄のような幼馴染み”だからこその話でひとたびその建前を外して考えてみれば不安要素しか浮かんで来ないのはおばさんの立場からしてみれば当たり前だろう。

おばさんの言った事は全部がそのまま真意じゃないはずだし。

須美がうちに泊まる事を許可したって事は俺を信用してるってのも嘘じゃないだろうけど、それでも本当はいい気はしないのは間違いないと思う。


つーかこんな俺を少しでも信用してるおばさんに逆にビックリだぜ。


おばさんとの電話の内容を話して聞かせると須美は眉根を寄せて低い声で呟く。


「………お母さんそんな事言ったの」

「まあ、そんなような事を遠回しに」

「てっちゃん、私が気にするような話じゃないって言ったよね」

「言ったな。だから気にするな」

「嫌。気にする。気になる。気に入らない」

「どれだよ」

「全部」


さっきまで浮かれまくってたくせにあからさまにテンション下がりましたね。声が平坦で不機嫌なのまるわかり。

まあ、わかってたけどな。須美としては納得行かないんだろうさ。


「それで、てっちゃんはなんて言ったの」

「なんてと言われても困るが」

「何が困るの」

「多分おまえが思ってるような事は言ってないからなあ」


おばさんには無難な、というか取り繕ったような答えしか返せなかった。

これからの俺自身の身の振り方についても訊かれたが、口ごもってしまった。金なし無職の根性なし、お先真っ暗な俺にそんな具体的な将来設計なんかあるわけねーし。明日の事もわからない。

ぶっちゃけた話、いつ野垂れ死んでもおかしくないからな、俺。


「だから何て言ったのって聞いてるの」


つーか、なんだろーな。なんでこいつはこんなに俺に近付いてくるんだろう。俺なんかの側にいてもロクなことねーぞ。


色々考える内、自分の心が冷えて行くのを感じていたがそれに抗うのが今は煩わしい。


「んなことおまえに言う必要あんの?」


気がつけば俺はそんなセリフを吐いていた。


「え…………」


こんな事を言われるとは思ってなかったんだろう。須美は信じられないものを見るような目で俺を見ていた。


「ないだろ」


驚きの声をあげた須美に、もう一度ハッキリと言い放つ。


「それは、そうかもしれないけど、でも」

「あのな」


戸惑いながら言い募ろうとする須美を遮るように俺は言葉を発した。


「いいか。落ち着いてよく考えてみろ。冷静に、客観的に、第三者の目で俺を見てみろ。そうしたらよく分かる。おばさんの言ってる事がな」


多分おばさんは俺のそういう荒んだ生活を知ってるんだろうな。だから須美が俺の部屋に来ることに対してうるさくは言わなかったんだろう。須美がいなければ俺はとことんまで落ちぶれるのが目に見えてるから。いや落ちぶれる前に死ぬか。


おばさんは須美を心配するのと同じくらい俺の事も気にかけてくれてる。須美にも甘え通し。申し訳なさを通り越して情けなくなってくる。


「普通の親ならこんなヤツの家に大事な娘が入り浸ってたらいい気はしねえだろ。俺が親でも嫌だね。自分の子供が、俺みたいなヤツとつるんでたら」


自嘲の言葉がスルスルと出てくる。

自分が本当にどうしようもない人間だとわかってるからこそ。最初から自尊心なんてもんは持ってないからその気になったら自分の短所なんかいくらでも出てくるし言える。


「おまえはさ勘違いしてるだけなんだって。おまえが俺に感じてるのは愛情じゃなくて単なる同情。昔っからの幼馴染みだし親と血が繋がってなくて俺が天涯孤独だから可哀想だとか思ってんだよ、心のどっかできっとな」

「―――そんな事思ってないよっ!」


悲鳴のような声で叫ぶように言う。


「……なんでそんな事言うの」


いや、言うつもりはなかったんだけどな。なんか変なスイッチが入ったらしい。


「社会的に言えばゴミみたいなもんだぞ、俺は」

「てっちゃんはゴミじゃないっ!」


須美が泣きそうな―――というかすでに目に涙を溜めて訴える。


「ああ、ゴミの方がリサイクル出来るだけまだマシかもなぁ」

「……………ッ!」


口の端を歪めてヘラヘラ自嘲する。俺、今すげえ嫌な笑い方してんだろうなあ………。


「おまえの言った通りだ。俺は自分に甘すぎるんだよ。だからちょっと面倒な事になるとすぐに逃げるし、叩かれるとへこんじまう。自分が情けないのに内心ではその事を諦めてる。どうにかしようと思っても根本的に本気でそう思えない」


初めて明かす俺の心の内。須美は何も言わず………言えないだけかもしれんがただただ俺の話を聞いている。


「そんな自分が情けなくてなあ。正直な話、おまえといると辛くなる事もある」

「え」


呆然と声を漏らす須美。

ああ、もう。そんな事言わなくていいのに言っちまう。


「おまえは俺の世話をよく焼いてくれるよな。もちろん嬉しいしありがたいよ。でもな、時々すげえ惨めな気分になるんだよ」

「…………………そ、そんなの」

「勝手な言い分だよな。何様だって話だよ。でもな、そう思っちまうんだよ」

「………っう、うぅーっ」


須美の目からとうとう堪えていた涙が溢れ出した。


俺は須美に「おまえがいるから悪い」んだと理不尽な事を言ってるのだ。逆こそあれど俺が須美を責められる筋合いなんて微塵もないのに。

須美がくれる物に何も返せないのならせめてありがとうと一言言ってやればいいのだ。俺はそれすら出来ずに自己憐憫と被害妄想に似た感情に飲み込まれている。


そして、それがわかっていて、こんな話をしていても他人事のように自分を見ている冷めた自分がどこかにいて、なのにそいつは胸を締め付けられるような痛みや罪悪感から目を背け続ける。


「なんでっ、ぇっ、そんなことっ、ひくっ、言うのぉっ」


嗚咽の混じった声で訴えてくる。

須美の涙なんて、泣いてる声なんて。見たくないし聞きたくない。

須美を悲しませるヤツがいたら俺はそいつを許せない。そんなヤツ、ぶっ殺してやりたい。須美が泣いていたら慰めてやりたい。小さな頃のように抱き締めてやりたい。



――――でも。



今、須美を悲しませているのは俺で全部俺のせいで須美は泣いている。抱き締めてやることも出来ない。優しい言葉もかけてやれない。もし、ぶっ殺すのなら俺をそうするべきだ。


そう。引き金を引いたのは他でもない、俺だ。


その事がどうしようもなくやるせなくて、憤って、虚しくて。


最後には何もかも馬鹿馬鹿しくなった。


「おまえのせいじゃない。全部俺の気持ちの問題なんだ」

「じゃぁ、どっ、どうすれ、っば、いいのぉっ、ぅくっ、わた、わたしはぁ、ぁぁっ!」

「どうもしなくていい」


俺の気持ちは置いといても今までそういう話が一度も出てこなかった事の方がおかしいのだ。


「ただ、まあ、つーわけでな。須美」


須美が度々この部屋を訪れる事は多分、須美がまだ中学生だったから許されていた部分はあるだろう。

まだ須美が子供だったから。だから俺も気軽に接する事が出来ていたしおばさんもそう思っていたんだろう。「子供だから」という逃げ道があったから。


でも須美はもう高校生だ。


いつまでも昔のままではいられない。


おばさんの懸念は正しい。

いつ頃からか明確な時期はわからんが須美は俺に対して異性として好意を抱いているんだと思う。

これから須美は成長しどんどん女らしくなっていく。元々整った顔立ちも手伝ってあと数年もすればかなりの確率で美しい女性に成長しているだろう。


そうなった時に。

俺達二人が“大人同士”になった時に。

それでも今のような関係を続けていたとしたら、それが良いことだとは絶対に思えない。


今のこの関係の延長線上にはなんのメリットもない。片方がもう片方に依存し続ける関係に何が生まれるというのか。


遅かれ早かれ、何らかの結論は出さなければいけなかった。

俺に、須美のその好意に応える気がないのだから、余計に。



だから。



「―――おまえ、もうウチ来んな」


俺は、そう告げた。


「…………ぇ?」


余りに一方的に告げた俺の言葉に須美は呆然とするが構わず続ける。


「今日は泊まってもいい。でも明日からはもうここには来たらダメ。つーか来んな」


二度、三度と繰り返し念を押す。


「…………なんで……?」

「理由は今言っただろ」

「そんな………そんな理由で納得出来るわけない!」

「そんな理由で納得しろ」

「~~~っ!!」

「おまえには俺の気持ちもおばさんの気持ちもわかんねえだろ」

「そんなの、わかんないよ!」


卑怯な言い方をした俺に須美が叫んだ。


「だって、私とてっちゃんは違う人間だもん。お母さんだってそう。親子だけどわからないことは一杯ある。だから、わかるわけないよ。………でも、それでもっ」


捲し立てるように言って、


「わたし、は」


須美は屑折れ泣きじゃくる。


「てっちゃんのこと、わかりたいんだよぉ…………っ」


細く消え入るような、そんな声。

須美の気持ちはわかってる。そして、ああは言ったが俺の事も須美が一番よくわかってるだろう。


だからこそ一緒にいたし、だからこそ一緒にいるのが辛くなった。


「わたしは、、ぇく、ただ、てっちゃんと、いっしょにいたい、っ、だけ………」


つっかえつっかえ必死に言葉を紡ぐ。


「てっちゃんと、ひぐっ、いっしょにあそんだり、ぅぇっ、いっしょにごはんたべたり、いっしょに――――」


それは思いの吐露だった。


「それが、ひっく、どうしてっ、ダメなのぉ………っ!?」


ダメじゃない。俺だってそうだと言ってやりたい気持ちがないわけじゃない。


須美といて自分を惨めに感じてしまう感情も、何年もずっと一緒にいて、俺をまっすぐに慕ってくれる須美を可愛く思う感情も。どちらも偽らざる本心だ。



でも、それを絶対に口にはしない。



須美の泣いている姿を見ていたくなくて俺は立ち上がる。


「………俺は、先に寝るから」

「てっちゃんっ!」

「電気消すからおまえも風呂入って寝ろな」


そしてスイッチを引いて電気を消した。


「ってっちゃ……なんでぇ………っ?」


俺は布団に潜り込み、背中を須美のすすり泣く声を聞く。

しばらくして須美のすぐそばに近づいた気配を感じたが目は開けなかった。


「………バイバイ………」


消え入るようなその声を最後にドアの開く音と閉まる音がして須美の気配が部屋から消えた。


こんな時間に一人で帰る気なのか。


話の展開を考えれば須美がここにいたくなくなるのは当然の成り行きだが、それでも気になった。

気になったが追いかけることは出来なかった。


心配すらまともにしてやれない俺。

情けなさ過ぎてもう何もかもが嫌になる。


一度は向き合うと決めたのに俺は、何をやってるんだろう。

結局逃げて、目を背けて、その結果須美を傷つけただけだ。


「くそっ」


なぜこうなったのか。

原因は明らかだ。

俺は布団の中で強烈な自己嫌悪に苛まれていた。





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