1-2 知識と器
逢魔の義によって俺が手に入れた「賢龍神の加護」というものは、どうやら極めて稀なもののようで
七龍神がその力を認めた者でないと得ることができないものだという。
オズの話によると、他の六龍神はの加護は代々受け継がれてきているようなのだが
「約1000年だ」
「え?」
「1000年」
途方もない年数に、それ以上言葉が出なかった。
「そのくらい前に、バカでかい戦争があったんだ。人対人じゃねえ。龍神様と神様の戦いだ」
「規模がすごいな…」
「だろ?その神様がどんな神様だったかってのはわかってねえんだが、とにかくでかい戦争だったそうだ。で、その戦争後、7体の龍神様は自分たちの魂を代々、適任者に繋いでいってるんだが」
オズが俺の方を見る。
「賢龍神様の加護だけは、これまで誰にも譲渡されてきた事例がなかった」
「なるほどな…でも、なんで賢龍神の加護だけが譲渡されてこなかったなんてわかるんだ?」
俺がそう問うと、オズは右の掌に左手の日本の指を重ね、7を作った。
「この世界には、7つの地方がある。その一つがここ、ナトゥラだ」
「ああ」
「そして、ナトゥラに魂があるとされてるのが、賢龍神様だ」
「なるほど。7地方それぞれに、龍神の魂が眠ってるってことか」
「そうだ。そして加護が譲渡されると、必ずその地方の民全員に、感覚的にそれが伝わる。『誰かが加護を受けた』ってな」
感覚的にというのは……まあ、魔術の世界であればそういうこともあるか、と納得することにしたが
「…ん?ちょっと待ってくれ。じゃあ」
俺がはっとした顔をすると、オズはにっと笑った。
「ああ。今頃この地方のあらゆる場所が、騒ぎになってるとこだろうよ」
「やっぱりそうなるか…」
聞いたところ、龍神の加護の譲渡はこの世界の歴史においてとてつもなく大きな意味を持ち
それが行われる度に、めでたいこと、素晴らしいことだと崇められるということのようだ。
つまるところ俺は、単なる中小企業の一社員の立場から、神に等しい存在になってしまったという事だ。
に、荷が重すぎる…。
「荷が重いって思ったか?」
「え?あ、いや…」
見透かされていたか。
やっぱりな、とオズは笑った。
「いや、いいんだそれで。無理もねえよ、いきなり神様だもんな」
「あ、ああ…」
「だがな、ナトゥラのやつらはきっと、譲渡があったってだけで安心してると思うぜ」
「そう、なのか?」
「考えてもみろ。そもそもが1000年以上前の出来事が原因で、世界中の民も史実をロクに記憶してない中、自分たちの大陸以外のとこじゃしっかり譲渡が行われてきてたんだぜ?それこそ1000年以上もだ」
「…」
オズは椅子に座ったまま、天井を見上げる。
「『賢龍神様の魂は死んだ』なんていうやつも出てきた。だがそれも納得だ。疑心暗鬼にもなるさ」
「それは……確かにそうだな」
疎外感、劣等感、嫉妬。人間のそういう負の感情ほど、強い連鎖反応を起こす。嫌というほど知っている。
それが人対人ではなく、大陸規模で起こっていたということだ。
「そんなだからさ、ナトゥラの民にとっては、誰かが賢龍神様の加護を受けたって事実があるだけで安心なんだ。特別何かをしろってんじゃねえ。極論、存在してくれていれば十分、まである」
「…」
たしかに俺はさっき、オズに魔孔開放なるものをやってもらったが、まだ自分がどういった力を使えるようになったかなどわからない。
龍神の加護というほどだから、相当な力が宿っているのだろう。だがまだ、その自覚は全くない。
今得られているものといえば、使えるか使えないかもわからない、膨大な魔術の知識だけだ。
「でも」
気づけば、口から言葉が漏れていた。
「1000年以上誰にも譲渡をしなかった賢龍神が俺に加護を与えたってことは、必ず何かしらの意味はある。だがまだ俺は、この世界のことをほんの少しも知らない。まずは、知ることからだ」
「ああ」
「死んだ人間は多分、二度と同じ顔や形で人生をやり直すことはできない。俺はその権利を与えられたんだ。何かすべきことがあるなら、それを見つけて、やってやるさ」
そこまで言うと、オズがふっと微笑んだ。
「安心したぜ、トウヤ。お前は強いな」
「いや、強くは…」
「いいや、強いね。おそらくそれはお前の『武器』なんだろうよ」
「武器?」
「ああ、うまく言えねえけど、なんかそんな気がするぜ。前の世界でも、言われたことねえか?精神的なトコ褒められたりよ」
どうだっただろう。他人に言われたかどうかまでは憶えていないが
自分自身で、常に「万物流転」と「清濁併吞」の言葉を軸に生きてきたことは確かだ。
どんな現実離れしたあり得ないことが起こったとしても、まずはそれを即座に受け入れる。そこからどうするかが問題だ、という考え方だ。もしその思考が褒められているのであれば、俺からすると当たり前すぎて気づけていなかっただけかもしれない。
「ま、とにかく。賢龍神様が加護を与えるに相応しい人間だって判断したことには変わらねえわけだ」
「そう、なるな」
「だから、これからはその加護を入れとくための『器』を鍛えなきゃならねえ」
「と、いうと…」
「修行……」
「うおっ」
いきなりテーブルの下から現れたマナにびくっとしてしまった。
「賢龍神様の力を使いこなすには……基礎魔力の底上げをしないといけない…」
「そういうこった」
「知識だけは何とかなってる以上、それしかないな。でも、どうやって…」
「マナが相手をする」
「え?」
きょとんとしてしまった。しかし、マナの方を見ると、彼女はこくり、と頷いた。
マナは見た目だけでもまだ幼いとわかる。年齢は知らないが、おそらくは12歳くらいだろう。
そんな少女が、俺に修行を付ける?
「あ、トウヤ」
「え?」
オズの方に視線を戻すと、にやにやしていた。
「甘く見てると、痛い目見るぞ」
再び家の外に出た俺は、数メートルの距離を取ってマナと正面に向き合った。
その間、審判員のような位置取りにオズが立っている。
「いいか、トウヤ。まずは生き残る術だ。この世界には、まだまだ魔術師同士の戦闘が頻繁にある」
「ああ」
「今からマナに、攻撃魔術を仕掛けてもらう。お前はそれを防げ」
防衛魔術。頭には入っている。
この世界の魔術には技名だとか詠唱という概念はなく、純粋な魔力の押し合いが主となるようだった。
どうすれば魔力を外に放出できるかといえばとにかく「念じる」ことらしい。
まだ試していないが、やってみたいとは思った。
「トウヤ、大丈夫…。体がもげそうになっても、ちぎれてなければ1週間くらいで、治せる…」
「いや、怖いこと言わないでくれるか…」
半笑いになりながらも、構える。
「よし、こい!」
「見せてやれ!マナ!」
マナがこくりと頷く。片腕をぴんと前に伸ばし、掌底の形を取った掌から、オーラが湧き出る。
それは瞬く間に黒く変色し、魔力の玉を形成した。美しいほどの変化だった。
「バレット」
「?!は、はやっ…」
マナがそう呟いた瞬間、黒い魔力玉が凄まじい速度で放たれた。
魔力玉は俺の頬をかすめ、彼方へと飛んで行った。
「次は、当てちゃう…」
「……!」
あんなものが当たったら、人間の体なんか簡単に貫通する。マナは本気だ。
冷や汗が、頬を伝う。
「というか、魔術攻撃に名前はないんじゃ…?」
「うん、ない。でも……あった方が、かっこいい」
「いや、確かにそれはそうだが…」
まさに、百聞はなんとやらだ。
魔力玉による攻撃方法があることは知識にあったが、実際に見てみるとやはり、恐怖心が湧く。
「ふぅー…」
深呼吸する。改めて、並の集中力では対抗できないことが分かった。
イメージだ。自分の目の前に、魔力の防壁を作るイメージ。焦ってはいけない。
「実戦は、待ってる時間なんてない…」
マナが間髪入れずに、次の魔力玉を生成する。
「バレット」
再びぎゅん、と魔力玉が飛んでくる。今度は間違いなく直撃コース。
バチッ!!!
「ぐっ……!!」
腕に被弾した。痛い。かなり痛い。だが、怪我には至っていない。びりびりと痺れる程度だ。
どうやら、僅かながら防壁の生成に成功したらしい。
「弾いた……」
「ひゅぅ~…大怪我しても大体は治せるから問題ねえかと考えてたが、こりゃあ…やるなぁ」
油断はしない。既にマナの周囲には、次の魔力玉生成のためのオーラが複数渦巻いている。
どういうイメージを持てばいいのかはわかった。あとは、強度だ。
「ちゃんと全部当てにいっても…よさそうだね」
マナの周囲で、複数の魔力玉が瞬時に形成され
「ショット・バレット」
一度に放たれた。
1つ1つの魔力玉が先程よりも強力になっていることが分かった。
これはやばい。まともに被弾したら、今度こそ貫通する。
先程覚えたイメージを更に強くもつ。
壁!!!壁壁壁壁壁壁!!!!!!
ドガガガガガガガガガガガガ
20はある魔力玉が、俺に集中砲火を浴びせた。
「いっっっっっ……!!!!」
またもや被弾してしまった。
冷や汗が止まらない、怖すぎる。しかし。視線の先には、口をぽかんと開けたマナが立っていた。
「…ほ…ほんとにすごい、トウヤ…」
「甘く見てたのは、俺らの方だったか…」
よく見ると、俺とマナとの間に、壁上に展開した魔力の塊があった。
ところどころにいくつか穴が開いていたが、これは間違いなく魔力防壁だ。
「で、できた…のか?これは…」
ほどなくして、防壁は消滅した。俺の集中力が切れたからだろう。
「被弾するつもりはなかった……これは失敗だ」
「いやいやいやいやお前、完璧主義かよ」
オズが手をぶんぶんと振る。
「あそこまでの魔術防壁は一朝一夕で張れるようになるもんじゃねえ」
「そうなのか…」
「トウヤ、天才だと思う…さすが、賢龍神様の加護を受けた人…」
いくらイメージ力が強かったとしても、その魔力をすぐに形にすることは非常に難しいことのようだ。
思い描いた形を自在に具現化できるようには、それこそ十数年の修行が必要になるらしい。
それができたとなると、やはりこれも賢龍神の加護の力の一部なのだろうか?
「これからしばらくは、防壁を完璧なモンにする修行をするのが良いかもな」
「それがいいと思う。身を守る術は、大事…」
完全に同意だ。魔術による攻撃は、想像よりも遥かに痛かった。
マナがどれほどの使い手なのかは不明だが、実戦になった場合、絶対にこんなものでは済まない。
「ちなみに…私はこう見えても、攻性魔術、得意…」
「ああ。マナのショット・バレットをあのレベルで弾けるのは、マジでたいしたもんだぜ」
「はは…それ聞いて、ちょっとは安心した…」
その日から、基礎魔力の底上げと護身術の一環で、防壁魔術の特訓が始まったのであった。




