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23_某日、病室、訪ね人(4)



「聞きましたよ。なんでも来週には退院なさるとか。いやあ、本当に良かった……というのも少々おかしな話ですが。いやはや、何はともあれ本当に良かったです。」

「ええ、本当に。……あの。こんなに早く退院出来るのは、きっと皆さんのお陰です。ありがとうございます……!」

「いえいえ、お礼を言わなければいけないのは私の方ですよ。――モナさん。この度は本当にありがとうございました。」


 時刻は正午過ぎ。皺のついたベッドとベッドサイドの椅子とにそれぞれ腰掛けたモナとトーマスは、互いの顔を見合わせるなり感謝のやり取りを繰り返す。時に頭を下げ、時には腰を曲げ、時にはふと訪れた静寂にぷっと吹き出しては笑ってみたり――。

 モナは先程までの子供たち相手とはまた異なる意味で、ああ、自分はもうこの町の住人なのだと。皆に受け入れて貰えたのだと実感すると、どうしようもなく嬉しくなって頬を綻ばせた。



 

 こうなるに至ったのは数十分前。しんと静かなわけでもなく、かといって耳鳴りがするほど騒がしくもない病室にノック音と声とが響き渡ったところまで遡る。

 モナは先客――ニーナとレックスがいるものの、まあいいかと特別深く考えずに返答すると、声の主であるトーマスを通した。何しろ正直なところ、モナは退院の噂を聞きつけた人々への対応でまだ昼前だというのに少々疲れていたのだ。町長であるトーマスといえども、要するに退院の祝いを言いに来たのだろうと鷹を括っていたのだ。

 ところがどういうわけか病室の扉を開けて入ってきたトーマスの手には、モナに対する今回の一連の礼と手土産と少々早い退院祝いとを兼ねた大きなフルーツの盛り合わせが握られていたものだからモナは度肝を抜かれてしまったし、何だかんだでまだまだ子供なニーナとレックスはそちらに食いついた。

 こうなると病室に木霊するのはいいな、いいな、食べたいなの大合唱で、モナはそんなに騒ぐとバルナバに怒られるんじゃ、と慌てて2人を止めようとした。けれど時既に遅し、散々病室で騒いでいることはしっかりとバルナバの耳に入っていたし、なんなら彼は「子供と言えども次騒いだら叩き出す」と固い決意を抱いていたのだ。

 ――こうしてちょうど昼ということもあり、一応の名目は患者の食事としてニーナとレックスは病院を追い出され、加えてトーマスが持ってきたフルーツの盛り合わせは「なるべく子供に嘘はつきたくない」というバルナバの意向の元、綺麗にカットされるべくキッチンに連行されて行った。

 

 結果、後に残ったのはたった今病室を訪れたばかりのトーマスと、そもそもの患者であるモナの2人というわけで。そして大人同士、加えてモナの怪我に対してルチアとはまた異なる観点で責任感を感じているトーマスと取り残されたとなれば、自然と謝罪とそれを許す言葉との応酬になるわけで。

 ――かくして。言わばなるべくしてモナとトーマスは互いに頭を下げ合い、感謝をし合い、気を遣い合うという、模範的な大人の縮図となったわけである。


「……あの、トーマスさん。トーマスさんは今回の件、どう思いますか?」

「…………どう、というのは――。」

「ユミル洞窟に大型のモンスターが住み着いていたことに関して、です。」


 暫し定型的な言葉のキャッチボールを繰り広げた後、ふと訪れた何とも言い難い和やかな雰囲気を壊すのはモナでなくとも少々心苦しかったろう。けれどもモナはこの一件の関係者、なんなら当事者として依頼者であるトーマスの意見を知りたい……否、知る必要があると思ったのだ。

 モナはこの土地の生まれではない。故に過去にユミル洞窟にどのようなモンスターがどれくらい住み着いていたのかは、人伝いに聞いた話でしか知らない。けれど同行してくれたルチアは別だ。この土地で生まれ育った、生粋のイルクオーレの住人なのだ。そんな彼女が思わず腰を抜かしてしまうくらいなのだから、ユミル洞窟にトロールが住み着いていたのはどう考えても異常事態と呼ぶ他ないだろうと思うのだ。

 しかしながら町長として、そして何よりも街の方の自警団や討伐隊がなかなかこちらに来れないという現状を加味して、トーマスはこの一件をどう考えているのか。今後の対策として何を講じるつもりなのかを、せめて痛い思いをした自分は真っ先に聞く権利があるし、もしそれがお門違いな策であった場合は進言する必要があるだろう、とモナは思うのだ。故に彼に町長としての意見を求めたのだった。


「…………正直に言いますね。今日はモナさんの一足早い退院祝いに来たというのもありますが、本題はもっと別のところにあります。」


 モナの考えが分かったのだろうか。それとも真っ直ぐ且つ真剣なモナの眼差しに、嘘偽りが通じないと悟ったのだろうか。過程はともかく、何れにしろ結果としてトーマスは思わずごくりという音が聞こえてきそうなほどに喉を鳴らして唾を飲み込むと、口を開いた。その唇は先程までの軽快な様子とは異なり、鉛のように重そうだった。さらにトーマスの瞳をじいっと見つめるモナとは反対に、彼は顔を伏せるとあからさまに視線を逸らした。

 モナはその様子に相当に言いにくい話をするのだろうな、と悟るとトーマスから視線を外す。それはせめてもの優しさであった。モナは彼が無礼な人間ならばともかく、人当たりの良い人物であることを知っているがためになるべくならば困らせたくはなかったし、不快な思いや余計な緊張をして欲しくなかった。故に敢えて全く関係のない場所――本格的に夏が近付いてきたことを知らせる太陽と、それを受け止めようとヒラヒラと揺れるレースカーテンとを見つめる。

 トーマスはそんなモナの気遣いに小さな声で感謝をしてから、再び重苦しい口を開いた。


「先に結論から申し上げますね。――モナさん。体調が落ち着いてからで構いませんので、牧場の西にあるプラーナ洞窟を調査していただけませんか?」

「…………それは、……町長として同じようなことが他の町周辺のモンスターの住処でも起こっているのでは、と考えている……ということでいいんですか?」

「……ええ、構いませんよ。」


 トーマスは膝の上に置いた手のひらをぎゅうと固く握り締めると、目を閉じる。それから自分から聞いておきながら肯定が返ってきたことに困惑しては彼女にしては珍しく動揺を隠せないモナに対し、目は瞑ったままでふっと小さく笑った。口にしている事の重大さとは反対に、何とも柔和な笑みだった。


「…………トーマスさん……。」


 一方でモナと言えば、彼女にしては少々直球かつハッキリとした言葉を使ったことを悔やんでいた。とはいえ、ならばどういったい言い回しにするのが正解だったかも分からない。ただ今理解出来るのは核心に触れすぎたが故に1周まわって穏やかな顔をしているトーマスとは反対に、自分が相当に困り果てた顔をしていることだけだった。

 ――別に、恐ろしくはない。否、正しくはあのような大型のモンスターが住み着いている場所をまた調査するのは、恐怖以外の何者でもない。ただ、大した問題ではないというだけなのだ。それよりもモナにとって恐ろしいのは、こんなにも美しい町で何かが起こっているかもしれないという心配だった。そしてその何かを公表してしまえば、人々がイルクオーレという土地を捨ててしまうのではないかという不安だった。


 モナは思う。自分は何もかもを失ってしまった。だからこそ、この町の人たちには生まれ育った土地だとか、自分のルーツだとか、そういうものを失っては欲しくない、と。

 最もそう思うこと自体がただの押し付けがましい自己満足だというのは十二分に自覚している。が、それでもモナは、出来ることならば例え擬似的なものだとしても、自分と似たような思いをイルクオーレの皆には体験させたくなかった。


「……モナさん。あなたは、優しい人ですね。」

 

 しかしながらモナはモンスターが、それも並大抵のものではない大型のそれが町周辺に住み着いている可能性というのが如何に危険かも理解している。結局のところ、なんだかんだと述べた先のそれは命あっての話だということも、嫌というほど理解していた。

 だからこそモナは並大抵ではない覚悟を持って改めて依頼を持ってきたトーマスに対して何も言えずに、ただ俯く。反対にトーマスはその様を目を細めて見つめると、温容な表情と共に微笑んだ。


「勿論、ただの杞憂という可能性もあります。しかし私としてはやはり、少しでも可能性があるならば無視は出来ないんです。」

「……でも、もし他の場所にも見たことがないようなモンスターが居たら……。」

「その時はその時です。――何、その時は自警団や討伐隊も、流石に後回しには出来ないでしょう。重い腰を引き摺ってやってきた彼らに、町長として嫌味や皮肉のひとつでも言ってやりますよ。」


 トーマスはそう言って少し声を上げて笑う。モナは自分も合わせて笑うべきなのだろうと思いはするものの、少しも笑いたいと思えずに眉を下げる。最悪のもしもを想像しては、静かに奥歯を噛み締めた。

 トーマスはそんなモナに一拍置いて気がつくと、笑わせようとしたはずが却って深刻に捉えさせてしまったと申し訳なさそうに頭を搔く。こういうところが昔から息子と上手くやれない理由なのだろうなと自分で自分に呆れつつ、上手いことを言おうと頭を捻るも、どうにも焦りばかりが先に出てきてしまって上手い言葉を紡げない。トーマスは暫し頭を抱えた。


「――大丈夫ですよ、モナさん。」

「……え……?」

「ルチアが言っていましたよ。『モナならきっと、どんな相手にも負けない!』と。――だから、大丈夫です。そうでしょう?」

「………………はい!」


 そうしている間にどれくらい時間が経っただろうか。室内に取り付けられた時計の針がチクタクチクタク、カチリカチリ。普段は気にならないはずのその音がやけに大きく聞こえてきたことに焦燥感を覚えた正にその瞬間、トーマスはようやく頭に浮かんだ気の利いた言葉――最も、自分が考えたわけではないそれを、口にする。

 特別な理由なんてものはない。強いて言うならばモナとルチアの間にはごく一般的な友情に加えて救われた者と救った者との間にある特有の、他人には計り知れない絆があることを薄々感じ取っていた程度だろうか。それくらいにモナとルチアは誰の目から見ても仲が良かったし、だからこそ到底言葉では言い表せない関係性の2人ならば、他者にとってはなんてことない言葉さえも時には慰めになるだろうと踏んでのことだった。現にトーマスの読みは的の中心に当たり、ダーツならばブルズアイを撃ち抜いたようなものだった。


「…………って、違いますって。あの時はたまたま上手くいっただけで――!」

「ははは。まあ、そんなに謙遜なさらないでくださいよ、モナさん。頼りにしていますから。」

 

 ようやっと少しばかり明るい顔をしたモナに、トーマスは笑う。モナは自分が少々活きの良い返事をしてしまったことに数拍遅れて気が付いてから慌てて訂正するも、既に時遅し。言質を取ったトーマスは窓の外から吹き込む風に、夏を感じると再度目を細めた。

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