65話 魔法少女の力
豪雨で視界が悪い中、マッチは必死に戦っていた。
ストレージ容量が改善されたことで、ウィルの戦闘力は飛躍的に向上している。
しかし、ウィルの意識は戻らず、アイさんも復帰しない。再起動で本当にウィルが戻ってくるのか、マッチは心配でならなかった。
「AImon、このままウィルが復帰しない場合、強制再起動を実施することになるけれど、その場合、ウィルの意識が回復する確率はどのくらいになるの?」
「計算中……ストレージ不足が仮想メモリやスワップファイルに影響している場合、約50%の確率になります」
マッチは50%という確率に賭けなければならない無力さに失望しながらも、心を奮い立たせ、戦闘を続けた。
ウィルはモードを「龍」に変更し、プログラムを実行する。
「100Tbps LAN」
先ほどの10倍以上の熱エネルギーが猛威を振るい、マッチに襲いかかる。
マッチもそれに応じ、威力を調整したスマッシュで対抗する。
それでも状況は変わらない中、ウィルの内に潜む「何か」が作戦を変えた。
ウィルの体を操作して、直接マッチに襲いかかってくる。
走っているフォームではなく、あくまで「走る」という命令を実現するために、四足歩行で獣のように走ってくるウィルの姿を見て、マッチは激怒した。
「ウィルをそんな風に使うなぁぁぁぁっ!!!」
ウィルは拳を大きく振り上げ、力の赴くままにマッチを殴ろうとするが、マッチはステッキで手首をはじき、腹に蹴りを入れて遠ざけた。
蹴られたウィルは悲鳴とも言えない不明瞭な音声で叫んだ。
「11000001000010 11000001000010 01100001 01100001 01100001 01100001 01100001 11000001000010 11000001000010 11000001000010 11000001000010 01100001 01100001 01100001 1111111101110001 1111111101110001 1111111101110001 1111111101110001 01100001 01100001 01100001」
残り1分になり、ウィルは最後の足掻きと言わんばかりに、何振りかまわず襲いかかってきた。
自分のパフォーマンスを無視した戦い方へ移行しようとしているウィルの内に潜む「何か」に対抗し、マッチは戦術そのものを否定させるため、さらなる力の解放を決断した。
「AImon……ブランチをtags/鬼切舞に切り替えて、怪力拳モジュールをマージして、自動実行!」
「了解しました。管理者様の意向に従って実行します」
AImonは指定されたブランチ切り替えとマージ作業を開始した。
マッチの指示通りにブランチを切り替え、「鬼切舞」と「怪力拳」をマージし、すべてが完了したことを知らせるログが画面に表示される。
[LOG] Switching to branch 'tags/鬼切舞'...
[LOG] Checking out branch 'tags/鬼切舞'...
[LOG] Branch switch successful: 'tags/鬼切舞' is now active.
[LOG] Fetching module '怪力拳' from local repository...
[LOG] Module '怪力拳' found. Preparing to merge into 'tags/鬼切舞'...
[LOG] Merging module '怪力拳' into active branch...
[LOG] Conflict check: No conflicts found. Proceeding with merge...
[LOG] Merge successful. Module '怪力拳' has been integrated into branch 'tags/鬼切舞'.
[LOG] Compiling project with merged changes...
[LOG] Build completed successfully.
[LOG] Starting auto-execution of updated project...
その瞬間、マッチの身体に異変が起きた。無数の光の粒子が舞い上がり、彼女を包むように渦を巻いていく。その光は次第に強まり、きらめきながら彼女の輪郭をなぞり、変化した。
まず、彼女の骨格に沿ってスケルタルメッシュが形成された。光のラインが骨の隅々まで編み込まれるように流れ込み、デジタルの力で身体が再構成されていく。その上に滑らかにポリゴンが肉付けされ、鬼切舞のキャラクターモデルが具現化していく様子は、まるで新たな命が生まれる瞬間のようだった。
額には雷光を帯びた擬似的な角が現れる。その角が放つ微細な波動は、風の流れ、敵の動き、大地の振動など、すべてを彼女に伝え、完璧な戦況把握を可能にした。
光の粒子がさらに輝きを増し、彼女の瞳が鋭く青白く輝く。瞳の奥では雷の閃光が踊り、その視線は空間全体を支配するかのように冷たく鋭い光を放っていた。
さらに、彼女の両脇には帯刀された2本の雷刃が現れる。それらは稲妻を纏い、振動とともに空気を裂く音を響かせていた。青白い稲妻が彼女の全身を駆け巡り、筋肉と神経を活性化させる。そのエネルギーは、ただの放電ではなく、戦闘のために最適化されたシステムそのものだった。
こうして、マッチの姿は劇的な変貌を遂げた。彼女の面影はわずかに残しつつも、鬼切舞の力を纏った戦士として具現化されたその姿は、見る者に畏敬の念を抱かせるほどの威容を誇っていた。周囲に漂う空気すら引き締まり、彼女の立つその場が異質な緊張感で満たされていく。
ウィルの行動を止めるため、マッチはすばやく攻撃を仕掛けた。
電光石火の如く一瞬で距離を詰め、ウィルの腹部に正確な掌底を突き当てる。
彼女の手は拳ではなく、平手でウィルの体を捉えていた。下から上へと突き上げる力で、ウィルの体が不自然に浮き上がる。慣性の法則を無視したかのように、その衝撃はウィルを宙へ押し上げ、空中で無防備に漂う状態にした。
ウィルが何とか体勢を立て直そうとした瞬間、マッチはすでに彼のそばに駆け寄っていた。彼女の動きは光の如く速く、次の攻撃が寸分の間もなく繰り出される。今度は右足を高く蹴り上げ、勢いを乗せてウィルの脇腹に回し蹴りを繰り出す。回転の勢いが加わり、その一撃はウィルの体を斜め下へと押し込む軌道を描く。蹴りの力は直接的にウィルを大地へと叩きつけた。
ウィルの体が地面に激しく激突し、周囲に砂埃と瓦礫が舞い上がった。しかし、ウィルはすぐに体勢を立て直し、再び地面から起き上がろうとする。その瞬間、マッチは再度すばやく距離を詰め、足腰を低く構えると、右肘を力強く押し込むようにウィルの脇腹へ突き刺した。その一撃でウィルの体は地面に埋まった状態から不自然に浮き上がり、宙へと放り出された。
ウィルは距離を取るべく適当な方向へ回避しようとするが、マッチはそのわずかな隙も逃さない。間髪入れず、彼女はウィルの腹部に向けて右足を鋭く蹴り上げた。その蹴りの勢いに押され、ウィルの体は低空を漂うように飛ばされる。
さらに、マッチは瞬く間に間合いを詰め、宙に浮いたウィルの背中へ掌底を叩き込む。その衝撃でウィルは地面に再び激突し、瓦礫が再度舞い上がる。だが、彼はすぐに体を起こそうとするが、マッチの反応速度は圧倒的で、立ち上がるその一瞬の隙を狙い、正面からウィルの脇腹に向けて鋭く足を振り上げる。
こうして、マッチの連続攻撃が続く中、ウィルは反撃の機会をまったく得られない。立ち上がろうとするたびに、マッチの的確な一撃が彼の動きを封じ、再び地面に叩きつけられる。そのたびにウィルの体は大地に沈み込み、立ち上がる隙さえ与えられず、彼の攻撃はことごとく未遂に終わっていた。
ウィルの内に秘めた「何か」が、戦術プランの変更を強いられる。操作が中断され、ウィルの体はその場で静止した。これを見たマッチは、すぐに彼の側に駆け寄り、そっと彼を支えるように組み伏せた。
彼女の瞳には、怒りと憐れみが交錯していた。制御されていない存在がウィルを操っていることに対する怒りと、それでも彼を助けたいという思いが胸を締めつけていた。彼女はウィルの内に潜むその存在に向かって、力強い言葉を投げかけた。
「お前は制御されていない機械だ。ウィルというオペレーターもいなければ、アイという命令を制御する存在もいない。お前が何をしようが、今の私には勝てない。はっきり言おう、詰みだ。だから……もうウィルを操作しないで」
その言葉が空気を切り裂くように響いた。そして、残り時間が0となり、マッチのデバイスに転送成功のポップアップが表示された。
マッチはすぐにウィルのシステムパフォーマンスを確認し、モニターに表示されるシステムログに目を凝らした。
[LOG] Memory transfer complete.
[LOG] Storage performance: 100% restored.
「メアリの記憶……すべて無事に転送された……」
安堵の気持ちが胸に広がる一方で、ウィルが完全には戻っていない現実が重くのしかかっていた。彼の冷たい額に非接触型の札をそっとかざす。
「お願い、戻ってきて……ウィル……」
小さく呟きながら、彼女は冷静にスクリプトを実行する。
「shutdown /r /f /t 0」
コマンドが実行されると同時に、ウィルのシステムは再起動のプロセスに入る。彼の体が微かに動いた気がしたが、それが生命の兆しなのか単なるシステムの応答なのかはわからない。マッチは彼の手をそっと握りしめ、ひたすら祈りを込め続けた。
雨が彼女の髪を濡らし、その冷たさが肌にしみ込むが、それでも祈りを止めることはなかった。まるでその祈りを通じて、彼の中にわずかでも命が残っていることを信じたいかのように。
「お願い……ウィル、戻ってきて……ウィルがいない世界なんて、私は認めたくない。私の幸せは、あなたがいないと意味がないの……」
その言葉が彼女の胸の中で繰り返されるたび、マッチは彼の手を強く握り続けた。どれほどの時間が経ったのかもわからない。ただ、ウィルが目を覚ますのを信じ、ひたすら祈り続けるしかなかった。




