8話 マッチの才能
翌日以降、ウィルはマッチとの時間を増やし、彼女がどんな才能を持っているのかを探るため、空き時間に様々な適正診断テストを行い、アイの高度なサポートを得ながら詳細に性格や能力を分析した。
ウィルは真剣な表情でアイに尋ねる。
「アイ、この子、ちゃんと教えれば凄いエンジニアになるんじゃないか?」
『ええ、言語能力や計算能力、そして応用力も素晴らしいわ。こんな才能、なかなか見つからないわね』
ウィルはその言葉に驚き、少し考え込む。彼はマッチの隠された才能に気づき、それがどれほどのものなのか信じられない気持ちでいた。
「アイも認めるほどとなると……この子、もしかして天才?」
『そうね、ウィルなんてかすむほどに、この子は超天才かもしれないわ』
ウィルはその評価にさらに驚きつつも、マッチがずっと求めていた「自分の得意なもの」を見つけられたことに心から喜んだ。
そして、彼女の才能がどれだけ大きな可能性を秘めているのかを、早く伝えたいという思いが募っていった。
マッチはウィルの表情を見て、不思議そうに尋ねる。
「ウィル?どうしたの?なんか、笑ってるけど……」
ウィルは優しく微笑みながら、彼女の目をまっすぐに見つめた。
「マッチ、君はとんでもない才能を持っているんだよ」
「私が……才能?そんなのあるわけないよ」
彼女はきょとんとした顔をして、自分にそんな才能があるはずがないと信じられず、首をかしげた。
「適正試験の結果、理解力や応用力、計算力、記憶力、そして言語化能力が非常に秀でていることがわかったんだ。君は、この世界で最高のエンジニアになれるよ」
「エンジニアって……何?」
マッチはその言葉の意味を理解しきれず、首をかしげた。ウィルは笑いながら、彼女に丁寧に説明を続ける。
「簡単に言うと、技術者だよ。物事を作り出し、技術を駆使して問題を解決する人のことだ。君にはその素養があるんだ。僕はその才能を引き出す手助けをしたい。君が諦めないっていう覚悟を持っているなら、すべてを教えるよ」
マッチはその話を聞いて、戸惑いながらも目を輝かせた。
「その才能……みんなを見返せるような、すごいものになるのかな?」
「それは保証するよ。もしかしたら、歴史に名前が残るくらい、すごい人になれるかもしれないね」
ウィルの言葉に、マッチはその瞬間、大きく息を吸い込み、彼女の中で何かがはじけるように変わった。
今まで抱えていた不安や迷いが嘘のように消え去り、彼女の目には強い決意の光が宿った。
「私、やります!どんな困難があっても、自分の幸せを掴みたいから」
その言葉には、これまで見たことのないほどの力強さがあった。
ほんの数日前まで彼女を支配していた不安と迷いは、一掃されていた。
彼女は新たな自分に生まれ変わったような気分だった。
「ありがとう、ウィル。私、本当にできるんだって、信じるよ」
ウィルは彼女の成長を感じながら、微笑んで答える。
「君なら必ずできるさ。一歩一歩、前に進んでいこう。焦らず、確実に成長していけばいいんだ」
マッチは小さく頷き、拳を軽く握りしめた。彼女の目には、これからの挑戦を迎え撃つ強い覚悟がはっきりと示されていた。
「さあ、始めよう。未来は君の手の中にあるよ」
◇◇◇
より強き者との戦闘データを収集するため、ウィルは修練場で族長との手合わせをマルモに相談していた。
マルモは初めは「まだ基礎しか教えていない」と断ろうとしたが、ウィルの見せた技の練度に信じられないような顔をし、すぐにゾン族長に相談しに行った。
「族長、ウィルと手合わせをしてほしいのです」
急な申し出に族長は何事かと耳を傾けた。マルモは「ウィルの力量は既に達人の域に達している」と伝え、族長もその言葉に驚きを隠せなかったが、ウィルの資質に何か特別なものを感じていたため、試合の日程を決めることを即断した。
そして今日、その日がついにやってきた。
ウィルはアイと共に修練場に向かう途中、小さく息を吐きながらつぶやく。
「アイ、ついにこの日が来たな。ゾン族長に助けられて、鍛えてもらった恩をここで返す。今日は全力でいく」
『最適化も進んでいるし、ウィルの稼働時間も大幅に上がっている。私も全力でサポートするわ』
修練場に着くと、既に大勢のダークエルフたちが集まり、ざわめいていた。
まるでお祭りのような雰囲気の中、ウィルとゾン族長の対戦は賭けの対象にまでなっていた。
「まだ村に来たばかりのウィルが、ゾン族長とやりあうなんて信じられない!」
「俺は族長に賭けるぜ。あの人が負けるなんて考えたこともない」
ウィルに対するオッズは200倍と圧倒的な不利。ほとんどの者がゾン族長の勝利を確信していたが、突然一人の少女が声を上げた。
「わたしは、ウィルに全てを賭けます!」
その無謀な賭けに周りの者たちは驚き、賭けの主催者も諭すように聞く。
「お嬢ちゃん、本当に全部賭けるのかい?」
「はい、ウィルは必ず勝ちます。誰よりも彼を信頼していますから」
その強い意志を受け取った主催者は、「嬢ちゃんの覚悟、確かに受け取ったよ」と言い、多額の金額を袋にしまった。
観客たちが見守る中、試合が始まる。
「ウィルよ、こんなことになってしまってすまないな」
「いえ、族長と戦えるだけで感謝しています。全力で戦いますので、どうか本気で来てください」
ウィルは構えを取った。会場は一瞬で静まり返り、緊張感が漂う。やがて、合図の声が響き渡る。
「それでは、ゾン族長対ウィルの決闘を始めます。開始!」
ウィルはすぐにアイに声をかける。
「アイ、いくぞ」
瞬時に間合いを詰めたウィルは「背衝壁」という技を繰り出し、壁を背にして反動を利用し、族長へと猛突進する。
強力な一撃を狙った攻撃だったが、ゾン族長はまるでその動きを予見していたかのように、一歩も乱すことなく軽やかにウィルの側面にかわす。
ウィルは瞬時に族長の体勢を捉え、すかさず二撃目を放つが、族長は身のこなしで応じ、ウィルの攻撃を軽々と回避した。まるで風のような動きだった。
(攻撃を完全に見切られている……!)
両者の拳が繰り出される度に、拳と拳がぶつかり合い、鈍い衝撃音が修練場に響き渡る。
ウィルの突き上げる拳が風を切り、族長の鋭いカウンターが寸でのところでウィルの顎をかすめた。
「速い……!」
ウィルの思考が瞬時に高速化し、アイがサポートする中で彼の動きもさらに研ぎ澄まされていく。
だが、ゾン族長の攻撃はその上をいく。
拳と足技のコンビネーションが、鋭くウィルの防御を揺さぶるかのように繰り出されていた。
「アイ、族長には隙がまったくない!」
『今は我慢の時よ。データの分析を進めているわ。周囲の環境も合わせて演算しているから、耐えて』
族長は片手での攻撃から、一転して素早く両腕を交差させ、ウィルの側面を狙った突進を受け止めると、すかさず足払いを試みる。
ウィルは辛うじてその足をかわし、バックステップで距離を取るが、その間にも族長は一切の無駄な動きを見せず、迫ってくる。
ウィルの目には族長の動きが鮮やかに映っていたが、すべてを読み切るのは難しかった。
彼の攻撃はウィルの防御の隙間を狙うかのように次々と繰り出され、まさに千日手状態が続く。
一瞬、ウィルの拳が族長の肩にかすった。しかし、それは族長にとって致命的なダメージにはならなかった。
「これで終わりじゃない!」
ウィルの拳はさらに加速する。
族長もまた、その圧倒的なスピードに応じるように拳を繰り出し、両者の拳が火花を散らすようにぶつかり合う。
打撃の衝撃が修練場の床に伝わり、微かな振動が観客たちの足元にも届く。
族長が左腕を引き、ウィルの横腹を狙ってのフックを繰り出す。
ウィルはそれを読んで、肘を下ろして防御を固めるが、族長の拳がその防御を貫通するかのごとく重く押し込まれ、ウィルの体が僅かに揺れる。
「ぐっ……! 重い!」
ウィルはすかさず反撃に出る。
拳を回し上げ、強烈なアッパーを族長の顎に向けて放つ。
しかし、族長はその動きを一瞬の余地も与えず、片手でウィルの腕を受け止め、逆にカウンターを打ち込もうとする。
そのカウンターがウィルの頬に命中し、彼の視界が一瞬揺れた。
「アイ、これじゃまずい!」
『もう少し耐えなさい。タイミングがもうすぐ来るわ』
両者が絶妙な間合いの中で、お互いの拳を交差させながら、ただひたすらに技と技を繰り広げていく。
流れるような動きの中に、まるで熟練した舞踏のようなリズムが刻まれ、観客は息を呑むしかなかった。
しかし、戦闘は過酷さを増していく。修練場の床には亀裂が入り、両者の足元は微妙に揺れ始めていた。
ウィルも族長も、それを無視してさらに激しい打撃の応酬を繰り返す。
『そろそろ土俵が崩壊するわ。タイミングを合わせて』
アイがウィルに次の動作を予見させ、数秒後の状況をプレビューする。
崩れる足場、それに伴うわずかな体勢の乱れが、次の瞬間に訪れる好機だった。
『3……2……1……今!』
足場が崩れ、ゾン族長が一瞬バランスを崩す。その一瞬が、ウィルにとって決定的な好機となった。
ウィルは全身の力を込めた一撃を族長に向けて放つ。
彼の拳はまっすぐに族長の心臓を狙い、直撃する――その直前、ウィルの拳はピタリと止まった。
「族長、私の勝ちです」
ウィルの手が静かに下ろされ、族長もその場で深く息を吐いた。
「……ああ、お前の勝ちだ」
会場全体に歓声が湧き上がり、修練場はウィルの勝利を讃える声で包まれた。
◇◇◇
試合が終わり、ウィルは修練場を後にした。
歓声がまだ耳に残っている。
ふと視線を前に向けると、マッチが駆け寄ってきた。
「ウィル、すごいね!本当に族長に勝っちゃったんだ」
その言葉には驚きと喜びが溢れていて、マッチの目はキラキラと輝いていた。ウィルは少し照れくさそうに頬を掻いた。
「アイのおかげかな?」
ウィルは控えめに答えるが、マッチはすぐに首を横に振った。
「もちろんアイさんもすごいけど、やっぱりウィルがすごいと思う。ウィルお疲れ様」
その無邪気な笑顔に、ウィルはさらに照れくさくなり、笑みを返すことしかできなかった。
しばらく沈黙が続いたが、ウィルの心の中には、彼女にどうしても伝えなければならない大切なことがあった。
(今しかない……でも、どう言えばいいんだ?)
ウィルは、心の中で言葉を探していた。
マッチを誘うことは、決して軽いことではなかった。
彼女にとって、この村は辛い場所かもしれないが、彼女の居場所でもある。
それを壊す可能性がある提案をすることが、ウィルの心を重くしていた。
「マッチ、ちょっと話があるんだ」
ウィルは目を伏せながら、少し緊張した声で切り出した。マッチは不思議そうな顔をしながらも、静かに耳を傾けた。
「お願いがあるんだ」
その言葉が重く響く。
ウィルの表情は普段よりも硬く、真剣だった。
マッチは一瞬、何か重大な話があるのだと直感し、彼の次の言葉を待った。
「ここでやることはもうない。次は魔京都に行って、カンパニーを作ろうと思うんだ」
ウィルは息を一つ吐いて、続ける。
彼の視線はどこか遠くを見つめ、決断をする人間の覚悟が漂っていた。
「でも、そのためには信頼できるパートナーが欲しい。絶対に裏切らない、信頼できる人が……どうしても必要なんだ」
言葉を口にするたび、ウィルの胸はさらに重くなる。
彼は何度かマッチの顔を見ようとするが、言いづらさから視線が定まらなかった。
「だから、マッチ……その……」
ウィルは迷い、言葉を詰まらせる。
どう伝えればいいのか、言葉を探しながらも、なかなか思い通りに言葉が出てこない。
だが、彼は心を決め、勇気を振り絞ってようやく言った。
「俺と一緒に、魔京都へ来て、会社の立ち上げを手伝ってくれないか?」
その言葉を放った瞬間、ウィルの胸は軽くなったが、同時に不安が広がった。
マッチの返答が気になって、彼の胸は高鳴っていた。
マッチは一瞬驚いたような表情を見せた。
だが、彼女はすぐにその意味を理解した。彼女が村で抱えていた孤独と不安、そして新たな未来への希望が一気に胸の中で混ざり合った。
そして、ウィルが自分にどれだけ信頼を寄せているかを感じ、涙が自然とこぼれた。
「私……ウィルと一緒に行くよ」
涙をこらえつつ、微笑んで言葉を紡ぐマッチ。
その瞳には、確固たる決意があった。
「どんなことがあっても、ずっと傍にいるから。解雇されても、ついていくからね!」
マッチのその言葉に、ウィルは安堵し、満面の笑みを浮かべて頷いた。
「ありがとう、マッチ。これからもよろしく」
2人はしばらくの間、互いに視線を交わし、未来への新たな一歩を感じていた。
そして、マッチはもう一度、力強く頷き、ウィルの隣に立った。
◇◇◇
夜になり、ウィルは族長宅へ赴いた。
門番に通され、奥の座間で族長を待つ。
部屋の静けさが漂う中、心の中で感謝と別れの言葉を何度も反芻していた。
やがて、浴衣姿の族長がやってきて、静かに座る。
「すまない、待たせてしまったな」
ウィルは深々と頭を下げ、族長への感謝の気持ちを込めて言葉を紡ぐ。
「いえ、族長。むしろ、これまでの恩に感謝しています。今日は、そのお礼を申し上げにきました。そして……お別れの挨拶を」
「ほう、お別れとな?」
族長は少し驚いた様子で、ウィルを見つめた。だが、その目にはすでに理解が宿っていた。
少しの間、考え込むように黙った後、真剣な表情でウィルを見つめ直した。
「そうか……お前がここで人生を全うする器ではないことは、初めて会った時から感じていた。お前はこの村で成長したが、もっと広い世界が待っている。いずれは戦争になるかもしれん……そんな時、お前の力が必要になるだろう」
族長は静かに頷き、別れを惜しむ様子を見せつつも、ウィルが大きな世界で羽ばたく姿を期待しているようだった。
「これから先、お前がどれほどの大物になるか、楽しみにしている」
ウィルは感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。言葉に詰まる瞬間もあったが、深く頭を下げて再び感謝を述べる。
「ありがとうございます、族長。この村で成長できたのは、族長や皆さんのおかげです。必ず恩返しをします」
ウィルは深々と頭を下げ、感謝の気持ちを表した。しばし沈黙が続いた後、彼はふと顔を上げ、慎重に言葉を選びながら話し始めた。
「それと……実は、もうひとつお願いがあります。私には、一緒に連れて行きたいパートナーがいます」
族長はその言葉に顔をしかめ、少し厳しい表情を見せた。
「ほう……誰だ?」
「マッチです」
しかし、族長の表情がさらに険しくなり、目には一瞬、鋭い光が宿った。
「うちの娘リナはやらんぞ」
その言葉に、ウィルは思わず戸惑い、すぐに訂正した。
「い、いえ!リナさんではなく、マッチです。彼女を連れて行きたいんです」
族長は一瞬驚いたような顔をした後、ふと微笑んだ。
彼は思い出すようにして、ゆっくりと頷いた。
「ああ、あの子か……早くに両親を亡くして、辛い日々を送ってきたな。村では目立たない存在だったが、それも無理はない。力こそが全てのこの村で、彼女に居場所はなかった」
族長の言葉には、少しの憐れみが込められていたが、同時にどこか突き放した響きもあった。
「なぜ、彼女を連れて行くのだ?」
ウィルは真剣な表情で答えた。
「彼女にはとてつもない才能があります。私が見つけた彼女の能力は、未来を変える可能性を秘めています。だからこそ、彼女を連れて行きたい。彼女を支え、成長させて、その才能を世界に解き放ちたいんです」
その言葉を聞いた族長はしばらく考え込み、そして静かに笑った。
「そうか……そうか。お前のような者が、あの子を連れて行くのなら、それが彼女にとっての最良だろう。わかった、マッチを連れて行くがよい」
そして、少し優しい声で続けた。
「幸せにしてやれよ」
「もちろんです」
ウィルは深々と礼をし、族長に感謝を告げた。そして、部屋を後にし、マッチの元へと向かった。
マッチがウィルを出迎え、彼に笑顔で話しかけた。
「ウィル、実はね。アイさんに頼まれて修練場で全てのお金を使って賭け事したんだけど……ウィルが勝ったおかげで、すっごいお金が増えちゃった!」
「えっ、どれくらいになったの?」
「2億コル」
「2億!?」
マッチは照れながらも嬉しそうに笑い、その言葉にウィルも驚き、そして感謝の気持ちを込めて微笑んだ。
「マッチ、本当にありがとう。これで軍資金ができたよ。カンパニーを大きくして、何倍にもして返すから」
2人はそのまま準備を整え、翌朝、馬車に乗って魔京都へと向かう。新たな冒険の幕が、ゆっくりと開かれようとしていた。