第10話 スティーブ視点
最近、視線を感じる。
それも――
社交界特有の、好奇や値踏みのそれとは違う。
(……嫌な予感しかしない)
王都の通りを歩いていても、クラブで酒を飲んでいても、妙に観察されている感覚が抜けない。
「気のせいだろ。」
そう思おうとするが、こういう勘だけは外れた試しがない。
「スティーブ様。」
背後から、女の声。
振り返った瞬間、脳内で警鐘が鳴った。
(ああ……)
記憶に、いる。
忘れたくても、忘れられない部類の顔。
「……エミリアか。」
ヴァレンシュタイン伯爵家の令嬢。
泣かせた数少ない例外。
「お久しぶりですわ。」
社交的な微笑み。
だが、距離は詰めてこない。
それが、余計に刺さる。
「珍しいな。俺に声をかけるなんて。」
「ええ。ですが、今日は――あなたのためではありません。」
(だろうな)
「忠告です。」
その言葉に、スティーブは苦笑した。
「最近、よく言われる。」
「でしょうね。」
エミリアは、まっすぐに言った。
「噂のご令嬢に近づいていますね。」
――心臓が、僅かに跳ねた。
(なぜ、そこまで知っている)
「何の話だ。」
「惚けなくて結構ですわ。貴方は、あの方を落とせません。」
「……ずいぶん言い切るな。」
「ええ。経験談ですから。」
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
「彼女は、あなたを人として見ています。」
「それが、なぜ落とせない理由になる?」
「あなたは今まで、女性に自分を好きにさせる役しか与えてこなかった。」
「……。」
「でも、彼女は違う。」
エミリアは、静かに続ける。
「彼女は、あなたに“どう生きる男なのか”を問うでしょう。」
その言葉に、
スティーブは思わず息を呑んだ。
(……なんだ、それは)
「あなたは、逃げますか?」
エミリアは、問いかける。
「それとも――初めて、責任を持ちますか?」
「……。」
答えは、すぐに出なかった。
沈黙を肯定と受け取ったのか、彼女は少しだけ表情を和らげた。
「一つだけ、忠告を。」
「まだあるのか。」
「ええ。」
エミリアは、微笑んだ。
「彼女は、あなたを嫌っているのではありません。」
「?」
「失望することを、恐れているだけ。」
それだけ言って、彼女は去った。
一人残されたスティーブは、しばらく動けなかった。
頭を抱える。
だが――
胸の奥で、妙な熱が灯るのを否定できなかった。
面倒だ。
――だが逃げたいと思わない。
その夜、スティーブは報告書の白紙を前にして、ペンを取れずにいた。
「……まだ、書けないな。」
これは、
一夜の結果を書く試験じゃない。
自分が、どういう男になるかを
突きつけられる試験だ。
そして――
(リリベット)
彼女の冷たい灰色の瞳が、浮かぶ。
「落とす」なんて言葉では、もう足りない。
スティーブ・グランフォードは人生で初めて
選ばれる側に立たされていることを、
ようやく自覚し始めていた。




