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12_ユミル洞窟(1)



 トーマスからユミル洞窟の調査の依頼を受けて数日後。モナは簡単に畑仕事を終えた後、トーマスが万が一に備えてイサークの雑貨屋『ラージテール』を通じて用意してくれた鉄の胸当てを普段の服の内側に仕込むと、これまた念の為にと持たせてくれた松明と地図とを持って家を出た。そして牧場をぐるりと囲むように流れる小川に掛けられた橋を渡り、件の洞窟――ユミル洞窟へ向けて歩き出した。

 正直言って、モナはこの期に及んでも尚断れば良かったなと思わないこともない。幾ら町のためとはいえ、下手をすれば怪我では済まない可能性のある依頼を受ける必要はあったのだろうかと、つい尻すぼみしてしまう気持ちは少なくなかった。

 けれどそれ以上に、モナにとってはやはり行く宛ても生活能力もない記憶喪失という設定の自分を信じ、深く追求することなく受け入れてくれたばかりか常に親切を焼いてくれる町の皆のために出来ることがあるならば、という気持ちの方が大きかった。但しそれは単なる感謝ではなく、仕方なくとはいえ皆のことを騙しているという罪の意識や罪悪感から来る、半ば贖罪のようなものでもあった。


「ええと…。橋を渡って、左……だったよね…?」


 モナは贖罪とはいうものの自分の行動がただの善意から来るものでも、はたまた恩返しのような綺麗な感情でもないことを充分に理解していた。それでも最終的には胸の奥で燻る気持ちごと受け入れ、洞窟探検に臨むことに決めたのは、未だ微かに残る希死念慮のせいでもあった。

 それはもしも洞窟に所狭しとモンスターが巣食っていたとて、両親の元に行けるという思いがあったからであった。加えてその場合は自分が中々戻らないという状況そのものが、町に危機を知らせてくれる。

 どのみち自分の命や行動は無駄にならないばかりか、ようやく誰かのために使える時が来たとさえ思っていたのだった。無意識とはいえモナはやっと両親を見捨てた罪深い自分の命を以て、両親のように他者を生かすことが出来るとさえ思っていたのだった。


 ――だからこそモナは辿り着いた洞窟の入口前にて、よく見知った顔の少女が彼女の愛犬と共に待っているのを見遣ると、ただただ呆気にとられてしまった。


「も〜。遅いよ、モナ!」

「…………ルチアさん!?どうして……。」

「どうしてって、そりゃあ……。」


 モナは約束なんてしていないにも関わらず、遅いと自分を叱りつけるルチアに目を丸くする。ぱちぱち、しぱしぱと開いて閉じて、それから目を擦って。これが現実であることを何十秒も掛けて確かめると、微かに震える声で問い掛けた。

 そんなモナにルチアは、まずは約束してないのに遅いと怒られたことを突っ込んで欲しかったなあと苦笑しつつ人差し指で頬を掻く。それからいつかのように「あ〜…」だの「う〜…」だの、声にならない声で呻いてから気恥しさと気まずさの混じりあった顔を向けると、なんとも歯切れ悪く言葉を紡いだ。


「…………まあ、あたしのせいだし?」


 ルチアはそう告げると余程いたたまれないのか、モナから即座に視線を逸らした。モナはその様子にルチアほどの明るいお調子者でも間違うこと、そしてそれをどうにか挽回しようと足掻くこともあるのだと知ると呆気にとられたのも束の間、ついくすくすと笑ってしまった。次いでかなり遅くはなったものの、一応はルチアなりにオーバーな表現を用いたことを自覚したんだなと悟ると少しばかり口角を上げた。


「確かに英雄としての器がどうとかこうとか言われたら、流石に……ですよね?」

「だってさ〜!まさか大の大人がまるっと信じ込むとは思わないじゃん?!」


 モナはそう言ってはなんとか少しでも自分の罪を軽くしようも藻掻くルチアに、「それだけトーマスさんがこの町のことを真剣に考えてくれてるってことですね。」と追撃を食らわせる。するとルチアは頭を抱えながら先程以上に声にならない声を呻き声として発すると、同世代にしては中々に口が立つモナに恨めしげな視線を送った。

 モナは確かに少しばかりの意地悪を込めたものの、元はと言えばルチアが運良くオークを撃退出来たことをまるで一世一代の英雄譚のように町中に言いふらしたことが原因だし、何よりも相手に呪怨を飛ばすのはそれを言いふらされた結果危険な仕事をする羽目になった自分であり、少なくともルチアにその権利はないのでは……?と苦笑する。

 けれどモナはそれを言葉にした途端に、またしても刺すような穏やかではない視線が向けられるのだろうなと口を噤んだ。代わりに膝を折り、ルチアの足元で行儀よく座りながらいかにも「やれやれ」といった様子でこちらを眺めている彼女の小さな相棒に話し掛けた。


「今日はルチルも一緒なんだね。よろしくね、ルチル。」

「ゥ〜……、ワウ!!」

「あ〜、ヤダヤダ。『道案内は任せろ!』だってさ。こいつ、可愛い女の子が一緒だからって良いところ見せようと張り切ってる!……あのさ。一応言っておくけど、可愛い女の子はここにもいるんだけど?」

「…………ワフ……。」

「あからさまにガッカリするな!!」

「あはは……。」


 モナはルチルが本当はなんと言っているかはさておき、確かにルチアに詰められている彼は少し……否、かなり意気消沈した様子で力なく鳴いた後にそれっきり黙り込んでしまったものだから、思わず苦笑する。

 それからもしかしたら、もしかしなくても、本当にルチルが心の底から「あ〜…そうだね、ルチアも可愛いね……。」とボヤいた後に、もうこれ以上は言うまいとだんまりを決め込んでいるように見えてきてしまったモナは、種族関係なく沈黙や態度というものは目ほどに物を言うのだな、と妙に感心してしまった。

 本日の新たな知見だった。


「――ってことで。あたしたちも一緒に行くからさ、道案内は任せて?こう見えても町で唯一の猟師でモンスター慣れしてるってことで、よく来てくれた騎士団や自警団の人たちに洞窟内を案内してるんだ。どーんと任せなさいよ!」

「ありがとうございます、ルチアさん……!」


 モナは洞窟調査の手伝いを申し出てくれたルチアの手を取ると、しっかりと握り締める。すると不思議なことに、触れ合った箇所からどうしようもなく不安だった気持ちや未だに胸の奥で膿んでは癒えない希死念慮だとかが、途端にすうっと薄れていくのを感じた。

 それは波打ち際の引き波のようであったし、さらに苛烈な例えを持ち出すとするならば、鎮痛剤を打たれた後のようだった。それくらい自分にとってルチアは特別な存在なのだなと、モナは嫌でも再認識させられると困ったように眉を下げた。それは何故だか、ルチアが大切だと認識する度に両親への想いが薄れてしまうような気がしたからだった。


「…………でも、モンスター慣れしてるっていうのは嘘ですよね?ルチアさん、この間悲鳴上げて――。」


 だからこそ、モナは敢えて皮肉と冗談を混ぜ込んだ言葉をルチアに投げかける。そうやってルチアと少しでも距離を取らないと、本当にいつか両親のことがどうでも良くなってしまうような気がして怖かったからだった。

 何よりもイルクオーレの町とそこに住む人々の優しさとあたたかさに触れて、少しずつ心の中の欠けている部分がひとつ、またひとつと埋まっていって、安心と親愛を覚えるたびに感じる安寧が恐ろしかった。

 

 ――別に、意地悪なことを言って嫌われたいわけじゃない。

 

 けれど自分のような人間は嫌われて疎まれて忌まれて当然だとも、モナは思う。だって自分は最愛の両親を見殺しにしたのだ。あんなにも愛していたのに、愛してくれていたのに、振り返ることは勿論足を止めることすらしなかったのだ。

 故にそんな非道なことが出来てしまう自分の本質は酷くおぞましく恐ろしいものなのだから、普通の人間のように幸福を感じてはいけないと思うのだ。

 

 でも、この町の人たちは、もうどうしようもないくらいに優しい。こんな自分を受け入れてくれたどころか、常に気を回してくれるようなお人好しのお節介ばかりなのだ。

 だから、せめて自分から距離を取らなければいけない。心が傷んでも、苦しくても、ほんの少しでも――嫌なことを言って、嫌われなくっちゃ。

 

「仕方がないじゃん!?猟師は遠くから獲物を狙うんだからさァ!!あんなの門外漢!門外漢だから!!」

「えぇ〜…本当ですか?」

「本当!!……ほら、もう行くよ?置いてくからね!?」

「…………ぁ――――――。」


 繋いでいた手が、離れた。

 こちらを見ていた瞳が、そっぽを向いた。

 代わり背中を向けられ、一歩分、距離が開いた。

 

 ――ただそれだけのことなのに、本当に生意気なことを言ったから嫌われてしまったのかもしれないと思った途端に、モナは胸が苦しくなった。生まれて初めて感じる、チクチクとズキズキとが混じり合ったなんとも鈍い痛みだった。

 嫌われて嬉しいはずなのに、どうしようもなく悲しくて悲しくて――。何故だか、声にならない声が漏れ出した。どういうわけだか、呼吸の仕方が分からなくなった。


「――――なぁんて、嘘ウソ!先導してあげるから、ちゃんと着いてくるんだよ?」


 けれど徐に振り返ったルチアは怒っているどころか、モナの発言など少しも気にしていない様子でニカッと笑うとごく自然に手を差し伸べた。それは何度も何度もモナを救い、導いてくれた、少しささくれだった小さな手だった。そのくせ、酷く大きくてあたたかな手だった。

 本当のところはともかく、表面上は自身の発言などちっとも気にしていない様子のルチアに、何故かモナの方が無性に泣きたくなってきてしまった。それは多分だけれど、モナ・シャーリーという人間が本当は誰よりも誰かに許されたがっているからなのだろうなとモナは考えると、無言でその手を取った。

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