第19話
その招待状を見た瞬間、スティーブは嫌な予感しかしなかった。
――郊外の別邸での少人数の茶会。
名目は、静養を兼ねた親睦。
参加者の名前を見て、確信する。
(……父上だな)
逃げ道がない。
人数が少なすぎる。
偶然を装うには、出来すぎている。
案の定、馬車を降りた先で待っていたのは、父だった。
「来たか。」
「これは試験ですか?」
「さあな。」
公爵は、わずかに口角を上げる。
「ただ、君と例のご令嬢が落ち着いて話せる場を用意しただけだ。」
(嘘だな)
だが、拒否権はない。
屋敷の奥、庭園に面した小さな客間。
逃げ場は、ない。
リリベットは、既にそこにいた。
柔らかな色合いのドレス。
だが、どこか緊張した面持ち。
(父上は本気で来たな)
侍女も、使用人も、距離を取っている。
二人きりにならないようで、完全に一人にはならない絶妙な配置。
「今日は、長居しません。」
スティーブは、最初にそう告げた。
「逃げられない場所に呼ばれたのは事実ですが、無理をする気はありません。」
彼女は、驚いたように目を瞬かせた。
「本当に、不思議な方ですね。」
「俺も、そう思うよ。」
軽口を叩く余裕はない。
ここは、誤魔化しが通じない場所だ。
しばし沈黙が流れる。
だが、逃げ出すほどではない沈黙。
だが、前とは違う。
彼女は、警戒している。
けれど――拒んではいない。
(父上は、これを見せたいのか)
息子が拒絶されてもなお、どう振る舞うか。
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※リリベット視点
(……逃げられない)
部屋に入った瞬間、
そう理解してしまった。
――これは、用意された場だ。
けれど、目の前の彼は私を追い詰めるような視線をしていない。
触れようともしない。
距離を詰めてもこない。
ただ、待っている。
(……どうして)
今まで出会った男性たちは、逃げ場を与えないことを優位だと思っていた。
でも、この人は違う。
逃げ場がないと分かっていて、それでも踏み込まない。
「どうして、何もしないのですか。」
気づいたら、私の方から問いかけていた。
スティーブは、一瞬驚いたあと静かに答えた。
「君が、嫌がることはしたくない。」
胸の奥が縮むのが分かる。
「私は、あなたを信用しておりませんわ。」
「知ってる。」
「噂も、過去も消えません。」
「それも知ってる。」
彼は否定しない、言い訳もしない。
「それでも、話している私がおります。」
言ってしまってから、はっとした。
(私ってば一体何を……)
スティーブは、ほんの少しだけ目を細めた。
「それで、十分だ。」
その言葉に胸の奥で何かが、音を立てて崩れた。
これは、一線を越える感覚だ。
私は、立ち上がる。
「今日は、これ以上は……。」
「分かってる。」
引き留めないし追わない。
それが余計に心を揺らす。
部屋を出る直前、私は振り返ってしまった。
「……あなたは本当に、勝手な方ですわ。」
スティーブは、微笑んだ。
「今夜は、それでいい。」
――その瞬間、私は悟った。
(……私の方が、先に踏み出してしまった)
拒絶し距離を保っていたはずなのに。
彼を試験対象としてではなく。
一人の人として、見始めてしまった。




