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【完結】公爵継承の条件が、堅物令嬢の心を掴むことだった  作者: 水瀬みずか


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第22話 両片思い

 それに気づいたのは、晩餐会のほんの少し前だった。

 人目を避けるように控えの回廊を歩いていたリリベットは、ふと足を止める。


 低く抑えた女の声。

 そして――聞き覚えのある、男性の声。

「スティーブ様、少しだけお時間を。」

 胸が、きゅっと縮んだ。

 柱の影から、そっと覗く。

 そこには、華やかな装いの令嬢が、距離を詰めて立っていた。


 ――近い。


 思わず、唇を噛む。

「噂は本当なの?もうお相手が決まったって。」

 令嬢は、冗談めかした声音で笑う。

 その手が、彼の袖に触れた。


(……離れて!!)


 心の中で、情けないほど必死に願ってしまう。

 だがスティーブは、その手をやんわりと外した。

「決まってはいませんよ。」

 一瞬、期待が胸に灯る。

 しかし、続いた言葉で――

「ですが、誰にでも同じ態度を取るつもりもありません。」

 令嬢は驚いたように目を見開き、次いで苦笑した。

「……そう。じゃあ、もう邪魔はしないわ。」

 去っていく背中。

 残されたのは、スティーブだけ。

「……まいったな。」

 彼は、深く息を吐き、額を押さえた。


 その横顔が、ひどく疲れて見えて。

 そして、なぜか――愛おしく見えてしまった。

(私ってば、何を……)


 嫉妬している。

 はっきりと。

 その事実に気づいた瞬間、胸の奥が熱くなる。

 ――いけない。

 そう思うほど、足が動かなくなった。


「リリベット嬢。」

 名前を呼ばれて、びくりと肩が跳ねる。

 気づかれていた。

 彼は、まっすぐこちらを見ていた。

 逃げ場はない。

「申し訳ございません……立ち聞きするつもりは、ありませんでした。」

 言い訳は、あまりに弱々しい。

「分かっています。」

 彼は、責めなかった。

 その代わり、少しだけ声を落とす。

「誤解されるような場面を見せてしまったなら、謝ります。」


 どうして。

 どうして、この人は――

「……嫉妬、しましたわ。」

 気づけば、口から零れていた。

 スティーブの目が、見開かれる。

「私、あなたを信用してはいけない立場ですのに。なのに、他の方と親しくされているのを見て胸が……苦しくて。」

 自分でも驚くほど、正直な言葉だった。


 

 次の瞬間、スティーブは一歩踏み出した。

 近い。

 けれど、触れない。

「それは私も同じです。」

 心臓が、大きく跳ねた。

「あなたが、私以外の誰かに向けて微笑むだけで、それを想像するだけで、落ち着かなくなる。」

 令嬢殺しと呼ばれた男の面影は、そこにはなかった。

 いるのは――不器用なほど真剣な一人の男。


「愚かでしょう?」

「いいえ。」

 即答だった。

「それは、とても――誠実ですわ。」

 リリベットの目が、潤む。

 スティーブは、ゆっくりと距離を詰めた。

 逃げないことを、確かめるように。


「触れても、いいかな。」

 問いかける声が、震えている。

 彼女は、ほんの一瞬迷ってから、頷いた。

 その瞬間、彼の腕がそっとリリベットを包む。

 強くはないけれど、逃がさない抱擁。


「……好きだ。」

 耳元で囁かれた声に、全身が熱くなる。

「選ばれるためではない。爵位のためでもない。」

 抱き寄せる腕に、力がこもる。


「あなたを失いたくない。」

 リリベットは、彼の胸元に顔を埋めた。

「……私もですわ。」

 小さな声。

「あなたが変わってしまったことが、怖いのです。でも、それ以上に――嬉しい。」

 彼は、くすりと小さく笑った。

「それは、光栄だ。」



 額に、そっと唇が触れる。

 キスではない。

 けれど、それ以上に甘い。

 期限はまだ残っている。

 答えは、まだ出ていない。


 それでも、この瞬間だけは確かだった。

 二人は同じ場所で、同じ想いを抱えている。

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