第20話
※公爵視点
その日は、あまりに静かだった。
執務室の窓から差し込む午後の光は柔らかく、
まるで――今日が区切りの日だとは思わせない。
私は、机の前に立つ息子を見た。
「期限を決める。」
前置きは、それだけで十分だった。
スティーブは、わずかに目を細める。
「いつまでですか。」
「次の王城主催晩餐会まで。そこで、結論を出せ。」
・令嬢を選ぶのか
・責任を示すのか
・それとも――爵位を継がないのか
「逃げ道はない。」
私は、淡々と告げた。
「令嬢に対し、お前がどういう男であるかを示せ。」
視線を、真正面からぶつける。
「拒絶されたままでも、相手の人生を踏み荒らさずにいられるか。それが出来ぬなら、お前は公爵に相応しくない。」
スティーブは、反論しなかった。
ただ一言。
「分かりました。」
その声は、以前の軽薄な息子のものではなかった。
(――さて)
私は、心の中で息をつく。
賭けは、もう終盤だ。
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※リリベット視点
その知らせを聞いたのは、何気ない午後だった。
庭で刺繍をしていた私のもとに、侍女のエマが少しだけ声を潜めて告げる。
「次の晩餐会で、いろいろ決まるそうです。」
「いろいろ、とは?」
針を進めながら問い返すと、エマは言葉を選んだ。
「……ご縁、などかと。」
指が、止まった。
(……そう)
分かっていたはずなのに。
いつまでも、この曖昧な時間が続くわけがないことくらい。
私は、何を期待していたのだろう。
軽薄で、噂ばかりが先に立つ男。
信用するつもりなど、なかった。
――最初は。
それなのに拒絶しても、距離を取っても、彼は踏み込まなかった。
追わず、縛らず、誓いも口にしない。
ただ向き合おうとする。
「……私、変かしら。」
思わず、零れた。
エマが驚いたようにこちらを見た。
「最近、あの方のことを考えてしまうの。信用してはいけない、と分かっているのに。」
エマは、そっと微笑んだ。
「それは、信用してしまいそうだからでは?」
胸の奥が、静かに痛んだ。
違う、はず。
私は彼の未来に、私が関わる理由などない。
それでも。
次の晩餐会という言葉が、胸の奥で重く沈む。
針先が、わずかに震えた。
「ねぇ、エマ。」
「はい。」
「もし、人は簡単には変われないとしても、それでも変わろうとする姿を信じてしまったらそれは――間違いなのかしら。」
エマは、答えなかった。
ただ、そっと日差しを遮る位置に立つ。
逃げ場のない期限が、静かに迫っている。
そして私は、もう気づいてしまっていた。
――彼が、私の人生に足を踏み入れつつあることに。




