第15話 リリベット視点
小規模な晩餐会は、苦手だわ。
大広間ほど形式に守られず、私的な集まりほど気楽でもない。
距離が近い分、視線も感情も隠しきれない。
(……やはり、いらしたのね)
彼――グランフォート公爵家の子息。
噂ばかりが先に立つ、軽薄で女遊びが激しく「令嬢殺し」とまで呼ばれる人物。
正直に言えば、最初から関わりたくなかった。
(近づかないでほしい)
そう願っても、
この程度の規模の晩餐会では、願いは簡単に裏切られる。
「ご機嫌いかがだろうか。」
声をかけられた瞬間、自分でも驚くほど身体が強張った。
逃げたい、と思った。
けれど――
逃げる理由は、ない。
逃げれば、私が警戒していると示すことになる。
それは、今の立場では好ましくない。
「今夜は、随分と賑やかですわね。」
感情は乗せず無難な返答。
彼は、私が視線を合わせないことを、責めなかった。
それが、ほんのわずかに意外だった。
これまで接してきた男性たちは、
視線を合わせない私を「無礼」「愛想が無い」「興味が無い」と解釈し苛立ちを見せるか、逆に甘く取り繕おうとした。
けれど彼はただ、そこに立っていた。
「逃げないんだな。」
唐突な言葉。
「逃げる理由がありませんので。」
すると彼は、軽く笑った。
――けれど、それは
噂で聞くような、人を口説くための笑みではなかった。
(……妙な人)
そう思ってしまった時点で、
ほんの僅かに、私の負けだったのかもしれない。
「君と、ちゃんと話をしたい。」
そう言われたとき胸の奥が、ひくりと揺れた。
(ちゃんと、話す?)
甘言でも、駆け引きでもない。
警戒は、解けない。
信頼など、まだ遠い。
それでも――
(この人は、私を“攻略対象”として見ていない)
その感覚が静かに、確かに胸に残った。
「私は、あなたと関わりたくないだけです。」
拒絶の言葉を選んだのは、これ以上踏み込まれないため。
それでも彼は引かなかった。
「嘘だな。」
そう言われたとき、思わず彼を見てしまった。
(……なぜ、分かるのかしら)
「嫌うなら無視すればいい。でも、君はそうしない。」
――見透かされた。
怖い、と思った。
同時に、ほんの少しだけ心が軽くなった。
(この人は、私の沈黙を拒絶と決めつけない)
それは、これまで誰もしてくれなかったことだ。
「あなたは、人を巻き込む方ですのね。」
精一杯の距離を保つ言葉。
「よく言われるよ。」
それでも彼は一歩踏み込まず、一歩引いた。
「今夜は、これ以上追わないでおこう。」
――その選択に、私は思わず安堵してしまった。
(……ずるい)
逃げ場を塞ぎながら、逃げる自由を与える。
最後に彼は言った。
「次に会うときは、逃げなくていい場所を用意する。」
約束でも、強制でもないただの宣言。
背を向けながら、私は小さく呟いていた。
「……本当に勝手な方ですのね。」
けれど――
胸の奥で、確かに何かがほんの少しだけ緩んでいた。
それが何なのか、今はまだ名前をつけない。
名前をつけてしまえば、きっと戻れなくなるから。
けれど、次に会うとき――
私は、彼の前から逃げないかもしれない。
その予感だけが、静かに残っていた。




