第8話 リリベット視点
正直に言えば、
私は最初から、スティーブ・グランフォードという男を嫌悪していた。
理由は単純――噂。
令嬢殺し、口説いて、抱いて、飽きたら捨てる。
泣く女が何人出ようと意に介さず、それを武勇伝のように笑って語る男。
(最低)
それが、私の中の彼だった。
だから、父から
「グランフォード公爵家のご子息と、社交の場で顔を合わせることになる。」
と聞いたとき、迷いはなかった。
(近づかせないわ)
礼儀は守る。
だが、感情も、隙も渡さない。
そう決めて、晩餐会に臨んだ。
――けれど。
……想定外
彼は、噂通りではなかった。
いや、正確には――噂だけでは語れない男だった。
強引に来ない。
甘い言葉も投げない。
私が拒絶すれば、一歩引く。
それが、余計に厄介。
遊び人なら、もっと分かりやすい。
嫌えば、諦めるか、力押しする。
でも彼は、違った。
距離を保ったまま、こちらを伺っている。
(……何を、測っているの?)
それが、気に障り私は、調べた。
社交界で名前が挙がる過去の令嬢たち。
誰が、どんな噂を流し、
どこで泣き、どこで消えたのか。
結果は――
酷い。
確かに、彼は多くの女性と関係を持っている。
だが、捨てられた令嬢の中には彼を庇う者も、少なくなかった。
「無理強いは、されていない。」
「約束は、最初からなかった。」
「むしろ、私の方が――」
それでも泣いた事実は、消えない。
彼が軽率だったことも、否定できない。
だから私は、「噂は誇張だ」と切り捨てることもできず、全てが真実だと信じ切ることもできなかった。
中途半端な理解。
だからこそ――警戒するしかなかった。
そんな中で、王太子殿下の言葉。
――私が彼の未来を左右する、重要人物。
冗談じゃないわ。
私は、誰かの人生を試すために生きてきたわけじゃない。
それなのに「私の判断基準は、彼自身です」
あの時、私は自分でも驚くほど、はっきり言い切っていた。
(……なぜ、あんなことを)
答えは、簡単だった。
私はもう、噂の彼ではなく目の前の彼自身を見てしまっている。
庭園で、本を読んでいた私に近づき、拒絶されても怒らず、それでも視線だけは逸らさなかった。
謝罪をした、初めての男。
(……謝る人だなんて、聞いていない)
危険だ、と思う。
この人は、変わるかもしれない。
それを見届けたいと思ってしまう自分が、何よりも。
(私は、馬鹿ね)
感情は、武器になる。
だが同時に、致命傷にもなる。
だから決めた。
彼が本当に変わるなら、それは彼自身の力だ。
私は一線を越えない。
そう、思っていた。
その日の夜、部屋に戻った私は机の引き出しから一通の手紙を取り出した。
差出人は、かつてスティーブと関係を持った令嬢の一人。
『――あなたが彼に近づくなら、どうか、気をつけて。彼は、優しい人です。だからこそ、壊れやすい。』
(……ずるい)
胸の奥が、きしりと鳴った。
灰色の瞳に映る炎を、私は無理に消そうとした。
それが取り返しのつかない選択になるとも知らずに。




