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婚約破棄にも解消にも値しない真実で偽りの答えを出させてみせる

作者: もちまる
掲載日:2026/05/05



 今から約1年ほど前、ある2人の男女の運命が分かれた。


 伯爵令嬢エヴリン・ブラウン、侯爵令息ブレイズ・フォード。

 2人は領地が近いことから幼少期から交流があり、いわゆる"幼馴染"の関係だった。


 エヴリン様がブレイズ様に好意を抱いていることは明らかだったが、ブレイズ様はエヴリン様を『妹みたいな存在』と認識しているようで、幼馴染の関係のまま年月が過ぎていった。

 しかしブレイズ様がエヴリン様を特別に思っていることは間違いないようで、それが恋愛感情になる日はそう遠くないのかもしれないと思われていた、ある日。


 ブラウン伯爵領を通る川が豪雨により氾濫し、領地が激甚な被害を受けた。


 ブラウン伯爵家が領地を立て直すための資金に頭を抱えていた時、隣国の子爵家から縁談が来た。

 詳細は不明だが、どうやら若き子爵は以前どこかで見かけたエヴリン様を見染めたのだという。


 結果として、エヴリン様は子爵からの求婚後まもなく隣国へと嫁がれ、ブラウン伯爵領は子爵家から多額の援助を受けて復興へと動き出した。


 ブレイズ様がご自身のエヴリン様への恋愛感情を自覚したのはこの時、エヴリン様が隣国の子爵家に嫁がれることが決定した後だった。

 周囲も、そしてきっとエヴリン様も待ち望んでいた瞬間だったが、気づいたところでどうしようもない。


 実はブラウン伯爵家の不運と同時期にフォード侯爵家は事業と投資に失敗し、財政難に陥っていたためブラウン伯爵家を助けられる余力がなかったのだ。


 ここで両家が結ばれてしまえば両家共立ち行かなくなる。

 だからこそ2人は結ばれるわけにはいかなかったのだ。


 そのこと自体は本当にお気の毒だと思う。

 だがまさか、そのことで自分に火の粉がかかるとは夢にも思っていなかった。


「聞いているのか?アメリア」

「はい、聞いております、ブレイズ様。それにつきましては今私がお答えすることはできませんので、父に相談させていただきます」

「早くしてくれ。こっちは急いでいるんだ」


 今まさに目の前で苛立ちを露わにしているのは、あのブレイズ様だ。

 あの"世紀の悲恋"の物語の主人公の1人であるブレイズ様は今、私アメリアの婚約者になっている。


 悲恋に折り合いをつけ、婚約者探しを改めて始めたブレイズ様(ひいてはフォード侯爵家)のためにと目を付けられたのが、別の方と婚約間近だった私だった。


 我がハーバー子爵家は、近年領土の特産品の需要が国内外から高まったことから"田舎の成金子爵"と揶揄されるくらいの資産を築いていた。


 財政難に陥りお金が欲しい侯爵家からすれば、我が子爵家と縁続きになって援助をしてもらいたい、と考えるのは納得できる。

 しかし、私に求婚をしてくれていた他家に対して圧力をかけて求婚を辞退させたのは今も納得できない。


 私の婚約を邪魔して無理矢理婚約者におさまった彼は、最初から金目当ての婚約だと公言し、私を大切にする素振りもない。

 それが"エヴリン様へ永遠の愛を捧げているかのようだ"と周囲からは好意的に受け止められているのだから、たまったものではない。


 悲恋に折り合いをつけたのなら、割り切って婚約者を大切にするものだろう。エヴリン様への未練と私への粗末な扱いを結びつけないで欲しい。


 この縁談は、侯爵家は"お金"を、我が子爵家は歴史ある侯爵家との縁という"名誉"を得る両家に利がある縁談……ということになってはいる。

 ただ子爵家としてはそのような名誉を欲していたわけではなく、侯爵家からの縁談を断れなかっただけなのだ。


「侯爵家からの頼みなんだ。一刻も早くしてくれ」



 お金を援助してもらっている立場でなぜこうも偉そうにできるのかしら。歴史の長い侯爵家だからといつもいつも……。

 でも残念ながら貴族社会では爵位とその"歴史"にこそ価値があるのよね。

 それでも援助を受けている立場でこの態度はどうなの?



「もうよろしいでしょうか?今日は親しい方を招いたお茶会がありますの。

それと、いつも申し上げておりますが、ご訪問前に必ずご連絡ください」

「ああ、わかったわかった」



 このやりとりも何回目かしら。

 毎回わかったと言うくせに、事前連絡をもらったためしがないのよね。

 本当にこの方とは何もかも合わないわ。



「疲れたでしょう、アメリア。よく頑張ったわ」

「お母様、ありがとうございます。ほんの数分のはずなのに本当に疲れましたわ。また援助の無心に来られました」


 お母様は顔を顰めながら長い溜め息を吐いた。


「またなの……あんなところに嫁がせたくないわ」

「私も嫁ぎたくありません。実は前々から気になっていることはあるのですが、それが婚約の解消に繋がるかどうか……」

「気になっていること?」

「はい。実はブレイズ様との婚約後、フォード侯爵家に伺う度にあるメイドの様子が気になっておりまして」


 そのメイドは度々敵意の籠った眼差しを私に向けてきた。その敵意の中には"嫉妬"が見え、もしかしたらブレイズ様に恋心を抱いているのかもしれないと感じてはいた。


 だからといって私に危害を加えたり嫌がらせをしてくるようなことはなかったので、あまり気に留めないようにしていたのだが、ある日を境にそのメイドの姿を見なくなったのだ。

 使用人がいなくなることは特段変わったことではない。


 しかし、私に"敵意"を向けていたことと、彼女がいなくなったことが無関係ではない気がするのだ。


「あくまでも私の勘でしかないのですが……。あの嫉妬は恋焦がれている相手の婚約者に向けるにしても、あまりにも重い気がするのです。ブレイズ様と何かあったのではないかと、そんな気がしてならなくて」


 そこまで話すとお母様はしばらく考えるように唸っていたが、「念のために伝えておきましょう」と執務室へと向かった。

 お母様に付き添われ、私からお父様に話したところ、お母様と同じようにしばらく難しい顔をしていた。


「調べさせよう。婚約解消に繋がる可能性が少しでもあるなら放ってはおけまい」



※※※



 それから2週間後、情報収集に難航していた中、とある人物からメイドについての情報がもたらされた。


 手紙の内容によると、メイドは"エマ"という名で今年20歳になったばかりだという。エマは数ヶ月前にフォード侯爵家を解雇され家に戻ったというが、問題は現在の彼女の姿。


 彼女の腹部は大きく膨らんでいるというのだ。


『……彼女の友人に金を渡して探ってもらったところ、お腹の子の父親はフォード侯爵家の嫡男だと言っているそうです。

かなり野心的な女性のようで、エヴリン様のフリをしてそういう関係になったと自慢気に語っていたそうですが、結局周囲が妊娠に気付き出した頃にブレイズ様に事実を伝えたところ信じてもらえず、屋敷を追い出されたということのようです』


 思い返せばエマはエヴリン様と髪も瞳の色も同じ。もちろん顔の作りは異なるものの、お酒が入っている相手に化粧をして誤魔化せばあるいは……。


『子供が産まれればその子供と共に屋敷を訪れて愛人として養って欲しいと直談判する予定とのこと。

彼女は現在臨月だそうです』


 ということは、私と婚約する前に関係を持ったということだ。

 ただ婚約の前後関係なく、フォード侯爵家の嫡男とメイドが関係を持ったところで、婚約解消はできない。貴族が平民を愛人にすることは残念ながらよくあることなのだ。


 これでは結局、私はブレイズ様とこのまま結婚することになる。その上、恐らくエマの子供を引き取り自分の子供として育てていくことを要求されるだろう。



 ……何だろう、何かひっかかる。

 何か見落としているような……。



 もやもやを残しながらも、手紙の内容をお父様に伝えに行った時、新たな情報を聞くことができた。



※※※



 執務室に入ると、ちょうど従者からの報告が終わったところだったようだ。


「アメリア、隣国の情報が入った。この間どんな情報でもブレイズ卿の関係者の話は聞きたい、と言っていただろう?今話してもいいか?」

「お父様、ありがとうございます。はい、ぜひお聞かせください」


 隣国の情報とは、エヴリン様の現状だった。

 隣国の子爵家に嫁がれたエヴリン様は結婚してまもなく妊娠され、先日無事お子様を出産されたという。


「それは喜ばしいことですね」

「ああ、本当にな。金の髪に蒼瞳の愛らしい男の子だそうだ」

「金の髪に蒼瞳?」


 母親のエヴリン様は茶髪に淡い緑の瞳。

 父親の子爵は確か、茶髪にアンバーの瞳だった。


 ブレイズ様は金の髪に蒼瞳。

 まさか、ブレイズ様はエマだけでなく本当にエヴリン様とも?


「落ち着いたら母子で一時帰国するらしい」

「母子で一時帰国……。お父様、そのお子様ってもしかして」

「ああ、違う違う、お前の想像しているようなことではない。私ももしやと疑ったが、隔世遺伝というやつでな、子爵の祖父と同じ配色だそうだ。顔付きも子爵にそっくりらしい」

「そうなのですね、私てっきり……」


 ブレイズ様は本当にエヴリン様と通じていて……だなんて失礼な想像をしてしまった。

 心の中で謝っていると、手紙の情報とこの情報が突然上手く噛み合ったような気がした。


 もしかしてこれを上手く利用すれば、ブレイズ様から婚約を解消を言わせることができるのではないか?と。


 先程何にひっかかったのか、今わかった。

 恐らくエマの子供を引き取り自分の子供として育てていくことを要求されるだろうと漠然と思ったが、エマが愛人になるとは考えもしなかったのだ。それはなぜか。


 手紙の情報から見るに、ブレイズ様はエマを愛していないからだ。


 エマはエヴリン様のフリをしてブレイズ様と関係を持った。

 そしてブレイズ様はそれをエマから言われても虚言だと言って信じず、今もエヴリン様と関係を持ったと思い込んでいる。


 ブレイズ様の誤解を利用すれば婚約解消まで持っていけるかもしれない。

 エヴリン様が自分の子供を産んだと誤解すれば……。

 

 確か婚約解消ができる条項に"当事者の合意"があったはず。


「少し確認したいことがあるので、婚約前の契約書を見せていただけないでしょうか?」

「契約書?ああ、わかった」


 お父様から渡された契約書に目を通す。

 確認したいのは"婚約解消ならびに婚約破棄条項"だ。婚約解消あるいは婚約破棄に該当する行為がまとめられている。


 一つ一つ確認していく中である箇所に目が止まった。


「お父様、ここに"有責行為が双方にない場合でも、当事者二人の合意があれば婚約は解消できる"とありますよね?」

「ああ、そうだ」

「当事者とは私とブレイズ様のことを指すという認識で合っていますか?」

「ああ、お前の言う通りだ。ここは私がねじ込んだ。最近の流行りだと言ってな」


 近年、政略結婚であっても当事者の意思を尊重し、当事者同士で納得すれば婚約解消が成立できるような条項を入れておくことが主流になっている。


 それは婚約の当事者の年齢を鑑みて、当事者達を"一人前とみなす"という当主の意思表示であり、逆にこれを入れないと婚約を結ぶ当事者が"まだ分別のついていない子供だ"といっているようなものだと、社交界で笑われかねない。


 契約書など他人に見せるものではないが、この条項を入れたか否かは社交界で盛り上がる話題の一つなのだ。


「お父様、一つ考えが浮かびました。聞いていただけますか?」



※※※



 数日後、子爵家の応接間。

 冷めた空気の中、当たり障りのない会話をしながら仕掛けるタイミングを探っていた。


 するとブレイズ様が珍しくテーブルの上にあるお菓子に目を止めた。


「これは……」

「マカロンです。お好きですか?」

「いや、エヴリンが好きだったお菓子だ」

「まあ、そうだったのですね」



 知っていて用意させたのだけれどね。



「エヴリン様、いえ今はベリー子爵夫人でしたね。お聞きになりましたか?ベリー子爵夫人は先日無事に第一子をご出産されたそうですわ」

「…ああ、それは聞いた」

「ご存知でしたか。とても愛らしい男の子のようですね。金の髪に蒼瞳でまるで天使のようだと評判のようですよ」

「金の髪に、蒼瞳?」

「ええ」


 緊張で喉が渇く。

 チャンスは一度きり。今日、この場で彼の口から婚約解消を言わせなければならない。


 疑惑を抱え侯爵家に戻った後、詳細を調べられればいずれエヴリン様のお子様が自分の子供ではないと気がつくだろう。

 もし気がつかなかったとしても、侯爵夫妻に私との婚約解消を考えていると伝えられてしまえば、我が家の援助を失うまいと侯爵夫妻に説き伏せられる可能性もある。


 だからこそ、今、この場でけりをつけなければ。


「子爵の髪は確か……」

「ベリー子爵夫人と同じ茶髪でした」

「子爵の瞳は?」

「瞳は……確かアンバーだったかと」


 私の返答にブレイズ様は蒼瞳を見開く。


「金髪に蒼瞳……まさか」

「どうされました?ブレイズ様」

「え?いや……」


 口籠り目を泳がすブレイズ様。

 さすがにまだ理性が上回っているようだ。


「そういえばこの話もお聞きになりましたか?ベリー子爵夫人はお子様を連れてこちらに帰国の予定があるのだとか」

「母子だけで?子爵は?」

「子爵がどうされるのかはわかりません」



 欲しい答えに結びつけ始めたかしら?

 もう少し"判断材料"を渡しましょうか。



「それと、特産品の納品の件で従者が隣国に行った際、偶然ベリー子爵夫人をお見かけしたそうなのですが……」

「なんだ、もったいぶらずに早く教えてくれ!」

「顔色が酷かったそうです。切ない表情を浮かべて誰かを待っているようだったとか」

「そんな……まさか……」


 ブレイズ様が口を手で覆う。


 私は事実しか言っていない。

 それでも人は自分の欲しい答えに導こうと、繋がらないはずの情報を結びつけてしまう。


 ブレイズ様はずっとエヴリン様を想い、エヴリン様と密通したと思い込んでいる。

 

 "金髪蒼瞳の子供"

 "母子だけでの帰国"

 "顔色が酷い"

 "誰かを待っている"


 この真実で偽りの答えを出させてみせる。


「だめだ、もう耐えられない……」


 顔を苦し気に歪める彼に、心配そうに声を掛ける。


「どうされたのですか?ブレイズ様、顔色が……。あっ、私としたことが無神経でしたね。"過去"に想い合っていた方の現状などお話して、申し訳ありません。

ですが、もうお二人は別々の道を歩み、ベリー子爵夫人は子爵とのお子様を授かり幸せに暮らしているのですから。これから先の長い人生、子爵と共に愛らしいお子様を慈しみ育てられ……」

「違う!!」


 ブレイズ様は声を張り上げながらテーブルを叩いた。

 そんな彼の様子を見て何を言わんとしているのか察し、青ざめている従者の方が、よほど賢いようだ。だが口出しはさせない。


「違う?何が違うのですか?」

「違う、何もかもが間違っているんだ!俺は彼女を迎えにいく」

「彼女?やはり、そうだったのですね。もしやとは思っていました」

「気付いていたのか?!」

「はい、女の勘というものでしょうか。ですがブレイズ様は私と婚約しています」

「破棄させてもらいたい」



 破棄だとだめなのよ。

 ご自分の罪を罪と認識しているのは結構だけれど、今回はそれではだめなの。


 そもそも、エヴリン様が本当に貴方の子供を産んだのであれば確かに"破棄"が相応しいけれど、実際に産むのはエマなんだから。貴方の子供を平民が産んでも婚約破棄はできないのよ。


 それに破棄をするには両家の当主に出てきてもらわなければいけないわ。侯爵は絶対に破棄は認めない。


 "当事者同士で婚約解消をする"が最善なのよ。



「破棄だなんてそんな……そこまで愛していらっしゃるのですね。ですが、婚約破棄となると侯爵や私の父に話を持っていく必要があります。失礼ながら、侯爵はお認めにならないかと。


ですので、いかがでしょう?私達の間で"婚約解消"という形にしませんか?」

「"当事者間の合意"か!!いいのか?」

「ええ」



 賠償が絡む破棄よりも解消の方が幾分良いでしょう?

 "被害者"からの思いがけない申し出……あとは貴方が頷くだけよ。



「お前、いや貴女を誤解していたようだ。婚約を解消することに同意する」



 だめ、笑ってはだめよ、アメリア。まだ婚約解消は成立していない。

 表情はこのまま、眉を下げて憐れみ深い面持ちで。



「私も同意いたします」


 右手を軽く上げ、後ろに控えていた従者から書類を受け取る。


「僭越ながら、このような日が来るのではと婚約解消の合意書を用意しておりましたの。私の署名は済んでおりますので、ブレイズ様のご署名をお願いできますか?」

「用意がいいな、わかった。ここに署名すればいいんだな?」

「はい、お願いします」


 ブレイズ様の握るペンが走るのを見届ける。

 その名が無事合意書に書かれたのを確認し、歓喜に震える手で合意書を受け取った。


「はい、確かに。これで私達の婚約は解消されました」

「短い間だったが感謝している。子爵家の援助のおかげで我が侯爵家は持ち直した」



 あら、全て覚悟の上で婚約を解消したのだと思ったけれど、違うみたいね。

 まあいいわ、本当にエヴリン様を迎えに行ってしまっては子爵家にご迷惑をおかけしてしまうもの。用は済んだところだし、そろそろ誤解を解いておかなければね。



「これから大変ですね。でも愛する方と結ばれるためですものね」

「ああ、彼女のためならどんな責めも甘んじて受けよう」

「ご立派ですわ、ブレイズ様。


どうぞ、エマさんとお幸せに」


 彼の笑顔が固まり、喜色満面の顔つきから、徐々に眉間に皺を寄せ目を細めた訝し気な顔つきに変化する。


「エマ?何の話だ?」

「何って、エマさんを迎えにいかれるのですよね?我が子爵家に援助金を全て返還した上で平民の彼女を娶るのですから、これから大変なご苦労が待っていると思いますが、陰ながら応援しております」

「はあ?一体何の話をしているんだ、俺が迎えにいくのはエヴリンだ。それに婚約解消なら援助金の返還は不要だろう?」


 やはり、ブレイズ様は援助金についても勘違いしているようだ。一つ一つ間違いを正していかなければ。


「ブレイズ様こそ何のお話をされているのですか?なぜエマさんではなくエヴリン様を迎えにいくというお話に?」

「いやだから、エヴリンの産んだ子供は俺の子供なんだ!それがばれて冷遇されているエヴリンは、俺の迎えを待っているんだろう?そこでなぜあのメイドの名が出てくるんだ?」



 よくあの情報でこの答えに結びつけましたね、ブレイズ様。私としては満点を差し上げたいですわ。

 でも残念ながら間違った答えなのです。



「ベリー子爵夫人のお子様は正真正銘、ベリー子爵とのお子様ですよ。顔立ちが赤ちゃんの頃のベリー子爵そっくりだそうですから。なぜそんな誤解を……」

「顔立ちが?いや、産まれた子供は金髪に蒼瞳、俺と同じ色じゃないか!」

「隔世遺伝というのをご存知ですか?先々代のベリー子爵と同じ色だそうです」

「は?」


 口をぽかーんと開けて固まるブレイズ様。


「エヴリン様が冷遇されているだなんて、どこの情報ですか?」

「どこって、さっきお前が言っていただろう!母子だけで帰国する、顔色が悪い、切ない表情で誰かを待っていると。俺との関係がばれて離縁されて戻ってくるんだろう?

顔色が悪いのは冷遇されている何よりの証拠だ。エヴリンは俺の子供を抱きながら俺が迎えにくるのを待っているってことだろう?」

 

 真実を使って自分の理想の答えを導き出したブレイズ様に、伝えた真実の裏側を語っていく。


「帰国されるのは、まだまだ先のお話ですよ?いずれお子様が成長された際に祖国を見せたいという夫人のお気持ちを子爵が尊重されているのだとか。

それに母子だけでとは言っておりません。ベリー子爵夫人がお子様を連れて帰国される、と言いました」

「は?え、そうだったか?」


 そんなはずは……とぶつぶつ呟くブレイズ様。


「それに顔色が悪いのは当然です。まだ産後間もないですもの。

切ない表情で誰かを待っているというのも、恐らくベリー子爵のことだと思います。何かのご用事で出掛けられた子爵をお待ちだったのでは?お二人はそれはそれは仲睦まじいご様子だとか」

「そんなはずはない!!エヴリンは俺を愛しているんだ!!俺達は確かに愛し合っている!!」



 そうね、でももうそれは過去の話なのよ。


 エヴリン様も長年想い続けた貴方との縁が切れて苦しかったでしょう。本当に、それについては心から同情するわ。

 それでも領地のためにと折り合いをつけて嫁いだ先で、今やエヴリン様は子爵とお子様と本当に幸せそうにお過ごしのようですよ。

 

 貴方も前を向いて私と向き合ってくれていたら、私も折り合いをつけて貴方と関係を築いていけたかもしれない……でもそれももう過去の話よね。婚約は解消されたのだから。



「愛し合っている?そういえば、ベリー子爵夫人のお子様をご自分のお子様だとおっしゃいましたよね?いつそのようなご関係に?」

「エヴリンが嫁いだ3週間後だ。エヴリンはわざわざ隣国からメイドに変装してまで俺に会いに来てくれたんだ。それで最初で最後の思い出にと」


 そのあり得ない話を信じ込んでいるのだから、本当に恋は盲目とはよく言ったものだ。


「ブレイズ様、それはあり得ませんわ。隣国の風習をご存知ないのですか?」

「隣国の風習?」

「はい。私もつい最近知りましたが、隣国では結婚後少なくとも1ヶ月は"蜜月"といって部屋に篭って過ごされるそうですわ。

ですから、ブレイズ様がおっしゃっているようなことはあり得ません」

「そんな、そんなばかな……でも俺は確かにあの日……まさか、本当にあれはエヴリンじゃなくて…」


 ようやく真相に辿り着いたようだ。

 ショックを受けているところに追い討ちをかけるようで申し訳ないが、もう一つの誤解も解いておかなければならない。


「それと最後になりますが、我が子爵家からフォード侯爵家への援助にはある条件がついていたのをお忘れではないでしょうか?」

「援助の条件?」

「はい、"婚姻が成立した暁には、返済を求めない"、つまり婚約解消あるいは婚約破棄の場合、援助金を返還していただく必要があります」


 驚きの表情を浮かべ、狼狽する彼を見て呆れてしまう。

 どれだけ彼がこの婚約を軽視していたのかがよくわかる。


「婚約解消を取り消す!!エヴリンと何もなかったのなら婚約を解消する必要はないはずだ!!」

「ええ、そうですね。ですが、またお忘れになっていますわ。私達の契約書には"取り消し及び再婚約不可の条項"があります。

一度成立した婚約解消は覆らず、私達が再び婚約することはできません」


 契約に重みを持たせるための条項だ。

 侯爵も"当事者同士の合意"が実際に行われるとは思いもしなかっただろう。


 とその時、部屋に入ってきた従者によって新しい情報を耳打ちされた。


「ブレイズ様、先程貴方の第一子が誕生したそうですわ。女の子だそうです」

「そんな、そんなばかな……」



 エマに騙されたのはお気の毒だと思うわ。

 

 でもね、貴方の過ちの代償を私が払う必要はないでしょう?

 結婚前に庶子を作られ、大切にもされず、これから大切にされる未来も見えない。

 援助に感謝するどころか、格下の嫁をもらってやるという横柄な態度。

 ここまでされて私は貴方と結婚して庶子まで育てなければならないのかしら?


 本当に、なぜエヴリン様はこんな方をお好きだったのか理解できないわ。幼馴染バイアスなのかしら?


 そもそも、そんなに愛している方とメイドを間違えるだなんて、本当にエヴリン様を愛しているのかも疑問だわ。それに本当に愛しているのなら、彼女が不幸になるような不貞は誘われても断るべきだった。


 そうしていたら、エマの罠に引っかからずに済んだのに。



「さあ、"婚約者のお茶会"は終わりました。どうぞお帰りください」


 放心状態のブレイズ様は、彼以上に青ざめた従者に支えられながら立ち上がった。

 家にお招きした"招待客"をお見送りすると、家族と喜びを分かち合う。そしてエマについての情報提供者に、急ぎ手紙をしたためるのだった。



※※※



 ここからは後日談になる。


 予想通りといったところだが、フォード侯爵は婚約解消の取り消しを要求してきた。

 高位貴族と縁続きになる利点を懇々と訴えてきたのだが。



 『よもや高位貴族ともあろう方が契約書を蔑ろにはされないでしょう?この契約書にある通り、一度切れた娘とご子息の縁は二度と繋ぎ直すことはできません。

 それに高位貴族との縁は、所詮田舎貴族の我々にはそこまで重要ではありませんが、それを欲する方は他にいらっしゃるのでしょう?貴方が散々おっしゃっていたではありませんか。その方々に機会をお与えになられたらいかがですか?』



 お父様が笑顔でそう言い切った時、胸がすく思いがした。

 

 お父様の言うように、需要と供給というものがある。高位貴族との縁を欲する家もあるだろう。


 ただ、援助金を我が家に返還し再び財政難に陥っている上、すでに庶子がおり、一度婚約解消をしている侯爵家の後継者に自分の娘を嫁がせたい貴族などいないだろう。

 それにフォード侯爵家が私の婚約を邪魔して無理矢理婚約させたことで、爵位が低い婚約適齢期を迎えた未婚の令嬢は、危機感を覚えてここ半年で皆婚約済みだ。


 "婚姻による援助"が使えない以上、自分達で立て直す必要があるだろう。しかし、ここ半年、我が家からの援助に頼り切りで何の策も打っていなかったフォード侯爵家に果たしてそれができるのかどうか……。


 破産による領地没収や爵位の返還あるいは剥奪、といった末路が見え隠れしているが、私にはもう関係のない話だ。


 ちなみに、ブレイズ様の社交界での評判は一気に地に落ちた。

 悲恋を演じ、私と婚約してもなおエヴリン様を想い続ける姿が胸を打つと好評だったわけだが、どこからともなく流れた噂が社交界の空気を一変させたのだ。


 『メイドに手を出して子供まで作ったのですって』

 『まあ!ブレイズ卿の純愛は嘘だったということ?すっかり騙されたわ』

 『私達の涙を返して欲しいくらいね。アメリア嬢は別れられて本当によかったわ』


 社交界で評判を落としたブレイズ様は屋敷に閉じ籠っていたそうだが、前言通り子供を連れたエマが屋敷の門の前に現れ騒いだため領民にも知れ渡り、益々屋敷から出られない状態だという。


 エマはというと、フォード侯爵家から門前払いされ、愛人になるどころか子供をブレイズ様の子供だと認めてもらうこともできなかったそうだ。

 フォード侯爵家は息子を騙し自分達をこんな状況に追い込んだとエマを恨んでいるようで、その子供を引き取ることも考えていないという。

 この現状は決してエマだけの責任ではないと思うのだが、ああいう人達は常に他責思考。自分の行いを反省できないものだ。


 せめて子供だけは幸せになってもらいたいが、それはもう私が関与していい領域ではない。当事者達で考えなければいけない問題だろう。


 さて私はというと、手紙を送った翌日には新しい縁談が組まれ、その場で婚約が成立した。

 相手は子爵令息リアム・モーリス。以前フォード侯爵家に邪魔されて婚約が叶わなかった相手だ。


 もう二度と邪魔をされたくない、と両家の協力の元、異例の早さで婚約することができた。


 婚約を邪魔され、私がブレイズ様と婚約した後もフォード侯爵家の周囲を探り、何か婚約を終わらせる突破口を掴めないかと動いてくれていたリアム様。何を隠そう、エマの情報を掴み手紙をくれた情報提供者こそ、リアム様なのだ。


 婚約成立後、私達はこれまで会えなかった期間を埋めるように交流の場を設けている。           

 今はモーリス子爵家でのお茶会の最中だ。


「アメリア様、どうぞお召し上がりください」


 リアム様が笑顔で差し出してくれたのは、私の大好きな苺がふんだんに使われた美しいケーキ。

 テーブルに並ぶケーキやお菓子にはどれも苺が使われていて、苺の甘い香りが漂ってくる。


「約束を覚えていてくださったのですね」

「もちろんです。こうして約束を果たすことができて本当に嬉しいです」


 そう言って頬を緩めたリアム様の姿が去年の姿と重なる。



 『アメリア様は何の果物がお好きなんですか?』

 『そうですね…林檎、葡萄、無花果、オレンジ…何でも好きですが特に苺が好きです』

 『苺ですか!では苺の季節になったら苺づくしのお茶会にご招待しますね』

 『本当ですか?楽しみです!それなら私もリアム様のお好きな果物をお聞きしたいです』

 『私ですか?私は……』



 去年の会話を思い出しながらケーキを口に入れる。甘酸っぱい苺と濃厚なカスタードクリームが口いっぱいに広がり何とも幸せな気持ちになる。


「気に入りましたか?」

「はい、とても」

「よかった!では次はこちらを、こちらもおすすめで…」


 苺好きな私のためにと用意された苺づくしのお茶会。私が喜ぶと私以上に嬉しそうに顔を綻ばせるリアム様。


 春の心地良い風を浴びる。

 少し早い夏に思いを馳せ、リアム様の好きな桃づくしのお茶会を想像しながら、幸せな今をしみじみと噛み締めるのだった。



最後までお読みいただきありがとうございました。

至らない部分も多々あったと思いますが、ここまで読んでいただけたこと、心から感謝致します。


また評価やブックマーク、リアクションなどありがとうございます。とても励みになります。

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― 新着の感想 ―
ブレイズは気持ちを切り換えてアメリアを大切にすれば幸せになれたのに。ブレイズの実家も援助してくれる嫁を大切にする様説く所かおかわりで集ってくるから退路が塞がれる事態に。 そもそも一家揃って実家も無能…
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