第5話 拒絶
その夜
スティーブは自室で一人、暖炉の前に座り込んでいた。
グラスに注いだ琥珀色の酒は、ほとんど減っていない。
(……あり得ないだろ)
今日まで、彼が口説けなかった令嬢など存在しなかった。
笑顔を向ければ頬を染め、甘い言葉を落とせば視線を伏せる。
そうして一夜を共にし、翌朝には自分に恋をした瞳で見上げてくる――それが、スティーブにとっての「いつもの流れ」だった。
だが。
――リリベット・ノーランド。
昼間の彼女の顔が、否応なく脳裏に浮かぶ。
飾り気のない栗色の髪。
流行から微妙に外れた地味なドレス。
感情を映さない、冷ややかな灰色の瞳。
『私は、あなたと踏み込んだ会話をする気は更々ございません。』
あの一言。
拒絶でも、照れでもない完全な嫌悪。
スティーブは舌打ちをして、背もたれに深く体を預けた。
「……令嬢殺しも、地に落ちたものだな。」
後継者試験の内容を思い出す。
――指定した令嬢を口説き、一夜を共にし、次期公爵として相応しい対応を示せ。
――その一部始終を、報告書として提出せよ。
つまり、ただの遊びでは許されない。
相手の名誉、立場、感情――すべてに責任を持ったうえでの「結果」が求められている。
だからこそ、あの厄介な女を選んだんだろうが……。
父である現公爵の顔が脳裏をよぎる。
あの男は、スティーブが安易に成功することを決して望まない。
「……まずいな。」
リリベットは、今までの令嬢たちとは決定的に違う。
・自分に興味がない
・噂を信じ切っている
・むしろ近寄ること自体を不快に思っている
口説く以前の問題だ。
――それでも、試験は進む。
期限は刻一刻と迫っている。
翌日。
スティーブは意を決して、再びリリベットの前に姿を現した。
庭園の片隅。
彼女は一人、分厚い本を膝に置き、黙々とページをめくっている。
「……また、あなたですか。」
顔を上げるなり、露骨に眉をひそめる。
「光栄だな。そんなふうに覚えてもらえるなんて。」
「覚えたくて覚えたわけではありませんわ。」
容赦がない。
だが、スティーブは今日は引かなかった。
「君と話がしたい。……誤解を解くために。」
その言葉に、リリベットは静かに本を閉じる。
「誤解?」
「君が思っているほど、俺は――」
「軽薄で、女を泣かせて、責任も取らず、武勇伝のように語る最低の男ではない、と?」
淡々とした口調。
だが、その一言一言が、鋭く突き刺さる。
スティーブは、一瞬言葉を失った。
(……参ったな。)
彼女は、ただ噂を信じているのではない。
しっかりと調べ、判断したうえで、嫌っている。
リリベットは立ち上がり、スカートの埃を払う。
「あなたがどういうお方であろうと、私には関係ありません。」
そう言い残し、背を向ける。
――初めてだった。
女に、ここまで明確に線を引かれたのは。
だが不思議と胸の奥に灯ったのは、苛立ちよりも――
彼女の背中を見つめながら、ゆっくりと笑った。
「そう簡単に終わると思うなよ、リリベット・ノーランド男爵令嬢。」
遊び人と呼ばれ、数えきれない令嬢を落としてきた男が、初めて落とせない女に本気で向き合わされる。
この試験は、彼の人生そのものを変えるものになる――
まだ、そのことに気づいているのは、誰一人としていなかった。




