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【完結】公爵継承の条件が、堅物令嬢の心を掴むことだった  作者: 水瀬みずか


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第16話 帰り

 馬車の扉が閉まった瞬間、外界の音がすっと遮断された。


――逃げ場がない。


その事実を、私は遅れて自覚した。

(……断るべきだったかしら)



けれど、あの場で「結構です」と言えるほど、私は平然としていなかった。


晩餐会の余韻、彼の視線、周囲の空気

すべてが、私を一人で帰すことを許さない流れだった。


「……緊張してる?」

向かいに座る彼が、そう言った。


「しておりませんわ。」

反射的に返す。

嘘ではない。


ただ――平気、ではない。


馬車は静かに走り出す。

車輪の音が、一定のリズムを刻む。

距離は、近い。

膝と膝が触れそうで、触れない。

視線を上げれば、彼と目が合ってしまう。

だから私は、わざと窓の外を見るふりをした。



「無理に話さなくていい。」

そう言われたとき、

胸の奥が、わずかにざわついた。


(……話さなくていい、なんて)


普通は、沈黙を恐れるものだ。

特に、彼のような人は。

「てっきり沈黙が嫌いだと思っておりました。」

思わず、口に出ていた。

彼は少し驚いた顔をしてから、

肩をすくめる。


「嫌いだったよ。昔は。」


過去形のその言い方が、なぜか気になった。


「……今は?」

問い返してしまった自分に、内心で驚く。


(しまった)


彼は、すぐに答えなかった。

考える時間を、きちんと取っている。


「相手が嫌がってる沈黙なら、嫌いだ。だが、相手が考えてる沈黙なら待てる。」


その言葉は、

静かで、飾り気がなくて胸に、すとんと落ちた。


(……やっぱり、この方はずるいわ)


そんな区別をされたのは、初めてだった。

馬車が、大きく揺れる。

その拍子に、私の身体がわずかに傾き反射的に、彼の手が伸びる。


触れたのは、腕の外側。

指先が、ドレス越しに、ほんの一瞬。

――それだけ。

彼は、すぐに手を引いた。



「申し訳ない。」


謝罪は、短く、必要最低限。


それが、どうしようもなく意識に残る。

これまで出会った男性なら、そのまま距離を詰めたであろう。

冗談にして、触れ合いを既成事実にした。

けれど彼は、触れたことを“なかったこと”にしなかった。


謝って、引いた。

馬車の中の空気が、少し変わる。


「……どうして、私なのですか。」

気づけば、そんなことを聞いていた。


(聞くつもりなんて、なかったのに)


彼は、即答しなかった。

その沈黙が、先ほどより長い。


「理由を言ったら、逃げる?」

「……分かりませんわ。」


正直な答えだった。


「じゃあ、今は言わないよ。」

その判断に、

胸が、また小さく揺れる。


欲しい答えを、無理に与えない。

欲しくない距離を、無理に縮めない。

それは私にとって、とても危険だった。


なぜなら――

安心してしまうじゃないの。


馬車は、目的地に近づき終わりが、見える。

それが、少しだけ惜しいと思ってしまった自分に私は気づいてしまった。


扉が開く直前、彼が言った。

「今日は、ここまででいい。」

まるで、

自分に言い聞かせるように。


「また会おう、リリベット嬢。」

強制でも、約束でもない。



それなのに――

私は、小さく頷いていた。

馬車を降り、背後で扉が閉まる。

夜気が、急に冷たく感じられた。



この人と一緒にいると、自分が少しずつ堅物な令嬢でいられなくなる。

それでも胸の奥に残ったのは、恐怖ではなく静かな期待だった。

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