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【完結】公爵継承の条件が、堅物令嬢の心を掴むことだった  作者: 水瀬みずか


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第24話

 晩餐会の喧騒は、遠い。

音楽も、笑い声も、すべてが膜一枚向こう側の出来事のようだった。

スティーブの言葉だけが、胸の奥に残り続けている。

――待っててくれ。

リリベットは、そっと胸元に手を当てた。

鼓動が、早い。

そんなふうに言われたのは、初めてだった。

連れていくでもなく、縛るでもなくただ「待ってほしい」と願われることが。



晩餐会が終わり、夜気が廊下を満たし始めた頃。

「リリベット嬢。」

その声に振り向くと、スティーブが立っていた。

先ほどまでの緊張はそのままに、しかしどこか決意を帯びた表情。


「お約束通り、馬車を。」

差し出された手袋越しの手。

一瞬の迷いのあと、リリベットはその手に指先を重ねた。

触れた瞬間、彼の指がわずかに震えたのを見逃さなかった。



馬車の扉が閉まる。

外界の音が遮断され、小さな空間に二人きり。

向かい合って座る距離が、やけに近い。

「……緊張してる?」

スティーブが、苦笑混じりに尋ねる。

「ええ。あなたが、こんなに黙る方だとは思いませんでした。」

「俺もだ。」

彼は、ゆっくりと息を吐いた。

「きみと二人きりになると、軽口を叩く余裕がなくなる。」

馬車が揺れるたび、肩が触れそうになる。

触れない、その距離。

「触れないんですの?」

思わず、口にしてしまった。

スティーブの視線が、強くなる。

「触れたら、止まれなくなる。」

正直すぎる答えに、頬が熱くなる。

「でも。」

彼は、そっと手を伸ばし、

リリベットの指先に、指先だけを重ねた。

絡めない。

握らない。

ただ、確かめるように。

「これなら、許してくれる?」

胸が、きゅっと締めつけられる。

「……ずるいですわ。」

「知ってる。」

そう言って、彼は微笑んだ。

令嬢殺しの笑みではない。

誰かを大切に思う男の、それだった。

「俺は、きみを急がせない。」

指先が、そっと温度を伝える。

「答えは、晩餐会でいい。でもそれまでは――」

少しだけ距離を詰めて、低く囁く。

「俺の視線も、時間も、全部きみに向ける。」

心臓が、音を立てる。

「他の誰にも、同じ顔は見せない。」

それは、

遊び人が初めて差し出す、独占欲だった。


額に、そっと口づけが落ちる。

唇ではないけれど、確かに「選ばれている」感触。

「晩餐会まで、覚悟しておいて。俺はもう、逃げないし、離さない。」

馬車は、静かに屋敷へ向かう。

夜は、まだ長い。

期限は迫っている。

けれど――

その夜、リリベットは確信していた。

この男は、遊び方を忘れた。

そして。

自分はもう、逃げられない。

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