表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】公爵継承の条件が、堅物令嬢の心を掴むことだった  作者: 水瀬みずか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/26

第17話 変化

 部屋の扉が閉まった瞬間、私はその場に立ち尽くした。


――静かすぎる。

馬車の揺れも、彼の声も、もう、どこにもない。


手袋を外そうとして、指がもつれる。

たったそれだけのことで胸がざわついた。


送ってもらっただけ。

会話も、触れ合いも最低限。



それなのに――

どうして、こんなにも胸の奥が落ち着かない。



ノックの音がした。

「リリベット様。お戻りでしたら、お茶を。」


入ってきたのは、私の専属侍女――エマ。

幼い頃から、ずっと私の傍にいる。


「……ありがとう。」

声が、少しだけ掠れた。


エマは一瞬、手を止めた。

「……お嬢様?」



(しまった)

いつもなら、

こんな些細な変化、見逃させたのに。

「何でもないわよ。」


そう言って、椅子に腰掛ける。

だが――

エマは、誤魔化されない。


「……晩餐会で、何かございましたか?」

慎重な問いかけ。

詮索ではない。


「何もないわ。」


けれど、エマは視線を外さなかった。


カップを差し出しながら、

低い声で言う。

「そのお顔は、何もない時のお顔では、ございません。」


(エマには隠しきれないわね)


「馬車で、送っていただいただけです。」

事実だけを、落とす。

「グランフォード卿に?」

「……ええ。」


エマの眉がほんのわずかに動いた。

それだけで、十分だった。


「それで?」

「それだけよ。」


嘘ではないけれども。


エマは、

ティーポットを置き、私を見た。

「あなた様は“それだけ”で、そんなふうに動揺なさる方ではありません。」


胸を見透かされた気がした。

私は、思わず視線を逸らす。


「……嫌な方だと思っていたの。」

ぽつり、と零れる。

「今も?」

エマの声は、優しい。


「……分からないわ。」

その答えに、自分が一番驚いた。

嫌悪でも、拒絶でもない。

“分からない”。

それが、どれほど危ういか。


「ねぇ、エマ。私、今まで――」

言葉が、続かない。

エマはそっと微笑んだ。


「存じております。リリベット様は、人に心を許す前に、必ず距離を測られます。測って、測って、安全だと分かったところで、初めて一歩、踏み出されるお方です。」


私は何も言えなかった。


エマは、静かに続ける。

「今夜は、その一歩手前まで近づかれたようにお見受けします。」


胸が、きゅっと締め付けられる。


(違う、と言えない)


「お気をつけくださいませ。優しい方ほど、静かに入り込んでまいります。」


私は、膝の上で拳を握った。

「分かっています。」


(でももう、遅いのかもしれない)


窓の外を見ながら、私は思う。

彼の声、触れなかった手、「今日は、ここまででいい」という言葉、――拒まれなかった距離。



困るわ。

こんなふうに、人を信じてしまいそうになるのは。


灯りを落とした部屋で私は長い間、眠れなかった。

そして、気づいてしまう。

彼と再会することを、どこかで待っている自分に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ