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魔族IT革命  作者: 白樹春來
龍仙谷編
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68話 再会と決意

 ウィルは、アカヤが使っていた病院の一室で安静に過ごしていた。戦いの後、その体は限界を迎え、しばらくの間入院することになった。


 病院に運ばれてからというもの、彼の周囲ではいくつもの出来事が起こった。


 まず、クラッシュの影響でシステムの権限設定がリセットされてしまい、ウィルは再び開発者モードを起動して「アイ」を呼び出さなければならなかった。そして、アイが立ち上がると、彼はこっぴどく叱られる羽目になる。「あの行動は無謀だった」と細かく指摘され、反論する隙も与えられず、気づけば2時間に及ぶ説教を受けていた。


 心の底からの謝罪で一区切りがついたかと思いきや、新たな課題が待ち構えていた。


 それは、記憶の整合性を取るために一度初期化して復旧を試みる必要があるという内容だった。


 アイの説明はこうだ。


 負荷のかかった体を完全に回復させるには、記憶を一時的にアイに譲渡し、システム全体を復旧させる必要があるという。さらに、現在の記憶には不必要な情報や曖昧な記憶が混在しているため、それを整理し必要な情報のみを定着させることが不可欠だというのだ。


「治療に専念できる今がそのチャンスよ。後回しにすると、体への影響がさらに大きくなるかもしれないわ」


 アイの理路整然とした説明を聞きながらも、ウィルの理解は追いつかず、ただ疲労感ばかりが募っていった。


(こういう時は流れのままに身を任せた方がいい……)


 そう思った彼は、深く考えるのをやめ、軽く頷いて提案に同意した。反発する気力もなかったが、アイの提案が必要だということを直感的に理解していた。


 復旧作業は、ウィルが何度も再起動を繰り返す中で進行していった。異世界に転移した当初の状態から龍仙谷での出来事まで、ウィルの記憶は順次整合されていった。特にメアリの記憶については、彼女が倒れた際に抽出されたデータが別の場所に転送されたため、その部分が欠落していた。その影響で、龍仙谷での出来事についてウィルの認識は曖昧で、断片的な記憶しか残っていなかった。


『記憶の断片を再編し、記憶の再構成及び最適化を行います』


 アイの言葉が作業の間、淡々と響いていた。


 ウィルは詳しい仕組みをよく理解できなかったが、ただ、無機質な暗闇の中で記憶の断片が浮遊し高速で入れ替え作業がなされているのを、静かに見つめていた。


 復旧作業が終わり、ウィルが目を覚ましたのは、それから2日後のことだった。体調が良くなる頃には、仲間たちがお見舞いに足を運びに来てくれた。


 アカヤとは次回遊ぶ約束をし、ココとララには勇者討伐の経緯を根掘り葉掘り聞かれ、うさみには助けられなくてごめんと謝罪されるなど、さまざまな出来事が続いた。


 夜になり、ウィルは話し疲れてベッドに横たわった。窓の外の景色をぼんやりと眺めていると、ノック音が響く。


「どうぞ」


 ウィルが答えると、扉が少し開いた。しかし、そこには誰もいないように見えた。


 不思議に思いながらも様子を見ていると、ひょこっと小さな頭が覗いた。それを見たウィルは、ほっと安堵の笑みを浮かべる。


「リューカ」


 扉を握ったまま、心配そうな表情を浮かべていたリューカが顔を出す。


「もう大丈夫だよ。おいで」


 ウィルの優しい声に誘われ、リューカはそろそろと彼の元へ近づく。しかし、その姿はどこかモジモジとしている。


 ウィルは、彼女と出会ったときのことを思い出していた。言葉を知らず、声を失っていた彼女に、デバイスを通じて声を提供したときのこと。そして、そのとき彼女に思い切り叩かれたことを。


(今回も怒ってるのかな……?)


 覚悟を決め、ウィルは口を開いた。


「リューカ、言いたいことがあれば言っていいんだよ」


 しかし、次の瞬間、リューカは涙を流しながら謝罪の言葉を口にした。


 ウィルは、驚きながらリューカの話に耳を傾けた。彼女は自分が「朱華から生まれたバックアップ」であることを知りながら、ウィルの優しさに甘えた結果、事態を複雑にしてしまったと深く思い悩んでいたのだ。涙ながらに、自分がこの騒動の引き金を引いたと告白する彼女の姿は、どこか自分を責めるようで痛々しかった。


 ウィルはリューカの泣き顔をじっと見つめながら、冷静に考えを巡らせた。


 リューカのせいじゃない。敵の襲撃を予見できなかった責任は護衛にある。監視を怠ったのは朱華の護衛の不備であって、リューカには何の落ち度もない。


 彼女の無垢な涙を見るにつけ、ウィルは胸が締め付けられる思いだった。彼女が自分を責めていることが、彼には理解できなかった。


 とりあえず彼女を落ち着かせるために、ウィルはリューカをそっと椅子に座らせ、頭を撫でながらあやした。泣き止むのを待ちながら、ウィルはその小さな頭に触れるたび、彼女が抱える苦しみを少しでも和らげればと心の底から願った。


 ようやく涙が止まった頃、リューカはぽつぽつと事の経緯を語り始めた。


「ララお姉さんに助けられた後、目が覚めたら社長室にいたの。でも、最初はここがどこなのか全然わからなくて……」


 初めての場所に戸惑った彼女は、社員を信用できず、ただ隠れて逃げ回っていたのだという。その後、ララとマッチに捕まった際には、共有されていた彼女のデータが本物かどうかを確認するために、何度も問い詰められたと告白した。さらに、ウィルとの出会いについても、なぜ彼に付きまとうのか根掘り葉掘り聞かれるうちに、自分が事態を悪化させたと認識させられたという。


 リューカの話を聞き終えたウィルは、彼女の閉じ込められた心を思い描き、ララとマッチももう少し彼女の事情を理解していれば、状況は違ったのではないかと考えた。リューカ自身も、自分のことをうまく打ち明けられない閉塞感に苦しんでいたのだろう。そして、両者が焦りからぶつかり合った結果、今のような事態に至ってしまったのだと彼は推測した。


 ウィルは、リューカの小さな肩を優しく包み込み、力強く告げた。


「リューカは何も悪くないよ。悪いのは、攻めてきた勇者たちなんだ。君が気に病むことはない。たとえ、すぐにはそう思えなくても、君に落ち度がないことは、俺が保証する。お父さんが保証するよ」


 その言葉を聞いたリューカは、こらえきれなかった感情が一気に溢れ出し、嗚咽おえつを漏らしながら泣き始めた。


 リューカが感情を吐露する最中、ウィルは彼女の言葉から衝撃的な事実を知る。それは、メアリの意識が戻っていないという知らせだった。


「メアリはどこにいるんだ?」


 ウィルが尋ねると、リューカは静かに答えた。


「別室にいるよ」


 不安を押し殺しながら、ウィルとリューカは急ぎメアリの病室へと向かった。扉を開けると、そこには静かに眠り続ける彼女の姿があった。表情は穏やかで、まるで安らかな夢を見ているかのようだった。


 ウィルはメアリの傍に歩み寄り、おでこにそっと手を置きながら、アイに解析を依頼した。アイの報告によれば、記憶の移送に伴うデータエラーは見当たらず、脈拍や心拍も正常だった。しかし、肝心の意識だけが戻らない。原因は、大量の出血による治療の遅れで、脳に必要な酸素が十分に行き届かなかったことだった。それが彼女を植物状態へと至らせてしまった。


「ごめん、メアリ。あの時、俺がもっと冷静に行動できていれば……」


 悔しさと後悔が胸に押し寄せ、ウィルは拳を固く握り締めた。その手は、力を込めるあまり震えている。


 ウィルは覚悟を決め、静かに吐露した。


「メアリ、あなたを必ず元の状態へと戻します」


「いつになるかは分からないけれど、必ず元に戻すから、今はゆっくり休んで下さい」


 その言葉は、誓いだった。


 二度と同じ過ちを繰り返さないという自戒の念が込められていて、言葉は重く響いた。


 ウィルの決意を傍らで聞いていたリューカも、目を伏せて小さく息を吐いた後、自らの思いを語り始める。


「お母さん……。私は、お母さんのことが大好きです」


 彼女は涙を浮かべ、震える声で続ける。


「ひとりぼっちだった私にとって、お母さんは私の心の居場所でした」


「まだ何もできないけど……お父さんと一緒に頑張るから、早く元気になってね」


 涙をこぼしながら言葉を絞り出すリューカに、ウィルは目を細め、そっと彼女の頭を撫でた。その仕草には、彼女を安心させたいという気持ちが込められていた。


 しかし、その思いとは裏腹に別の感情が渦巻いていた。


(メアリを救えなかったのは俺の責任だ……。リューカを放置するなんて、絶対にできない)


 その想いは、償いだった。メアリへの責任、そしてリューカの幸せを願う贖罪しょくざい


 ウィルは自身に誓約を課した。


 リューカが独り立ちできるまで、父としてこの子を見守ろう。


 子供を育てる。それがどれだけ大変で難しいことかは実感としてわからない。


 どうするのが正解かもわからない。


 ただ、自分が子供だった頃に感じていたことならわかる。


 心を許せる存在がそばに寄り添い支えること、これだけはウィルにもわかることだった。


 誓約が形となって現れる。


 ウィルのタスク一覧に新たな使命が追加された。


『メアリの意識を取り戻し、リューカを見守れ』


 ウィルは微笑みながら自分を卑下ひげする。


「バカだな……自分で仕事を増やすなんて」


 リューカはじっとウィルを見つめた。


 その瞳には、子供らしい純粋な疑問が浮かんでいる。


「ごめん、なんでもないよ」


「少し気分転換しようか」


 ウィルはそう言ってリューカを促し、2人は病院の屋上へ向かった。


 夜の魔王区の街並みは、魔王城を中心にビル群が立ち並び、鮮やかなネオンが夜空を埋め尽くしていた。その光はあまりに明るく、星々の輝きをかき消してしまうほどだった。風が吹き抜け、その冷たさが身体を突き刺すように感じられる。


 ウィルは静かに空を見上げた後、意を決したかのように、リューカに向き直る。


「リューカ、君に渡したいものがあるんだ」


 リューカはウィルを見つめる。


 ウィルは一度深呼吸し、真剣な表情で言葉を続けた。


「本来であれば、メアリも元気で、リューカも笑顔で迎えられる最高の形で渡したかった。でも、今はこんな形でしか渡せない」


 そう言いながら、リューカの目の前にプレゼントBOXが浮かび上がった。


「開けてみて」


 リューカが興味深げにタップすると、画面上のアプリケーション一覧に「Aurora Lab(オーロラ・ラボ)」が追加された。それは、音楽制作のための完全なデジタルスタジオだった。


「音楽を作るためのセットだ。リューカが喜んでくれると思って準備したんだ」


 リューカは展開されたオーロラ・ラボの機材を眺めていた。


 ウィルはリューカの目を見ながら、優しく説明を始めた。


「それは、DAWデジタル・オーディオ・ワークステーションだね。曲の録音や編集をするソフトウェアだよ。メロディを重ねたり、リズムを組み立てたり、音を構成できるんだ」


 リューカは画面を操作しながら、興味津々に触りだす。


「それは、MIDIキーボードだね。音を入力するための鍵盤だよ。普通のピアノみたいに見えるけど、実際にはデバイスと連動してメロディや伴奏を自由に打ち込めるんだ」


 リューカは仮想キーボードに手を伸ばし、何度かキーを押して音が出るのを楽しんだ。


「これは?」


「それはね。オーディオインターフェースっていって、マイクや楽器の音を録音するときに必要になるものだよ」


 他にも楽曲を作成するのに必要な機材一覧が展開されていたが、ウィルはひとつずつ丁寧に説明していった。


 リューカは最後に疑問に思ったことをウィルに尋ねた。


「オーロラ・ラボって何?」


「オーロラはね、お父さんの世界で夜空に現れる光のカーテンのことを指すんだ。太陽からの力が空気とぶつかって生まれる、特別で美しい現象なんだよ。リューカの歌も、そんな輝きのように誰かの心を照らすことができたら素敵だと思ったんだ」


「それから、ラボは元々、実験や研究をする場所のことを指すんだ。でもここでは、君が自由に音楽を作って、心を表現できる場にしてほしいと思って名付けた」


「まぁ~、気に入らなければ適当に名前を変えればいいさ」


 ウィルの言葉に、リューカは感激したような表情を浮かべ、Aurora Labの機能をあれこれと楽しげに操作し始める。その無邪気な姿を見て、ウィルは心の底からの安堵した。ずっと続いていた悲しい出来事の後、ようやく彼女の笑顔を見ることができたのだ。


 リューカは画面から手を離し、ウィルをじっと見上げた。


 その笑顔は、ウィルが一生忘れることのないほど、心に深く刻まれる満面の笑みであった。

 

 かわいいではなく綺麗と表現するのが適切だと思うぐらい、リューカの笑顔は輝いて見えた。


「お父さん、ありがとう。大好き!」


 ウィルは、リューカの笑顔に満足げに微笑んだ。


 夜風が吹き抜ける病院の屋上で、ウィルとリューカは未来へ歩き出す決意をした。

お疲れ様でした。

ご一読頂きありがとうございました。

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