第12話 逃げ場のない場所
その夜の晩餐会が終わっても、スティーブの胸の奥は妙に静まり返っていた。
(……拒絶されたまま、だな)
それでも、不思議と焦りはない。
翌日。
スティーブは父、ジョージ公爵に書斎へと呼び出された。
いつもと変わらぬ、重苦しい空気。
「進捗は?」
単刀直入な問いに、スティーブは肩をすくめる。
「嫌われてる。相変わらず。」
「ほう。」
否定も、失望もない反応。
それが逆に、神経を逆撫でする。
「だが、逃げなくなった。」
ジョージ公爵は、書類から視線を上げた。
「それで十分だ。」
「……?」
「逃げ場を与えるな。次は、こちらが場を用意する。」
その言葉の意味を、スティーブはその場では理解しきれなかった。
だが――
三日後、答えは提示される。
それは、公爵家別邸での非公式晩餐という名目だった。
招待客は、ごく少数。
形式ばらないが、主催は公爵家。
断る理由は、どこにもない。
(……逃げ場、ゼロだな)
馬車の中で、スティーブは苦笑した。
庭園に面した小さな食堂。
扉を開けた瞬間、視界に入ったのは――
リリベット・ノーランド。
いつもより、少しだけ柔らかな色のドレス。
それでも装飾は最低限。
だが、場に相応しいと誰もが思う洗練された佇まい。
「……聞いておりませんわ。」
彼女の第一声は、それだった。
「俺もだ。」
即答すると、リリベットは訝しげに彼を見る。
「偶然ですの?」
「信じないだろ。」
「ええ。」
だが――
今夜は、すぐに背を向けなかった。
ジョージ公爵が、ゆっくりと口を開く。
「二人きりにするつもりはない。だが、席は近い。」
逃げられない。
説明も、誤魔化しもできない。
(……父上、やりやがった)
食事が始まり、必要最低限の会話だけが交わされる。
だが、沈黙は重くない。
むしろ――張り詰めている。
「……昨夜の言葉。」
リリベットが、唐突に口を開いた。
「“逃げなくていい場所を用意する”と、仰いましたわね。」
「覚えててくれたか。」
「忘れようがありません。」
視線が、真正面からぶつかる。
「ここが、その場所ですか?」
「そうなるな。」
「相変わらず勝手ですわね。」
「否定はしないよ。」
しばらく、互いに何も言わなかった。
やがて、リリベットが小さく息を吐く。
「……逃げられない場を用意されるのは、正直、不快です。」
「だろうね。」
「ですが。」
彼女は、カトラリーを置いた。
「ここまでされて黙って帰るほど、私も従順ではありません。」
(――ああ)
スティーブは一切の駆け引きを捨てた。
「聞かせてほしい。なぜ、そこまで俺を拒む?」
リリベットは、少しだけ目を伏せ――
やがて、静かに。
「……あなたは、人の人生を軽く扱いすぎました。」
その一言は、噂ではなく感情だった。
逃げ場のない場所で、
スティーブ・グランフォードは
初めて真正面から過去と向き合わされる。
それが、
後継者試験の核心だと、彼自身はまだ気づいていない。




