第7話 判断基準
それから数日
王都では、春の社交シーズンを告げる催しが立て続けに開かれていた。
茶会、音楽会、慈善晩餐会。
どれも貴族にとっては顔を売り、立場を示すための戦場だ。
そして不思議なことに――
そのほとんどに、スティーブとリリベットは揃って姿を見せていた。
(なぜ、毎回いるのかしら)
リリベットは、扇子の陰からスティーブを盗み見る。
彼は相変わらず、人に囲まれていた。
笑顔、余裕、洗練された身のこなし。
令嬢たちの視線を一身に集めながらも――
(私には、近づいてこないのね)
約束は守られていた。
触れない、口説かない、必要以上に話しかけない。
それが逆に、周囲の好奇心を煽っていた。
「ねえ、あの堅実で控えめな御方をグランフォード様が、ずっと視線を向けているわ。」
「まさか、もう関係が?」
「随分と、これまでの噂の方々とはタイプが違うようね。」
囁き声が、耳に刺さる。
(面倒だわ)
リリベットは、あくまで平静を装ってシャンパンを口にした、その時。
「おや、これは珍しい組み合わせだな。」
低くよく通る声、空気が変わった。
スティーブが、ほんの一瞬だけ表情を引き締める。
「……殿下。」
現れたのは、スティーブとは従兄弟関係にある王太子アレクセイだった。
銀髪翠眼、非の打ちどころのない容姿。
だが、その瞳は笑っていない。
「噂は聞いているよ。ある令嬢にずいぶん手こずっているらしいな。」
(……噂?)
リリベットの背筋が冷える。
「誇張だ。」
「そうか? 私は“試験”の進捗を見に来ただけだが。」
王太子の視線が、リリベットへと向けられる。
「君が、リリベット嬢だね。」
「……はい。」
「安心するといい。君は、ただの被害者ではない。」
一瞬、スティーブの目が鋭くなる。
「殿下。」
「彼の未来を左右する、重要人物だ。」
アレクセイは微笑んだ。
リリベットは、胸の奥で何かが冷えていくのを感じた。
「失礼ですが。」
はっきりと言葉を選ぶ。
「私は、誰かの試験のためにここに居るわけではございません。」
「うん、だろうね。」
王太子はあっさりと頷いた。
「だからこそ、君は厄介だ。そこに情を挟めば、彼は落第する。」
「……。」
「情を挟まなければ、彼は合格する。」
静かな声。
「君は、どちらを選ぶ?」
スティーブは、黙っていた。
リリベットは、王太子を見つめ返す。
「一つ、訂正させてくださいませ。」
「ほう?」
「私は、この方を裁く気はございません。」
王太子の眉が、わずかに上がる。
「見るだけです。」
「結果がどうなろうと?」
「ええ。」
リリベットは、はっきりと言い切った。
「私の判断基準は、王家でも試験でもありません。彼自身です。」
王太子は、楽しそうに息を吐いた。
「……なるほど。これは面白い。」
彼は踵を返す。
「期待しているよ、スティーブ。君がどこで壊れるか、それとも――変われるのか、ね。」
その背が消えた後。
二人の間に、重い沈黙が残った。
「……すまない。」
スティーブが、初めて頭を下げた。
「こんな形で、君を巻き込んだ。」
リリベットは、しばらく黙っていたが――
「……今さらですわ。」
小さく、息を吐く。
「ただし、私の前で嘘をついたら、その瞬間に終わりです。」
「肝に銘じる。」
その時、リリベットは気づいてしまった。
(……危ない)
この人は変わろうとしている。
それを見続けることが、自分にとって安全なのか――それとも。
胸の奥に、小さなざわめきが生まれる。
それが後に、決定的な一線を越える前触れだとはまだ知らずに。




