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魔族IT革命  作者: 白樹春來
龍仙谷編
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66話 マッチの独白

 私には、誇れるものが何もなかった。


「努力」という言葉は、口にするのは簡単だけど、実際には能力、適性には向き不向きがある。


 私はその現実を、理不尽で、まるで地獄のように感じていた。


 物心つく前に亡くなった両親のことは、村人たちから聞いた話でしか知らない。


 両親はへだてなく優しく、真摯しんしで、しかも強い戦士だったと聞かされて育った。だから、私はその姿を心の中で理想として追いかけ、毎日必死に稽古に励んだ。


 けれど、理論を理解していても、私の身体は反応しなかった。神経が脳の指令に追いつかず、身体は思い通りに動かない。


 練習すればするほど、その違和感はますます顕著になり、不安が募り、さらに必死に稽古を重ねるしかなかった。


 しかし、練習のしすぎで成長が止まったこともあり、私の身体は戦士としての適性を欠いていた。才能がないと痛感し、戦士になる夢を諦めるしかなかった。


 両親の理想像を胸に抱くこともできず、心の中でそれを封印した。


 村の雑用をこなすことで何とか役に立とうとしたものの、村人たちとの交流は徐々に減り、次第に孤立していった。同世代の仲間たちとも距離を置かれ、実力差が広がるにつれて、いじめの対象にされるようになった。


「落ちこぼれ」というレッテルが貼られ、それをどうしてもぬぐい去ることができなかった。


 時間が経ち、14歳になった頃には、抑えていた感情が抑えきれなくなり、涙を流すことが多くなっていた。


 寝所しんじょではいつも枕が濡れていて、毎朝干していた。


 そんなある日、いつもと違う風が村に吹き込んできた。


 族長が外部から魔族を連れてきたのだ。


 ダークエルフの村では外部者を受け入れることが少ないため、その噂はすぐに村中に広まった。


 その人物は私たちと同じ人型の魔族だったが、私にはどんな種族なのか分からなかった。もしかすると、恐ろしい存在かもしれない……そんな警戒心が頭をよぎった。


 けれど、運命の歯車はそんな私を容赦なく巻き込んでいく。


 いつものように下を向いて歩いていた私は、彼と衝突してしまった。いじめられて避けられるのが当たり前になっていた私は、いつも顔を伏せ、誰とも目を合わせないようにしていた。だから、誰かとぶつかるなんて、予想もしない出来事だった。


「ご、ごめん。大丈夫かい? 怪我してない?」


 優しく心配してくれたその言葉に、私は驚き、なぜこんなに優しくされるのか理解できなかった。


 ふと、自分の腕を見て、理由がわかった。


 そこには、いじめでできた無数のあざや引っかき傷が残っていた。彼は、その傷をぶつかったせいだと誤解しているのだ。


 彼は真摯しんしに謝ってくれたけれど、私はその場をすぐに離れてしまった。せっかく優しく声をかけてくれたのに、「あなたのせいじゃない」と言うことさえできなかった。


 しばらくして、村を歩いていると、村長宅から彼がリナさんと一緒に出てくるのを見かけた。偶然耳にした村の警備隊の話では、彼が村の一員として迎え入れられることになったと知る。


 そして、何日かが経ち、今度は私がいじめられている現場を彼に目撃されてしまった。彼が助けてくれたのは優しさからか、同情からなのか、それとも厄介ごとにあえて突っ込んでいく心情からなのか、私にはわからない。


 けれど、彼は村の少年たちよりもはるかに強く、簡単に彼らの攻撃をいなしてみせた。


 その時、私は自分の中に湧き上がる黒い感情に気づいた。彼が容易たやすく手にしているものは、私がどんなに努力しても得られなかったものだった。


 両親に憧れて追い求めてきた理想の姿、それを彼は何の苦労もなく手にしている。


 正直、うらやましかった。


 少年たちを追い返した彼が私に優しく声をかけた時、私は泣いていた。それが彼に助けられたことへの涙なのか、自分の無力さへの涙なのか、自分でもわからなかった。


 ただ無言で彼の声に頷いた。


 彼は私の傷を見て、何かをしようとしていた。私はただ見つめることしかできなかったが、彼は魔法のような力で私の傷を癒してくれた。擦り傷やかぶれていた箇所が、元通りになった。


「えっ……本当に、治った……」


 私は驚きのあまり、そう呟いてしまった。


 彼はその言葉を聞くと、優しく語りかけてきた。彼の名はウィルだという。


 私も自分の名前を告げると、ウィルは「呼び捨てにしていいか」と尋ねてきた。そのコミュニケーションの巧さに驚きながらも、私は頷いた。


 そしてウィルは、私の心を見透かすように核心を突いてきた。


「マッチ、戦士になれなくても、自分の得意なものを見つければ、それでいいんだ。誰だって得意不得意がある。無理に戦士になる必要なんてないんだよ」


 その言葉は、私の心に鋭く突き刺さった。どうしてウィルは、そんな風に私のことがわかるのだろうか、まるで私の人生をずっと見てきたかのように思えた。


 その言葉をきっかけに、私がずっと押し込めていた感情の蓋が吹き飛んだ。


 抑えきれなくなり、関係のないウィルに向かって感情を吐き出してしまった。


 孤独だった。誰かに理解して欲しかった。


 だから懺悔ざんげするように、言葉が止まらなかった。


 ウィルは、私の神様でも魔王様でもない。私を救う究極の一手を持っているわけでもない。けれど、ただ優しく励ましてくれた。


 彼は自分の過去に照らし合わせて、私の未来を切り開くためのアプローチを提案してくれた。その言葉は、私の心に深く響いた。


「諦めない覚悟があるなら、俺はいつでも君を支援するよ。一緒に君の得意なものを探していこう」


 ウィルの誘いは、悪徳勧誘のようにも聞こえたかもしれない。でも、私はその誘いに乗った。私には、自分の存在を認めてくれる何かが必要だったのだ。


 彼と過ごす時間が増えるにつれて、私の価値観は壊された。


 彼が楽しそうに語る「IT」という技術。それが何かはよくわからなかったけど、彼の種族特有のものだと勝手に思っていた。それでも、話を聞くのはとても楽しかった。


 彼との時間は、止まっていた私の時間を再び進めるきっかけとなった。


 ある日、ウィルは私の適性を調べるために、特別なテストを作ってくれた。


「点数なんて気にしなくていいから、思うままに選んでみて。問題を解くだけでいいんだ」と、ウィルは優しい笑顔で勧めてくれた。


 彼の作ったテストは、私でもすんなり理解できる内容で、特に苦労もせずに解けた。そして結果が出た時、アイさんが何かをウィルに伝えると、彼は驚いた表情を浮かべ、アイさんと「天才だ……」と囁き合っていた。


 私には何が「天才」なのか全くわからなかった。


 しばらくして、ウィルはニヤニヤしながら私に近づいてきた。少し気持ち悪い顔だったけれど、その表情には一片の迷いもなく、確信に満ちていた。


「マッチ、君はとんでもない才能を持っているんだよ」と、彼は断言するように言った。


 私は信じられなかった。「私が……才能?そんなのあるわけないよ」と返すと、ウィルは丁寧に説明してくれた。


 要約すると、私には「エンジニア」としての素質があるとのことだった。


「エンジニア」なんて、聞いたことのない言葉だったけれど、彼の真剣な眼差しに、私は少し興味を持ち始めた。


 その後、彼と過ごした日々は波乱万丈だった。しかし今振り返ると、そんな日々の中で心が温かくなるような、楽しい思い出がいくつもよみがえってくる。


 恥ずかしながら、当時の私は「才能」や「適性」といった表面的な願望に囚われていた。それらは、本当の意味での願いではなく、ただの過程に過ぎなかったのだと、今になってようやく気づくことができた。


 ウィルが教えてくれた知識の1つに「顧客インサイト」というマーケティング用語がある。


 その言葉は、取引の場面で表面的な利益や利便性だけでなく、顧客が本当に求めている隠れたニーズや感情を見抜くことを指す。単なる言葉ではなく、相手の内面に深く寄り添う洞察力が求められる考え方だ。


 私はただ「誰かに認められたい」「力が欲しい」と思い込んでいただけで、その裏にある本当の願いに目を向けていなかったのだ。


 けれど、ウィルが私に寄り添ってくれたことで、その「願い」に気づくことができた。私が本当に求めていたのは、強さでも才能でもなく、ただそばにいてくれる誰かの存在であった。


 ウィルこそが、私にとっての本当の幸せだったのだ、と。

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