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08_大工『アルテフィーチェ』



 ――発端は、ルチアからのアドバイスだった。


 引越し当日、ルチアに教えて貰いながら共に耕した畑から芽が出て幾数日。初めは頼りなかった双葉は陽光を浴びてぐんぐんと大きくなり、気が付けば随分と茎が伸び葉の数も増えた。そしてそれを見たルチア――週に何度かは畑の様子を見に来てくれている――は、モナに「そろそろ添え木をしてやってもいいかもね。」と、次のステージへと進むためのアドバイスをした。

 畑作自体は初めてではあったものの、元より真面目で勉強熱心なモナは時間を見つけては勉学に励んでいたお陰で、あくまでも現時点ではあるものの自身の農業が上手くいっていることに大いに喜んだ。

 

 ……が、喜びも束の間、モナは添え木というのは畑に落ちているヘナヘナのヒョロヒョロの小枝では代用出来そうにないこと――つまりはお金が掛かることに気が付くと、仕方がないとはいえこれ以上バルナバやルチアの世話になっていいものかと頭を抱えた。しかしながら現実として牧場にある物品の中には添え木は無論、添え木の代わりになりそうなものもない。

 喜びから一転、(買うしかないのかなあ…?でも……!)と、難しい顔をしてはうんうんと唸り出したモナにルチアは本当に真面目なんだなと苦笑をひとつ零す。そしてそこまで気にするなら、とルチアは商才に長けた店主のお陰で田舎にしては優秀な品揃えを誇る雑貨屋ではなく、大工『アルテフィーチェ』を尋ねてみてはどうかと提案した。

 町で唯一の大工である『アルテフィーチェ』の親方なら、端材を破格の値段で譲ってくれるはずだ、と。無論、端材ということはモナが多少手を加える必要があるわけだが、ルチアはそれもまた牧場をやっていく上で良い経験になるだろうと踏んだのだ。


 それを聞いたモナは分かりやすく喜び、ルチアに礼を言うのも早々に町へと繰り出した。

 ――そんなわけでモナはつい先日、家を修理してくれたお礼参り振りに町の北東に居を構える大工『アルテフィーチェ』を訪ねてきたというわけである。


「すみません、コスタンティーノさん。ご相談があるのですが……。」

「…………今日はもう閉店で〜す……。」


 モナは地図では牧場の対角線上にあるというのに徒歩で5分もかからない程に『ご近所』なその店の扉を開けながら、きっと恰幅も良ければ気もいい『アルテフィーチェ』の親方であるコスタンティーノならばいい返事をくれるに違いない――そう思いながら店内へと一歩足を踏み入れた。

 するとその瞬間、カウンターにもたれ掛かりながら船を漕いでいた銀の髪の青年が、欠伸を噛み殺しながら心底面倒くさそうに終業時間を告げた。


「……ニコ。コスタンティーノさんに怒られるよ?」

「かもね。でも、それってあんたに関係ある?」


 モナは銀糸の美しい青年――大工『アルテフィーチェ』の親方であるコスタンティーノの弟子にして、ルチア曰く「イルクオーレでも1、2を争う捻くれ者」であるニコラスの相変わらずの態度に深々とため息をついた。

 それもそのはず、ニコラスは初めて会った時からこうなのだ。屈折し尽くした言葉と態度に、微塵も感じられないやる気。無論敬語やそれに含まれる他者への尊敬の念もない。それでも根気強く、尊敬と親愛を持って関われば何かが変わるはず――とモナは信じていたが、それも3日と持たなかった。何しろ彼の弟であるレックス少年がなまじ素直で一生懸命なだけに、落差が凄まじいのだ。加えてこの接客態度の悪さである。モナはとっくに慣れたとはいえ未だにふとした瞬間、つくづく世の中には色んな人がいるなあと感心すらしてしまうのだ。


(相変わらずだなぁ……。)


 モナはニコラスのある種一貫した態度に愛想笑いを浮かべる。とはいえ、ニコラスの存在はルチアとはまた違った意味でモナを支えてもいた。一見すれば反抗的な怠け者であるニコラスだが、モナにとってはイルクオーレの町で唯一、剥き出しのままの感情を向けてくる相手でもあったのだ。

 何もイルクオーレの人々が嫌いというわけではない。モナは寧ろ、まだ数える程しか住んでいないこの町のことを、心の底から気に入っていた。柔らかな風が穏やかな時間を運んでくるイルクオーレの町と、そこに住む心の綺麗な人々のことを本当に本当に、好ましくも思っていた。けれど好奇心や興味を向けられることこそ数多くあれど、明らかな敵意や嫌悪を向けてくる人物が全く居ないというのは、帝国生まれ帝国育ちのモナにとってはある意味とんでもなく不気味なことでもあった。


 『もしかしたらこれは全部仕組まれた罠なのではないか』――時にそんな妄想に囚われてしまいそうになるくらい、この町は親切と親愛に満ち溢れている。

 そしてその中で、ニコラスだけが好きも嫌いもオブラートに包むことなく、そのままの温度でモナにぶつけてくるのだ。無論敵意がないことは百も承知だが、それでもモナはハッキリと色濃く伝わってくるニコラスの拒絶の感情に、一種の安寧と郷愁さえも感じていた。

 ――要はニコラスを通して感じる既知に、皮肉にも酷く安心しているのだ。


「あるよ。ニコとわたしは友達でしょう?」


 その言葉に特別な意味なんてない。ただモナにとって『人間くさい』ニコラスは、彼女にとってルチアよりもずっとずっと近い位置に存在しているだけに過ぎない。自分と歳が近くて、自分の知っている感情を確かに持っていて、自分にそれを容赦なくぶつけてくる。だから友達。ただそれだけの話だった。

 条件だけを見れば、それはルチアにも当てはまることだった。けれどモナにとってルチアは自分を助けてくれた神様であり、『記憶喪失のモナ』の世界の全てであり、故に馴れ馴れしい言葉をきいてはいけない存在なのだ。気を遣い、心を遣い、教えを請わねばならない存在なのだ。そこにあるのは宛ら信仰のような感情で、ニコラスに対して抱いているような親愛のそれではない。

 表面上は似ているけれど、確かに違うのだ。


「オレはあんたを友達とは思ってないけど。」

「でも、初めて会った時から、愛称で呼ばせてくれてるよね?」

「……何となくだ。」

「じゃあ、何となくでもいいよ。」


 モナはそう言って笑うとカウンター横の丸椅子に座り込む。そして木の匂いで満たされた店内を満喫するように軽く目を閉じ、深呼吸すると鼻腔を擽る心地よい木の香りにため息をついた。レンガ造りの建物が基本の帝国にはなかった、何故だか心がほっとする香りだった。

 ニコラスはそうやって、どうにも自分に対しては図々しいというか。はたまた歳相応というか。あるいは、これが素とでも言うのだろうか。明らかにルチアや他の住人と自分とに対する対応の違いに軽く舌打ちすると、どうにも苛ついて仕方がないとはいえニコラスはカウンターに肘をつく。それから考えたってどうせ何も変わらないと、学習性の無気力でざわつく胸と思考とを無理やりシャットアウトすると、再び目を閉じて船を漕ぎ始めた。

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