第18話
※侍女 エマ視点
リリベット様は、嘘をつくのが上手だ。
けれど――感情をごまかすのは、昔から下手だった。
(やはり)
湯を替え、カップを下げながら、私は何気なくお嬢様の横顔を見る。
伏せられた睫毛、指先に力が入っている。
いつもなら、晩餐会の後は淡々としていらっしゃる。
誰と会おうと、誰に何を言われようと、心を乱すことなどない。
それが今夜は。
馬車で送ってもらっただけ。
それだけで、ここまで。
――危険だ。
けれど同時に、噂のあの方が乱暴に踏み込む人間ではないことも分かる。
(だからこそ、厄介なのです)
私は、何も言わずに灯りを落とした。
忠告はした。
あとは――
お嬢様ご自身が、選ばれることだ。
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※スティーブ視点
馬車の扉が閉まり、夜気が一気に入り込む。
スティーブは、深く背もたれに身を預けた。
(やってしまったな)
派手な失敗ではない。
だが、確実に踏み込んだ。
彼女を追い詰めたわけでも、言い負かしたわけでもない。
ただ――
逃げ道を、用意しなかった。
嫌がられてたら終わりだと、そう思っていた。
だが違う。
彼女は、逃げなかった。
馬車の中、狭い空間、夜、密室。
条件としては、令嬢殺しと謳われた自分が最も得意とする場面だったはずだ。
けれど、何もしなかった。
触れない、囁かない、甘い言葉も、ない。
ただ、彼女が落ち着くまで待った。
それが、俺の選択。
リリベットは終始、窓の外を見ていた。
けれど――
時折、こちらを気にしているのが分かった。
視線ではなく気配で。
あのタイプは心を許す前に、何度も距離を測る。
不用意に近づけば、即座に拒絶される。
だからこそ――
「今日は、ここまででいい。」
そう告げた時、彼女がわずかに目を見開いたのを俺は見逃さなかった。
動揺させたことが勝利ではない。
だが――確実に何かが動いた。
屋敷に戻ると、机の上の報告書用の紙が目に入る。
――指定した令嬢を口説き、一夜を共にせよ。
苦笑が漏れた。
「……無理だな、これは。」
今までなら簡単だったはずだ。
だが今は彼女を結果にしたくない。
そんな考えが浮かぶ時点で、もう後戻りはできない。
(父上は、気づいてるだろうな)
あの目だ。
すべてお見通し。
ベッドに腰を下ろし、天井を仰ぐ。
強気でも冷淡でもない揺れた瞬間の、あの表情。
(……反則だ)
落としたいわけでも、征服したいわけでもない。
ただ――もう一度、話したい。
それだけだった。
スティーブ・グランフォードは、
初めて「急がない夜」を過ごしながら確信していた。
この試験は、期限内に終わるものではない。
そして――
終わった時、今までの自分ではいられない。
そんな予感だけが、胸の奥に静かに灯っていた。




