第2話 出会い
指定された令嬢と初めて顔を合わせる場は、王都で開かれる小規模な晩餐会だった。
(ノーランド男爵令嬢、か)
スティーブは会場に足を踏み入れながら、頭の中で条件を整理していた。
新興の男爵家、堅物令嬢。
父がわざわざ指定してきたということは、多少面倒でも、まあ――
「……は?」
思わず、足が止まった。
会場の片隅
人だかりからも外れ、まるで背景の一部のように立っている令嬢がいた。
淡い色のドレス。
装飾は控えめどころか、ほぼ皆無。
髪はきっちりとまとめられ、宝飾品は一切身に着けていない。
流行とも、貴族令嬢の戦装束とも程遠い。
(……侍女か?)
いや、違う。
立ち居振る舞いは、間違いなく教育を受けた令嬢のものだ。
「まさか……。」
スティーブは、近くにいた給仕に視線で尋ねた。
給仕は小声で答える。
「ノーランド男爵令嬢、リリベット様です。」
(冗談だろ)
社交界で令嬢殺しと呼ばれた男の第一印象は、困惑だった。
(父上は本気か?)
スティーブは一度、深呼吸をした。
――仕事だ。これは試験だ。
彼はいつもの笑みを浮かべ、リリベットへと近づいた。
「ご令嬢こんばんは。スティーブ・グランフォードです。」
返事は、なかった。
正確には、視線だけが一瞬だけこちらを見て、すぐに逸らされた。
(……聞こえなかったか?)
「今夜は随分と控えめな装いですね。とても――」
「必要ありません。」
きっぱりとした声だった。
「?」
「あなたの感想も、評価も、好意も。」
リリベットは、スティーブを一瞥しただけで、再び壁に視線を戻す。
「私は社交の場が好きではありませんので。」
(おい)
スティーブは、内心で眉をひそめた。
ここまで露骨に距離を取られたのは、初めてだ。
「……失礼。何か、気に障ることを?」
「いいえ。」
即答。
「あなたが噂通りの方だと確認できただけです。」
「それは、どの噂でしょう?」
リリベットは、ほんの一瞬だけ微笑んだ。
だが、それは社交的なものではない。
「令嬢を口説いては捨てる方という噂です。」
――ド直球。
スティーブは、言葉を失った。
「噂というものは事実と異なることも多い。誤解ですよ。」
「そうでしょうか。」
彼女は静かに言った。
「でしたら、なぜ今、私の前に立っているのです?」
(……鋭い)
スティーブは初めて、この令嬢が地味という言葉では片付けられないと悟った。
「何の為でしょう?」
リリベットの声は低く、冷静だった。
「いつもの遊びですか?」
(……父上、これは聞いてない)
「どちらにせよ。」
彼女は一歩、距離を取る。
「私は、あなたと踏み込んだ会話をする気は更々ございません。」
(あ、詰んだ?)
スティーブは、人生で初めて口説く以前の問題に直面していた。
(……なるほど)
父の言葉が、脳裏をよぎる。
――相応しい対応を取れ。
(面白い)
スティーブは、ゆっくりと笑った。
「なら。」
彼は、いつもの軽口を封印した。
「口説くのは、後にします。」
リリベットが、わずかに眉を動かす。
「今夜は、話すだけでいい。」
「……?」
「俺は、あなたに嫌われている理由を知りたい。」
しばらく沈黙の後やがて、リリベットは小さく息を吐いた。
「変わった方ですね。」
「よく言われますよ。」
「……。」
少しだけ。
ほんの少しだけ、彼女の表情が緩んだ。
(――ああ)
スティーブは悟った。
この令嬢は、
簡単に落ちない。
いや――落とせない。
そしてそれが、ひどく、興味深かった。




