第二話 彼女の言動に頭を抱える 胃も痛い
「聖女ユスティナ・リーベンデール。何故ここに呼ばれているか分かっておりますか」
ゼアード・ホルガーはぎりぎりと歯を軋らせた。
これでもかなり感情を抑えている方だ。
本当なら怒鳴りつけたいところだった。
しかし目の前の人物は彼の心遣いを分かっているのだろうか。
いや、きっと分かっていないに違いない。
「えっ、私何かしましたか〜?」
こてんと右にその細い首を傾けている。
やや垂れ気味の青い目はゼアードを真正面に捉えている。
緩やかにウェーブのかかった金髪がふわりと肩にかかっていた。
どこから見ても美少女である。
ちゃんと品もある。
見た目から判断するなら性格も良さそうだ。
けれども彼女、つまりユスティナ・リーベンデールの行いは......どこからどう考えても聖女らしくなかった。
「何かされたからわざわざ呼んだのです。これは何ですか、これは!」
「これってこのお手紙ですかぁ? 拝読しまーす」
ユスティナは机越しにゼアードから手紙を受け取った。
丁寧に両手で持って視線を文面に走らせる。
その間、ゼアードはずっと渋い顔だった。
濃い灰色の口髭がプルプルと震えている。
見る人が見れば彼が怒りを抑えているのが分かるだろう。
理知的と自他ともに認める聖女の管理役としては珍しいことである。
しかしゼアードとは対照的にユスティナは穏やかなままだ。
表情を変えぬままゆっくりと手紙を読み終えた。
桜色の唇が開く。
「嬉しいですぅ! 私の頑張りにこんなに感謝してくれる人がいるなんて〜!」
「違うでしょおおおお! 何でこれ読んでそんな風に思えるんですかあああ!?」
「ええっ、だってゴブリンに襲われてるところを私が助けたことについてですね」
「助けたのはいいとしてぇ!」
ゼアードは声を枯らした。
感情を抑えきれず机を両手で叩く
バァンと大きな音が室内に響いた。
「なんでわざわざ自分が倒しかけた相手に回復をかけて治しているんですかっ!? 素直にぶちのめしただけならまだしも!」
「だって殴り終わるのが惜しかったんですもの」
ユスティナはにっこりと微笑む。
まるで悪いと思っていないらしい。
ゼアードはがっくりと肩を落とした。
彼もそろそろ初老に差し掛かる年齢だ。
こういう自分が理解できない人間に出会うとツラい。
色々な意味で。
そんな彼に「大丈夫ですかぁ、ゼアードさん? お顔の色が悪いですよー」とユスティナが声をかけてくる。
お前のせいだとゼアードは声を大にして指摘したかった。
やらなかったけど。
そんなゼアードの心遣いも知らず、ユスティナは言葉を続ける。
「相手を殴った時のあの拳の感触。あの瞬間にこそ生を実感出来るんですぅ。一発や二発で終わらせたらもったいないじゃないですか〜。それに私も聖女ですし。出来る限り殺生は避けたいですし。つまりですね〜」
青い目がきらきらと輝いている。
喜びにだろうか。
それとも愉悦にだろうか。
「殴って即相手に回復をかけて治す。こうすれば私は何回でも生きる喜びを実感できる。殴られた相手も死なずに済む。つまり両方にとって利益となるんですー! 最高じゃないですかー!」
「どこからどう見ても異常者の所業でしょうが! 何で殴ることに快感覚えているんですか、そんな聖女がどこにいますか!」
「ここにいますよぉ? あっ、もしかしてゼアードさん老眼ですか〜。おいたわしいです〜」
「煽ってんじゃねえ、くそアマぁ......」
よよと泣き崩れたユスティナにゼアードは唇を噛んだ。
さすがに最後の罵倒は声を殺した。
けれどもこめかみの血管がピクピクしている。
確かに罪も無い一般人を助けたのは偉い。
尊い命が奪われるのを防いだのだから。
だが。
その過程が最悪だった。
聖女が「倒した相手をわざと回復させて何度も何度も殴っている」ことが口づてで広まればどうなるか。
聖女全体の評判はガタ落ち間違いなしである。
のみならず、聖女を管理しているこの法皇庁の評判も危うくなる。
ゼアード個人にしてもよろしくない。
法皇庁におけるゼアードの責務は一言で表せば「聖女をきちんと管轄すること」だからだ。
聖女の役割と言えば、治療や祈祷が主である。
その内容的に性格にも善良さが求められる。
慈悲深く優しく慎み深い。
世間一般に浸透している聖女のイメージとはそういうものだ。
ユスティナのような聖女はそのイメージからかけ離れている。
かけ離れているというより真逆である。
「何で駄目なんですかー? 一応殴る相手は選んでますよぉ。我慢して悪党だけに絞ってるんですよぉ。褒めてくださいよー」
「貴女は聖女ってものを何だと思って」
「他人の生死を左右する最高のお仕事ですっ。痛めつけるのも治すのも私のこの掌の上でコロコロっと。やりがいありますっ!」
ユスティナは満面の笑みである。
ゼアードは再び頭を抱えた。
どうしてこの子を聖女にしてしまったのだろう。
何とかしないとマズい。
大変マズい。
彼の決断は速かった。
「配置転換を命じる」
「え?」
ゼアードの言葉にユスティナが目を丸くした。
だがゼアードにためらいは無かった。
「王都より北方25ケリーの位置にコルデンという村がある。聖女ユスティナにはその村に赴任していただきます」
「えっ、ちょちょちょ、ちょっと待ってください。そんなド田舎になんで私が〜」
「質問は禁ずる。拒否権は無い。聖女は法皇庁の管轄下にあることをお忘れですか」
ユスティナが「ぐっ」と声を詰まらせた。
ゼアードからすれば仕方ない措置である。
このまま人口の多い王都に置いておけばどうなるか。
またユスティナの悪癖が誰かに見られる可能性が高い。
これまではどうにかもみ消してきたがそれも限界だ。
これ以上かばいきれない。
それにだ。
"自然豊かな地方で過ごせば、心を改めるかもしれん"
僅かだがそういう希望もあった。
ユスティナの能力自体は問題ない。
聖女として、いや人間としてやばい性格だけが問題なのだ。
どうにかまともになってくれないか。
そう思う程度にはゼアードにも良心はあった。
ユスティナは「ええー、私そんなところイヤですよぉ」と肩を落としている。
ちょっと可哀想な気もするが仕方がない。
ゼアードは声をかけた。
「コルデンを中心とする北方地域には聖女がおりません。貴女が赴任すれば地域の安定化に繋がります。是非職務に励んで困った人々の力になっていただきたく」
「......分かりました〜」
いかにも不承不承という感じではある。
だがユスティナは頷いた。
"北かぁ。寒いかな〜"
ぼんやりとそんなことを思った。
注 1ケリーは5km。25ケリーは125km。