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【完結】公爵継承の条件が、堅物令嬢の心を掴むことだった  作者: 水瀬みずか


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第9話 リリベット視点

 その日は、ただの午後になるはずだった。


 王都の静かな通り。

人目を避けるように佇む、小さな茶房。

私はいつもの席で、読みかけの本を広げていた。


香りの弱い紅茶に控えめな調度。

社交から切り離された、この空間だけが私にとっての安全地帯だった。


「……失礼。」

不意に、声がした。

顔を上げると、見覚えのない令嬢が立っていた。


年は、私より少し上だろうか。

身なりは整っているが、どこか影がある。

社交慣れした微笑み――

けれど、目が笑っていない。


「相席、よろしいかしら。」

断る理由は、いくらでもあった。

だが、なぜか――口が動かなかった。

「……どうぞ。」

令嬢は、静かに腰を下ろす。

一拍の沈黙。

それから、彼女はためらいも前置きもなく、言った。

「スティーブ・グランフォード様と、お知り合いですよね。」

――空気が、止まった。



「……なぜ、それを。」

「あなたのこと、調べました。」

正直すぎる言葉だった。

「私は、エミリア・ヴァレンシュタイン。」

その名前に、覚えがあった。



噂話の中で、一度だけ聞いた名。

“令嬢殺し”の逸話に、はっきりと名前が残っていた数少ない一人。


「あなたに、忠告をしに来ました。」

私は、本を閉じた。

逃げることも、遮ることもできたけれど、私はそれをしなかった。


「忠告、ですか。」

「ええ。」

エミリアは、指先を組む。

「彼は、危険ですわ。」

即答だった。

「噂通り、女を捨てる男だから?」

「いいえ。」

彼女は、首を横に振った。



「彼は――優しいから」


同じ言葉、あの手紙と同じ評価。

「彼は、拒絶しませんでした。」

エミリアは、淡々と語る。


「私が弱っていたとき、彼は話を聞いてくれました。同情も、見下しもせず。」

「……。」

「だから、私が彼を好きになるのは、当然でした。でも、彼は約束をしなかった。」

それは、責める口調ではなかった。


「私は、勝手に期待して、勝手に傷ついただけ。それでも、泣いたわ。」

その一言が、重かった。



私は、静かに尋ねた。

「彼を、恨んでいるのですか。」

エミリアは、しばらく黙ったあと、小さく笑った。

「いいえ。恨めませんでしたわ。」


その答えが一番、胸に刺さった。

「だからこそ、あなたに言いたいのです。」

彼女は、真っ直ぐこちらを見た。

「彼に近づくなら、彼を変えようとしないで下さいませ。」

「……。」

「彼は、自分で変わらなければならない人です。」


それは……私が、思っていたことと同じだった。

「あなたが彼にとって、試練なのか救いなのかは分かりません。でも――」

エミリアは、席を立つ。


「彼の人生に関わる覚悟がないなら、最初から距離を保ってください。」

それだけ言って、去っていった。

残された紅茶は、すっかり冷めていた。



(……覚悟)

私は、カップに触れずに、窓の外を見た。

知らなかった。

けれど、知ってしまった。

彼が、誰かを壊したことも。

誰かに、救いとして映ったことも。

そして何より――私は、もう無関係ではいられない。


拒絶するだけでは済まされないのかもしれない。

その夜、私は初めてスティーブ・グランフォードの名前を祈るように、胸の中で呼んだ。

それが、自分の立場を危うくする行為だと知りながら。

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