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07_雑貨屋『ラージテール』



 田舎町というものは凄まじいもので、モナが魔法でオークを倒したという話は1日……否、半日と経たずにイルクオーレ中に広まった。モナは噂話の類が凄まじい勢いで伝播していく様に驚くと同時に、底知れぬ恐怖を味わうこととなった。それはイルクオーレの人々が何日経っても自分の話で盛り上がっているという事実と、ルチア本人があの瞬間の命の危機や恐怖などとっくに忘れてしまったかのように嬉々として出会う人全てにかなりの誇張表現と共にモナの活躍を吹聴して回っているという事実からだった。お陰でモナは新生活を初めて早々に、俯きながら町を歩く羽目になってしまったのだった。

 ひとつ弁解しておくと『実際に体験したこと』として事実に基づいて話すのならばモナはそこまでの羞恥や気まずさに駆られることもなかったし、顔を伏せ、早足で町を歩くこともなかった。モナ自身、数日を置いた今となってはイルクオーレの町に受け入れて貰える明確なきっかけが出来て良かったとさえ思っているのだ。


 ただ、問題なのは自分が起こした小さくも大きな事件ではなく、ルチアの語るそれにかなりの誇張表現――それこそ聞いているモナがあまりの恥ずかしさに日夜身悶え、日陰を歩くを得ざれない程度の捏造が含まれていることだった。


(あくまでも目立たない、ただの農夫で居たいんだけどなぁ…。)


 『わたしが相手よ!』なんて、自分は言ってない。いや、知らない。知らない知らない。それはどこのどなたでしょうか。少なくともモナ・シャーリーではありません。というか、寧ろ今だって思い出す度に普通に恐怖で夜も眠れないのだが?――モナはそんなことを考えながら、非常に暗くどんよりとした気持ちで雑貨屋の扉に手をかける。

 ああ、なんと悲しいかな。モナがどれだけ過大広告された武勇伝を否定しようとも、名声を拒否しようとも、この狭い田舎町においては何の意味も持たないことは証明済みだった。


「いらっしゃい――って、モナじゃねえか!ウワサの新入りは何が入り用だい?英雄価格でお安くしとくぜ。」

「こんにちは、イサークさん。……あの。何回も言いますけど、ルチアさんの話は殆どが事実に即していませんからね?」

「はいはい、分かった分かった。英雄様は謙虚だねえ?」

「………………はぁ……。」


 この町で唯一の雑貨屋『ラージテール』の扉を開くなり、モナは店主のイサーク青年――なんとなく言葉遣いや彼の纏う空気で分かるとは思うが、案の定ルチアの幼なじみである――の軽口に真正面から向き合うと、後ろ手で扉を閉める。

 ……実際のところ、町の人々はモナの心配など他所にルチアの語る武勇伝を話半分に聞いていた。それどこかルチアなりに、新入りが1日でも早く町に馴染めるようにとついた与太話だとさえ思っている。つまりはモナが羞恥に身悶えたり、真面目に否定する必要などなかったのだ。

 が、モナ自身があまりにも真剣に軽口や冗談に真剣に突っかかってくるものだから、町の人が余計に面白がって話しかけてくることを当の本人は知らない。否、想像の余地すらない。モナは都会のドライさを知ってはいるものの、田舎の娯楽の少なさについてはまだまだ勉強中の身だ。つまるところ、現在進行形で様々意味で退屈な田舎町のおもちゃにされていることを知らないのである。


「で、真面目に何が欲しいんだ?野生動物避けのベルか?それとも畑を囲う柵か?」

「ああ、いえ。どちらも欲しいところではあるんですが、まずはもう少し作付面積を広げようと思いまして。……いつまでもバルナバさんのお世話になるのは、心苦しいですから。」


 モナは冗談好きな青年の顔から一転、商売人の顔になったイサークの言葉に真摯に答える。新居である牧場に越してきてから数日、ルチアと共に耕した畑からはしっかりと種が芽吹いてこそいるものの、まだまだ収穫には程遠かった。それの意味するところはずばり、モナには収入がないということである。

 けれど人間社会で生きていく以上、何をするにも金銭というものは必要なわけであって。人の良いバルナバは金銭援助を申し出たが、モナ自身があまりの申し訳なさにそれを断ったのだ。とはいえバルナバも一歩も引かなかった。姪の友人であり、この町の新しい住人なのだからと頑なにそれを拒否したのだ。

 

 拒否に拒否を重ね、このまま永遠に終わらないかと思われた話し合いだったが、間にルチアが入ることで一応は終焉を迎えた。その時にルチアの生まれ持っての明るさとリーダーシップから生まれた折衷案こそが『モナの暮らしが安定するまではバルナバ医院で仕事を手伝う』というものであった。

 要するに、畑仕事の傍らバルナバ医院で物品の整理や診察の手伝いといった細々とした雑用や、時にはルチアと共に在庫が少なくなってきた薬草を森に摘みに行ったりと、物資補給の実働部隊としてアルバイトをすることになったのである。


 モナはバルナバ医院で働き、給料として現金を受け取る。

 バルナバはモナというしっかりとした従業員と労働力を確保出来る。


 ――所謂ウィン・ウィンの関係というやつだった。


 とはいえ真面目なモナは、いつまでもバルナバの好意に甘えている訳にはいかないと思い悩んでいたのだ。一刻も早く自立しなければ、と急いていた。それはモナ生来の真面目さもあるものの、きちんとした理由があった。

 というものの、つい先日バルナバに頼まれて病院の昨年度の帳簿を探していた時だった。断じて中身を見る気はなかったが、つい見えてしまったのだ。――人口の少ない町の小さな医院だからこそ本来は医師であるバルナバと、時折手伝いとして無償で入るルチアのふたりだからこそかろうじて黒字程度の収支であることを裏付ける数字を。


(………それに。わたしが自立したら、きっとバルナバさんもルチアさんも、自分のことのように喜んでくれる……と、思う。何より、はやく恩返しもしたいし……。)


 モナはイサークに軽く頭を下げてから農業に関連する物品が並ぶコーナーへと足を向けた。そしてルチアに教えて貰った知識を思い出しながら、所狭しとか並べられた種の中から今の自分の力量と季節に見合った種を選び始める。

 イサークはそんなモナの背中をカウンター越しに暫し見つめてから、明らかに悩んでいる様子の客にやれやれと苦笑すると背後の棚に手を伸ばした。そして探し当てた目的の物を片手にカウンター横のスイングドアを押して店内へ出ると、ああでもないこうでもないとブツブツ呟きながら種の袋を見比べるモナの手に、ひょいとひとつ。まさに今カウンター内の棚から探し出したものを乗せると、モナの肩に自身の肘を置いた。


「…………あの、イサークさん?」


 モナは自身の肩が成人男性の肘置きにされているという事実と物質としての重さと、なんとも形容しがたい距離感の近さに困惑したように顔を上げるとイサークに問い掛ける。けれどイサークは悪びれた様子ひとつなく、寧ろルチアよりは幾らか大きいものの変わらず自分よりは小さいモナの頭を軽くポンポンと撫でると、言葉少なく言い放った。

 

「やるよ。」

「……え?」


 予想すらしていなかった言葉に、モナは目を丸くする。それから改めて自分の手に乗せられたもの――小さな封筒に目を向けた。

 一体何が入っているというのだろうか。モナはおそるおそる封筒を手に取ると、そうっと振ってみた。中からは封筒の中に入っている何かが上下運動に合わせてシャカシャカ、カサカサ、モナが封筒を揺らすのに合わせて心地の良い音がした。

 

「幼なじみを助けてくれた礼。……つっても去年親父とお袋が店の裏でやってる家庭菜園で取れた自家製の種だから、品質の保証は出来ねーけど。」

「……いいんですか?」

「おう。……その代わり、これからも雑貨屋『ラージテール』をよろしく頼むぜ?」

「…………ありがとうございます!」


 この町にやってきてから、一体何度目の親切だろうか。モナは誰かに親切にされるたびに胸の奥にじんわりと広がるあたたかさや、少しずつ欠けていたものが埋まっていくような感覚に目を細めると飾り気のない茶封筒を胸に抱いた。溢れ出す喜びのままに微笑むと、イサークは一瞬視線を逸らした後に自身の感情を誤魔化すようにもう一度、モナの頭を軽く撫でた。

 

 ――ルチアが姉なら、イサークは兄のような存在だな。


 モナはそんなことを考えながら胸に抱いた茶封筒をぎゅうと抱き締めてから何度も深々と頭を下げると来店時とは一転、足取り軽く雑貨屋『ラージテール』を後にした。

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