1-4 門出
それから更に1月程の月日が流れただろうか。
相変わらず基礎魔力向上の修行を続けていた俺は、範囲の狭い簡単な魔術防壁であれば瞬時に、ほぼ体力消費することなく発現できるようにまで成長した。さらに
「うぉお!まじですげえや!これがデンキってやつか~!」
「全く同じものではないけど、まあ、明るさ的にはそうだな」
属性の練成にも力を入れた俺は、発現させた光迅玉を体の外で遠隔稼働させることに成功した。
それをランタンのような容器に入れてぶら下げたり据え置いたりすれば、立派な蛍光機器の出来上がりだ。
それこそ現に、いつも食事を摂っているテーブルの真上からランタンをぶら下げてみた。
「燃灯属性を基にするよりも明るくていいね……」
「ああ!燃灯玉の寂しげな明かりもいいが、これは家全体が明るくなった感じで最高だなあ」
どうやら満足してもらえたようだ。
もちろんこれも光迅属性の基礎力を向上するための立派な修行だった。
「もしかしたらこれも、賢龍神様の加護の一つなのかもしれないが…その可能性は低いかなぁ」
光迅属性の開花は、おそらくは俺自身の才能によるものだとオズが言った。
賢龍神は、あくまで歴史上の話だが、あまり攻性的な魔術を使用しなかったようなのだ。
「トウヤみたいに、生活に役立てようとしたヤツもいなかった。光迅=攻撃魔術って固定観念があるんだよ」
「実際に、光迅魔術は攻撃に使えばかなりの威力になる…とても、危険」
魔術に対する大体の知識は加護によって習得できているので、そのあたりのことは俺も周知していた。
だがやはり、生身の人間の言葉から得られるものの方が信憑性が強い。
「そういえば」
俺はふと疑問に思ったことを、2人に聞いてみることにした。
「オズとマナはあくまでも職業は『召喚術師』だけど、そもそもの魔術系統は何なんだ?」
「ああ」
オズも「そういえば」という表情になる。
「そういや話してなかったな!おれの系統は『燃灯』だ。今まで照明には俺の魔術を使ってた!」
「私は、『黒覆』…なんか、ちょっと暗くて嫌な感じだけど…」
「なるほど…2人とも攻性魔術の系統なんだな。まあ、マナは何度も手合わせしてるから予想がついてたけど」
この世界の魔術には『系統』というものがある。
魔術に目覚めて以降、初めて発現したオーラ、『術色』により系統が判明する仕組みだ。
『燃灯』『水清』『緑癒』
『甲地』『黒覆』『光迅』
の6つの系統が存在し、発現した自系統の魔術のみを成長させることが可能であり、それ以外の系統は基本的に発現させることができない。実際のところ、密かに光迅以外の魔術をイメージで発現させようと試みたが、全くできなかった。この理に関しては、賢龍神の力も及ばないらしい。
「そう、トウヤの言う通り、俺もマナも傾向的には攻性ではあるんだが」
「戦いを好む人たちみたいに、攻撃に魔術を使うこと…あまり好きじゃない…トウヤにやっていたのは、あくまでも、修行のため…」
「ああ、もちろんわかってるさ。2人を見てればわかるよ」
攻性・守性というグループも存在する。
燃灯・黒覆・光迅の3つが攻性に分類され、その使い手たちもやや戦闘を好む傾向があると言われている。
奇しくもここにいる3人ともが攻性魔術を自系統としているわけだ。
気になることの一つは解決した。あとはもう一つ。
「オズ、ちょっと相談があるんだが」
「ん?なんだ?」
「王都。俺はそこに行きたい。最初の目標はそこにあると思う」
オズの表情が固くなった。
「王都…か。そうか、そうだよなぁ、行かねえとだよな、やっぱり」
「ああ、勘だけどな」
「…わかってる。わかってる……んだが。なあ?マナ」
「うん…」
マナまで神妙な面持ちだ
「何かあるのか?」
「ああ、ある。…はぁ…トウヤには隠しても仕方ねえな」
「うん、話しておいた方がいい。そろそろだと思ってたから」
間違いなく重要な話だろう。俺は姿勢を正す。
オズは煙草に火をつけた。
「ふぅー……今、王都は、ちょいとやべえ状況になってる」
「ヤバい状況?」
「ああ。少し前までは、活気ある良い城下町だったんだ。マナともよく足を運んでた」
「召喚術に必要な道具や素材が、たくさんあるの…」
「なるほど」
オズはコクと頷き、続ける
「加護の恩恵で大体の歴史は把握してくれてるんだろうが敢えて言うぜ。この世界にはずっと昔から、よくねえ教団が存在してる」
その教団については知っていた。
「『邪術教』…ストレザ・ストレイ」
「そうだ。少し前までは静かなもんで、特になんの音沙汰もなく平和だったんだが…」
「2年くらい前に、王都を侵略したの」
「侵略…」
「ああ。俺とマナは、その頃まではもっと王都に近いとこで生活してたんだ」
なるほど、こんな広大な土地に一つだけ家屋があるのは少し不自然だと思っていたが、そのせいか。
「人気のないこんな場所まで来て、身を潜めて生活してるのにも理由がある」
オズは煙草を自らの火で消し炭にした。
「俺たちはこの約2年間、少しでも奴らに対抗できる戦力を得ようと、魔獣召喚の研究をしていたのさ」
「魔獣召喚って……それは」
「うん。禁忌の一つ。でも、そうでもしないと…一般教徒ならともかく、幹部には対抗できない…」
「そんなに強いのか?」
魔獣。召喚した者の命令にのみ従い、その命令をいかなる手段を用いてでも遂行する、意思を持たぬ獣。
遥か昔には召喚術を用いずとも当たり前のように存在し、兵器のように扱われていたようだが、ある時を境に絶滅したとされている。
「ああ、強い。悔しいがな」
「強力な魔力を持った人たちが集まってる…」
「なるほどな……でも、そんな奴ら相手に、どうして2人がそこまで…」
「復讐……」
マナが、小さくも力のこもった声で言った。
「…復讐?」
「俺とマナは、邪術教徒に家族をやられてるんだ」
「なっ…」
「両親はもちろん……私のお兄ちゃんと、オズの……妹も」
いくら俺が賢龍神の加護を受けたとは言え、人一人の身に起きた出来事や過去まで知ることはできない。
やや重い衝撃が、鈍く俺の胸を打った。
「あいつらは、王都の周辺の村や集落を片っ端から潰していった。その中でも魔力の強い者だけを、奴隷という名の人質にして攫っていった」
「…」
「俺とマナは、それぞれ違う村の出身だったんだが、幸いにもお互い逃げ切って、ある時ばったり出会ったのさ」
「なる、ほど…」
そうだ。ここはアニメや漫画の世界じゃない。1つの現実なのだ。
キャラクターの壮絶な過去や悲劇などは見聞きし慣れているつもりだったが、リアルだとこうも空気が重くなるのか。
「俺とマナは何の悪戯か、たまたまそれぞれの村で一番魔力が強かった。つまり…真っ先に狙われた」
「でも、私はお兄ちゃんに、オズは妹さんに庇われて……強引に逃がされた」
オズは「へっ」と吐き捨てるように悪態をついた。
「情けねえ。情けねえよなあ本当によ。自分より5つも下の妹に庇われて、逃がされるなんてよ」
「…」
言葉が出てこない。
「そんな感じで王都近辺から離れたもんだから、その後、今あの辺がどんな状況になったかまでは、正直わからねえ。だが…俺とマナはそれから、とにかく寝る間も惜しんで魔術に没頭した。」
「そうしているうちに、魔獣召喚についての文献にたどり着いて…」
「……今に至るってわけか…」
どう声をかけたらいいのか、散々迷った挙句が、まとめるだけの言葉だった。
ただ一つ、聞いておきたいことがあった。
「オズとマナは、魔術を戦闘に使いたくないと言ってたが……実際のところはどうなんだ?」
「実際?」
「禁忌とはいえ、魔獣召喚に手を出せるレベルの術者はそういるもんじゃないだろ。……本当は2人の力だけでも、十分に戦えるんじゃないのか?」
「…」
「…」
2人とも黙ってしまった。
少ししてから、オズが口を開く。
「笑うんじゃねえぞ、トウヤ。…俺も、マナもな……怖いんだよ」
「怖い?」
「ああ。確かに俺らはもう、そこそこ戦えるレベルの術者になってる。特にマナはな」
「……やっぱりそうか」
マナとの修行で思考に割く余裕ができてから、俺はマナの魔術力について考察することが増えていた。
マナは、散弾として放出されるいくつもの魔力玉を、精巧に操作して俺に当てようとしてきていた。
例えば1つを避けたとしたら、死角から別の魔力玉が襲い掛かってくるのだ。先を読んでいるように。
巧みな魔力操作術もさることながら、戦闘におけるセンスが半端じゃないと思っていた。
「それでもな……考えてもみろ。いくら相手が邪術教とは言え、自分たちの魔術が…」
「……人を、殺してしまうかもしれない…」
ああ、そうか。
この2人は本当に、優しい。
「……けどそれは」
だからこそ、心を鬼にして言うべきだろう。
「2人が生み出した魔獣が誰かを殺しても、同じことなんじゃないか?」
「……!!」
オズが、はっとする。
「悪い。心無いことを言っているのは自覚してるから許してほしい」
「……」
マナは俯いている。
「2人がやろうとしていることは、手段が違うだけで結果は同じだ」
俺は続ける。
「復讐心を否定するつもりは全くない。けど、相手を殺してでも復讐するってことは同時に、自分の命も賭けないといけないってことだ。たとえ魔獣であっても、自分以外の手であっても、殺しているのは自分だ」
「……なんも、言えねえよ。その通りだ。俺たちはずっと、その気持ちに悩まされてきた」
オズは膝の上で拳を握りしめ、悔しそうにしている。
「覚悟が、足りねえんだ。いくら強い魔術を得たって、それを使う覚悟がねえなら、使うべきじゃねえ」
「それでも……召喚術の研究はやめられなかった」
「そうさ。やめられるわけがねえ……邪術教は、なんとかしなきゃいけねえんだ。ずっと昔から、消されるべき奴らだったんだ。でも、恐れて誰もやらねえ。できねえ。だったら、俺たちがやるしかねえじゃねえか……そこまでは、わかってんだよ…」
そこまで話させて、俺はあえて
にっと笑った
「…トウヤ…どうして、笑うの…」
マナが悲しそうな顔をする。
「…その、魔獣が召喚できるような召喚術で、俺が現れた。これはチャンスだ」
「え…チャンス…?」
「どういうことだよ、トウヤ」
「本気で復讐したいなら、利用できるもんはなんでも利用しようってことさ。おれは魔獣とは違って、言葉も喋れて意思疎通もできる。おまけに龍神様の加護付きときてる」
そこまで言うと、マナがはっとして必死に弁解しようとする
「ち、違うのトウヤ!…私たちは、トウヤをそんな風に扱いたいわけじゃ…!」
「わかってるさ」
「え…?」
「使われる側にも、大体の場合選択する権利がある。ただ悪戯に主人の欲望を満たすためだけの手駒にされるっていうなら、もちろんこっちから願い下げだ」
「トウヤ、お前…」
「2人の葛藤は、全然間違ってない。もし立場が逆でもきっと、そんな風に考える」
「…」
「…でも、それでも、王都には絶対に行かないとならない。漠然とそんな気がするだけだが、そう思う。争うことになるのかもしれないが、それにも絶対に意味がある。だったら俺だって、2人のために戦うくらいのことはするさ」
よくもまあ、こうもつらつらと普段は口にしないような言葉が言えるものだ。
会話する時の頭の回転速度も、加護によって上がっているのか、それとも感情がそうさせているのか。
何にしても、今俺に湧き上がっている感情は、嘘ではない。
「トウヤ……ありがとうな」
「ありがとう」
2人が口々に礼を告げる。
「ああ。それに、邪術教と戦う中で、もしかしたら復讐以外の別の何かが、見つかる可能性だってあるしな」
「そっか……復讐、だけじゃない…」
「俺たちにとっても、意味がある戦いだと思えばいいのか」
「そういうことさ」
2人の表情が少しずつ逞しくなった気がした。
「……俺とマナはやるぜ、トウヤ。お前のお陰で目が覚めた」
「勇気と…覚悟を持って」
「ああ、やろう。復讐以前に、悪い奴らはぶっ倒さないとだからな」
俺は、中指の指輪を見た。賢龍神の指輪。俺に託された何か。その何かは、今は全くわからない。
ほぼ100%、邪術教との争いは避けられないと確信した。それならその争いの中で、俺も何かを見つけるしかない。
俺たちは、諸々の準備を含めて2日後に、オズの家から旅立つことを決めた。




