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00_最高の天気と、最悪の人生のはじまり



 ――いっそう、どうしようもないくらいの悪天候だったらと。モナはふと、そんなことを思ってしまった。

 

「両親は仕留めたぞ!子供は!?」

「あっちだ!あっちに逃げたぞ!」

「追え!!」


 ――もし。今日という日がとんでもなく悪天候だったら。

 きっと背後で自分を逃がすために捕まってしまった両親だって視界不良で助かったかもしれないし、万が一同じ結末を辿ることになったとしても仕方の無いことだと納得出来たかもしれない。どうしようもない怒りも虚しさも、未だ人間が太刀打ち出来ない自然現象のせいなら、と納得出来たかもしれない。あるいはこんな終末すらも一周まわってドラマチックだと思えたかもしれないのにと、モナはそんなことを考えながら今にもちぎれてしまいそうな勢いで脚を動かす。

 

 ――別に、生き抜いたところで何もない。たった今、大切なものは全部なくしてしまった。


 それでも我武者羅に脚を動かしてしまうのは、向かい風に乾く瞳から涙を零しながらも決して後ろを振り向かないのは、きっと見捨ててしまった両親への罪悪感と、確実に近付いてくる死の恐怖だと頭のどこかで理解していた。


(……わたし、最低だ。)

 

 モナは唇から溢れ落ちる荒い呼吸と向かい風とに大粒の涙の行く先を委ねながら、今こうして必死の逃避行に乗じているのは最期まで自分を愛してくれた両親が動機でないことに、心底嫌悪する。命の危機を目前に、生存と逃避の理由を幼い頃に物語で読んだような、美しい理由――両親の愛だとか、大切な想い出だとか、そういうロマンチックでドラマチックでないことに、ああ、自分はなんて浅ましく醜い生き物なのだろうかと身体を震わせる。


(……なんで、)


 どうしてこんなことになってしまったのかと、モナは声にならない声を震わせる。モナはただフェルマータ帝国に生まれただけの少女で、両親だって同じだっだ。ただ帝国に生まれて、育って、大切な人を見つけて、次の世代へと命を継いでいくだけの、なんの罪も謂れもない、ごく普通の人間だった。

 けれどモナにとっての【普通】が崩れ去ったのは、彼女の住まう国であるフェルマータ帝国の皇帝が、魔法使いの帝国民――老いも若いも、男も女も関係なく――に、徴兵令を発令したからだった。

 

 『来るべき大陸統一のため』の徴兵だと、帝国兵は言った。けれど魔法使いといってもたいそうな魔法を使えるわけではないモナの両親は、同じようにたいした魔法を使えるわけではない娘だけでも見逃しては貰えないかと、懇願した。

 事実、モナとモナの両親は魔法使いといえども、帝国民なら一度は夢見るような、皇帝に仕える一般魔法を使役する魔法使いではなかった。何かを瞬時に接着したり、松明がなくても灯りを灯せたりする程度の、所謂生活魔法しか使えない、至ってなんの戦闘能力も持たない小市民だった。

 しかしながら皇帝は『全ての魔法使い』に徴兵を求めたのだった。一般魔法も生活魔法もなんの隔たりもなく、ある種平等に魔法使いという魔法使いの上に徴兵という制度を敷いたのだった。――故に、モナの両親のみならず多くの生活魔法使いが亡命を試みたのは、至極当然のことだった。


「居たぞ!逃がすな!!」

「――っ、【縫い付ける魔法(クチーレ)】…!」

「……このっ、小癪な…!!」


 背後から襲い掛かる耳介から鼓膜にかけて響く帝国兵の声に、モナは反射的に唯一彼女が使える生活魔法を唱えた。きちんと目測をつけたわけでもなく、ただ捕まりたくない一心でやみくもに放った魔法だった。けれど幸いなことにデタラメに放ったその魔法は大地と帝国兵の足裏とを固く縫いつけた。


 ――そしてモナにとって不幸だったのは、ささやかとはいえ抵抗の意志を見せてしまったことであった。


「――――撃て!!」

「「はっ!」」


 帝国兵の中でもひときわ偉そうな声がそう命じた瞬間、その命令を受容した声とほぼ同時に、モナの足元には幾つもの弾丸が撃ち込まれた。


 ――――そして更にモナにとって不幸だったのは、彼女が逃げ込んだ先が宛ら袋小路に追い詰められたドブネズミの如く、切り立った崖の先端――おまけに大きな滝があり、進むことも戻ることも出来ない場所であったことと、咄嗟に足元への威嚇射撃を躱そうと飛び出した先が、空中だったことだった。

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― 新着の感想 ―
悲劇的な幕開けですが、文章に品があり、モナの「最低だ」という自省の念が後の成長や変化への強いフックになっていると感じました。とても読み応えのある導入部だと思います!
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