第4話 報告書
翌朝。
スティーブは、自室の机に向かいながら白紙の報告書を前に腕を組んでいた。
(……さて)
父・ジョージ公爵から渡された書式には、簡潔な項目が並んでいる。
・指定令嬢の印象
・接触の経緯
・一夜を共にする可能性
・次期公爵としての対応方針
(書けるか、こんなもの)
ペンを取る気になれず、スティーブは椅子に深くもたれた。
昨夜は、会話すら成立したか怪しい。
口説いたか?
否。
距離を縮めたか?
微妙。
一夜を共にする可能性?
――論外。
これをそのまま書いたら、不合格一直線だな。
だが……嘘を書くのは、違う。
その考えが浮かんだことに、スティーブ自身が驚いた。
今までなら自分の都合よく脚色し、それらしい成果を並べただろう。
だが今回は、あの目を軽く扱えない。
壁際で、静かにこちらを見ていたリリベットの視線。
警戒と嫌悪、そして――
ほんのわずかな、探るような色。
あれを見て何もなかった、は通らない。
結局、スティーブは報告書にこう記した。
初接触は失敗。
令嬢は、私を強く警戒している。
だが、その理由は感情的なものではなく、
私自身の評判に基づく理性的な判断である。
ペン先が止まる。
……理性的、か
自分がそう評価される側だったことは、今まで一度もなかった。
その頃
別邸の一室で、リリベットは静かに紅茶を飲んでいた。
「……不思議な方だわ。」
ぽつりと零れた独り言に、付き添いの侍女が目を瞬かせる。
「公爵家のご子息、でしたね。噂は……。」
「ええ。」
リリベットは、カップに視線を落とした。
「噂通り、でしたら楽だったのですが。」
(楽?)
自分でも、その言葉に違和感を覚える。
楽――つまり、
嫌悪して、拒絶して、終わりにできたはずだった。
(なのに)
彼は、踏み込んでこなかった。
拒まれても、怒りもしなかった。
取り繕うこともしなかった。
あれは……計算?
それとも。
リリベットは、かぶりを振った。
まだ判断するには早すぎる。
一度の晩餐会で、人は分からない。
だが、次に会ったら彼が同じ態度を取るかどうかで答えは出る。
その数日後。
スティーブのもとに、一通の短い知らせが届いた。
ノーランド男爵令嬢
王都滞在中
次回接触、許可
(……許可?)
スティーブは、思わず笑った。
試されてるな、完全に。
だが、胸の奥がわずかに高鳴る。
次は、逃げ場のない場所か。
口説くためではない、試験のためでもない。
ちゃんと、向き合うためにこうして令嬢殺しと呼ばれた男と、心を許さない令嬢の距離はほんの一歩だけ、動き始めた。




