第14話 公爵視点
私は、グラスを静かに置いた。
音を立てぬよう、誰にも余計な注意を向けさせぬように。
晩餐会は、穏やかに進んでいる。
笑い声もあり、音楽も会話も、すべてが整っている。
――だが、この場にいる者の中で、
本当に落ち着いていないのは、息子だけだ。
スティーブは今、これまで一度も経験したことのない状況に置かれている。
追えば逃げられる。
甘言は通じない。
肩書きも、容姿も、噂も――武器にならない。
それでもなお、彼はリリベット嬢の前に立っている。
(……逃げなかったか)
ほんの少し前の彼なら、「手強い女だ」と笑って身を引いただろう。
だが今は違う。
拒絶されても一歩引き、距離を測り、それでも視線だけは逸らさない。
それは、欲しいという衝動ではない。
息子なりに理解しようとしている。
私は、そこにだけ小さく評価を与えた。
リリベット嬢は、相変わらず必要以上の言葉を使わない。
礼儀正しく丁寧で、だが心を許す気配はない。
――当然だ。
彼女は、守られるためにここにいるわけではない。
寄りかかるために、選ばれるためにこの場にいるわけでもない。
(それを理解できるかどうかだ)
男は、
“守る”という言葉を都合よく使う。
だが、守るとは何かを知らぬ者ほどそれを口にしたがる。
私は、あえて息子に視線を向けない。
見ていることを悟らせてはならない。
これは、私からの試験ではない。
彼自身が、彼女の前でどんな男で在るかを選ぶ場だ。
やがて、
給仕の合図とともに、席が緩やかに移動する。
小規模な晩餐会ゆえ、自然と人の距離は縮まる。
逃げ場は、減る。
(次だな)
視線の端で、スティーブがほんの一瞬だけ呼吸を整えたのが見えた。
覚悟したか。
それとも、追い詰められただけか。
どちらでもいい。
この先で問われるのは、機転でも雄弁さでもない。
拒まれた後の態度。
触れられぬ領域への距離感。
相手が何者かを知らぬまま、敬意を払えるのかそれだけだ。
私は、会場のざわめきの中で小さく目を伏せた。
時間は、確かに限られている。
そしてその期限が来たとき――
彼が立っている場所が選ばれる側なのか、
それとも――
真実を知る資格すら持たぬ者なのか。
答えは、もうすぐ出る。




